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第1章 不老不死の魔女
6 魔女5
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「酷いよ、魔女さん……」
「ようやく静かになりましたね」
体中の傷口にハケでペタペタ、紙を貼り貼りされて、僕はまた大きなタオルにくるまった。
椅子の上で膝を抱えて座っていると、魔女は机の上に並んでいた葉っぱやすり鉢を片付け始める。手伝いたい気持ちはあったけれど、アレは食べ物に関係するものだし――いや、食べ物には関係してないか?
きっと、顔や体に塗る薬を作る道具として使っているんだな。それなら僕が触っても平気かとも思うけど、でも下手に触ってまた痛くなるのが怖い。
僕にアレは触れない――すり鉢だけじゃなくて、葉っぱも根っこもにんじんも全部怖くなった。これから僕は、何を食べれば良いんだろう。
魔女は「治療です」「手当てですから」としか言わずに、僕がどれだけ絶叫してもちょっと眉根を寄せるだけで、ほとんど表情が変わらなかった。
人形みたいに綺麗だとは思っていたけど、笑ったり怒ったりっていう感情が顔に出にくいのかな? そういうところも人形みたいだ。
僕は普段、何があっても笑顔でいることを心掛けていた。いじめられて泣き喚くと余計に喜ぶ人や、うるさいって怒って叩く人も居るからだ。でも、笑ってばかりいることを父さんや母さんは「気味が悪い」って言っていた。
魔女の顔があまり変わらないのも、村の人からしたら「気味が悪い」のかな? 笑ったら、きっともっと可愛いんだろうな。
「その髪の毛、切りますか? 服着てないから、切るなら今がちょうどいいかと思って――」
「え?」
タオルにくるまったまま震えていると、あっという間に片付け終わったらしい魔女がハサミを片手に戻って来た。
「そのまま伸ばすなら、無理にとは言いませんけど……邪魔なら切りますよ。美容師だったこともあるので、腕については安心してください」
「びよーし! びよーしが何か分からないけど、切ってくれるの? すごい、お願いします!」
僕が想像していた「魔法を使って一瞬で髪を切る」訳ではなくて、普通にハサミで切るみたいだけど、嬉しいな。
もうすっかり体の震えは止まっていて、僕は椅子の上で背筋を伸ばした。動くたびに体中擦れるような痛みや引きつるような感覚はあるけど、このくらい平気だ。段々、薬で痛いのにも慣れてきたみたい。
「どのくらい切りますか。本来ならケガの様子を診るために、丸刈りにしたいところですけど……でも重傷はなさそうですし、坊主にすることで生々しい傷跡が露見すると人目を引きますからね。あとで街へ放逐することを考えると、忌避される姿にするのは気が進みません」
「うん、よく分からないから魔女さんに任せるよ? たぶん僕が頼んでも誰も切ってくれないだろうし、しばらく切らなくても済むように短くして欲しいな」
「分かりました。じゃあじっとしていてくださいね、切った髪も〝ゴミクズ〟として私がいただきますから」
「はーい、僕ゴミクズー!」
「……そんな事は言ってないでしょう」
魔女は僕の後ろに立って、クシで髪を梳こうとした。でも、僕の髪の毛はところどころ毛玉みたいに引っ付いて固まっちゃっているから無理だった。村の子にもよく野良犬みたいって笑われていたんだ。でも犬って可愛いから、そんなに悪い気はしなかったなあ。
こんがらがった毛糸玉みたいな髪は、さっきお風呂の中でゴシゴシしても全然ほどけなかった。魔女もクシで梳くのを諦めたみたいだ。シャキンとハサミの刃と刃が重なる音がして、椅子の足元に真っ白で長い髪の毛が落ちる。
髪の毛を切るなんて、本当に何年ぶりだろう? いや、そもそも切ったことあったかな? まあ良いや。
「――魔女さんは何歳なの? 僕は12歳ぐらい」
「…………」
「僕は12歳ぐらいだよ」
「………………」
「12歳なんだ。魔女さんはどう?」
「……………………」
帰れ帰れって言われるし、こうして髪を切ってもらっている間が魔女と話す最後のチャンスだろうな。僕は、思う存分質問をぶつけることにした。
100歳? 1,000歳? もっと上かな? 魔女はずっと黙っていたけど、めげずに3回くらい同じ質問をぶつけたら、ようやく口を開いてくれた。
「……10歳」
「10歳? ……10歳って、10歳? 僕より2つ下の10歳?」
「その10歳ですね」
「…………えぇーっ……そ、そんな、不老不死の魔女は……? 魔女さん僕より年下だったの? スタートから僕の方が年上じゃあ〝下克上〟も〝年齢逆転〟もないじゃないか! ただただ僕がお爺ちゃんになるだけだよ!」
「いや、何を仰っているのか全く分かりません……」
――そんな馬鹿な! 僕が知っている物語と全然違うじゃないか。
歳を取らないお姉さんの魔女を子供の僕が追い越して、おじさん、お爺ちゃんになって先に死ぬのが美しい物語なのに! 最初から僕が魔女より年上だなんて、意味が分からないよ!
そもそも、どうして10歳の女の子が魔女なんて名乗って、森の奥で1人暮らしをしているんだろう?
お父さんやお母さんはどこで何をしているのかな。兄弟はどこかに居るのかな。世界のどこかに師匠が居て、この小さな女の子は魔女になったばかりとか?
何も分からないけど、うーん。とりあえず僕の村では「年上の言う事は絶対! 年下は年上の言う事を聞くべし!」が常識だったな。
「じゃあ、僕が年上だね! 年上として魔女さんに命じるよ、僕を好きになるんだ! 好きになって、そして死ぬまで一緒に暮らすんだ!」
僕は胸を反らして、村のいじめっこみたいにちょっぴり偉そうな口調で言った。すると魔女は「……馬鹿なんですか?」とだけ呟いて、ハサミの持ち手で僕の頭をゴツンと叩いた。
「ようやく静かになりましたね」
体中の傷口にハケでペタペタ、紙を貼り貼りされて、僕はまた大きなタオルにくるまった。
椅子の上で膝を抱えて座っていると、魔女は机の上に並んでいた葉っぱやすり鉢を片付け始める。手伝いたい気持ちはあったけれど、アレは食べ物に関係するものだし――いや、食べ物には関係してないか?
きっと、顔や体に塗る薬を作る道具として使っているんだな。それなら僕が触っても平気かとも思うけど、でも下手に触ってまた痛くなるのが怖い。
僕にアレは触れない――すり鉢だけじゃなくて、葉っぱも根っこもにんじんも全部怖くなった。これから僕は、何を食べれば良いんだろう。
魔女は「治療です」「手当てですから」としか言わずに、僕がどれだけ絶叫してもちょっと眉根を寄せるだけで、ほとんど表情が変わらなかった。
人形みたいに綺麗だとは思っていたけど、笑ったり怒ったりっていう感情が顔に出にくいのかな? そういうところも人形みたいだ。
僕は普段、何があっても笑顔でいることを心掛けていた。いじめられて泣き喚くと余計に喜ぶ人や、うるさいって怒って叩く人も居るからだ。でも、笑ってばかりいることを父さんや母さんは「気味が悪い」って言っていた。
魔女の顔があまり変わらないのも、村の人からしたら「気味が悪い」のかな? 笑ったら、きっともっと可愛いんだろうな。
「その髪の毛、切りますか? 服着てないから、切るなら今がちょうどいいかと思って――」
「え?」
タオルにくるまったまま震えていると、あっという間に片付け終わったらしい魔女がハサミを片手に戻って来た。
「そのまま伸ばすなら、無理にとは言いませんけど……邪魔なら切りますよ。美容師だったこともあるので、腕については安心してください」
「びよーし! びよーしが何か分からないけど、切ってくれるの? すごい、お願いします!」
僕が想像していた「魔法を使って一瞬で髪を切る」訳ではなくて、普通にハサミで切るみたいだけど、嬉しいな。
もうすっかり体の震えは止まっていて、僕は椅子の上で背筋を伸ばした。動くたびに体中擦れるような痛みや引きつるような感覚はあるけど、このくらい平気だ。段々、薬で痛いのにも慣れてきたみたい。
「どのくらい切りますか。本来ならケガの様子を診るために、丸刈りにしたいところですけど……でも重傷はなさそうですし、坊主にすることで生々しい傷跡が露見すると人目を引きますからね。あとで街へ放逐することを考えると、忌避される姿にするのは気が進みません」
「うん、よく分からないから魔女さんに任せるよ? たぶん僕が頼んでも誰も切ってくれないだろうし、しばらく切らなくても済むように短くして欲しいな」
「分かりました。じゃあじっとしていてくださいね、切った髪も〝ゴミクズ〟として私がいただきますから」
「はーい、僕ゴミクズー!」
「……そんな事は言ってないでしょう」
魔女は僕の後ろに立って、クシで髪を梳こうとした。でも、僕の髪の毛はところどころ毛玉みたいに引っ付いて固まっちゃっているから無理だった。村の子にもよく野良犬みたいって笑われていたんだ。でも犬って可愛いから、そんなに悪い気はしなかったなあ。
こんがらがった毛糸玉みたいな髪は、さっきお風呂の中でゴシゴシしても全然ほどけなかった。魔女もクシで梳くのを諦めたみたいだ。シャキンとハサミの刃と刃が重なる音がして、椅子の足元に真っ白で長い髪の毛が落ちる。
髪の毛を切るなんて、本当に何年ぶりだろう? いや、そもそも切ったことあったかな? まあ良いや。
「――魔女さんは何歳なの? 僕は12歳ぐらい」
「…………」
「僕は12歳ぐらいだよ」
「………………」
「12歳なんだ。魔女さんはどう?」
「……………………」
帰れ帰れって言われるし、こうして髪を切ってもらっている間が魔女と話す最後のチャンスだろうな。僕は、思う存分質問をぶつけることにした。
100歳? 1,000歳? もっと上かな? 魔女はずっと黙っていたけど、めげずに3回くらい同じ質問をぶつけたら、ようやく口を開いてくれた。
「……10歳」
「10歳? ……10歳って、10歳? 僕より2つ下の10歳?」
「その10歳ですね」
「…………えぇーっ……そ、そんな、不老不死の魔女は……? 魔女さん僕より年下だったの? スタートから僕の方が年上じゃあ〝下克上〟も〝年齢逆転〟もないじゃないか! ただただ僕がお爺ちゃんになるだけだよ!」
「いや、何を仰っているのか全く分かりません……」
――そんな馬鹿な! 僕が知っている物語と全然違うじゃないか。
歳を取らないお姉さんの魔女を子供の僕が追い越して、おじさん、お爺ちゃんになって先に死ぬのが美しい物語なのに! 最初から僕が魔女より年上だなんて、意味が分からないよ!
そもそも、どうして10歳の女の子が魔女なんて名乗って、森の奥で1人暮らしをしているんだろう?
お父さんやお母さんはどこで何をしているのかな。兄弟はどこかに居るのかな。世界のどこかに師匠が居て、この小さな女の子は魔女になったばかりとか?
何も分からないけど、うーん。とりあえず僕の村では「年上の言う事は絶対! 年下は年上の言う事を聞くべし!」が常識だったな。
「じゃあ、僕が年上だね! 年上として魔女さんに命じるよ、僕を好きになるんだ! 好きになって、そして死ぬまで一緒に暮らすんだ!」
僕は胸を反らして、村のいじめっこみたいにちょっぴり偉そうな口調で言った。すると魔女は「……馬鹿なんですか?」とだけ呟いて、ハサミの持ち手で僕の頭をゴツンと叩いた。
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