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第6章 答えを求めて

誤算

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「なんとなくですけれど、リーダーの言わんとしている事は分かりますよ。ええ、こう見えて私、朝はパン派なんです」
「見当違いの回答にも程がある。どうして朝食が何派かという質問へ不時着したのかも気になるところだが、今僕が抱える一番の疑問はアレだ」

 シャルがビシリと指差した方向には、「時間停止」で固まったモンスターと冒険者が立っている。アティは緩慢な動きでシャルの指示する方向を見やると、途端に興味を失ったような顔つきで「エリアの試運転ですけれど」と答えた。ただ一言、それだけだ。

「試運転って――責任者の僕の許可も得ずにか」
「夜勤も私の班も、それにリーダーのところの新人も。誰もが張り切って作業に当たるから、想定以上の速さで新規エリアが完成してしまいました。となれば、次は試運転の段階へ移行すべきですよね。本当にモンスターとヒトの連戦に耐えられるエリアなのか、ヒトが健康被害を起こさず活動できる場所なのか。早い段階で問題点を洗い出して、修正しませんと。リーダーが必要と断じられた新規エリアです。一日も早く、一分一秒でも早くオープンしたいじゃあないですか」

 淡々と答えるアティに、シャルは額を押さえてふらりとよろめいた。

「試運転が必要なのは理解できるが、しかし、あのヒト族を一体どんな方法で連れて来たんだ? 当然それとなく隠しエリアについて話して、彼らから挑戦の意思を受け取ったんだよな? 同意があるなら僕も冒険者の意思を尊重するが、そもそもこのエリアは鍵となる宝玉オーブがないと出入りできない場所なんだぞ。どう説明したんだ」
「え、いや……そういうの面倒なんで、街で適当に攫って来ましたけれど――彼らを生きて帰すつもりもありませんから、事後処理も深く考えなくて良いのでは?」
「アティ――アティ、頼むよ。こらえてくれ。いつも言っているじゃないか、悪戯にヒト族を殺すのは駄目だと。ポイント減算を食らう君の為にもならない」

 シャルは思いきり項垂れながら、頭痛を堪えるような表情でため息を絞り出した。まるでそれを吸引するかの如く何食わぬ顔をしてすぅーっと大きく息を吸うアティにツッコミを入れる元気は、既に失っているようだ。

 神々に残された魔法、「時間停止」と「次元移動」そして「収納」。これらを活用すれば、ヒト族を拉致誘拐するなど赤子の手をひねるよりも簡単な事だ。
 モンスターと対峙する形で配置された、石像の如く固まった冒険者たち。彼らの表情をよく見ると、何やら濃い恐怖の色――もしくは絶望の色に染まっているような気もする。

 例え「時間停止」でヒトの身動きを止められたとしても、エルフがその体に触れる度に効果は失われてしまう。しかし――魔法を行使するために必要な魔力残量に注意する必要はあるものの、そもそも保有魔力量が多い個体エルフならば「時間停止」の乱発にも耐えられる。

 獲物の動きを止めている内に「収納」を開いて、異次元空間へ放り込む。その際接触で獲物の時が動き出してしまうものの、エルフの商売道具たる倉庫もとい「収納」の中で暴れられては面倒だ。すかさず「時間停止」を掛け直して、再び固めるしかない。
 そうして移動倉庫内に獲物をゲットしたら、あとは術者の目的地まで「次元移動」でひとっ飛び。「収納」倉庫の中からヒトを引きずり出す際の接触で再び意識を取り戻すが、彼らが騒ぎ始める前に時を止めてしまえばすぐさま静かになる。

 ――とは言え、今のエルフ族にヒトの記憶を弄るような魔法は残されていない。アティが彼らを異次元空間へ放り込んだ時の記憶も、訳も分からずこの隠しエリアに放り出された時の記憶もあるだろう。
 なんなら「時間停止」の効果を受けている分、より鮮明にライブ感溢れる絶望に苛まれているはずだ。

「君の蛮行を、どう説明すれば良いんだ……彼らは見知らぬエルフに拉致され、謎のダンジョンにモンスターと共に監禁されたと思っているに違いない。別の場所へ移してやろうにも、彼らに触れた時点で意識を取り戻してしまうし――そうなれば、更に怯えさせてしまう」
「ですから、口を封じるところまでが私の仕事と認識しています。リーダーの手は煩わせません」
「アティ、君は少し疲れているみたいだな。ここの「時間停止」は僕が引き継ぐから、早急に帰宅して欲しい。いつもはこんなに強硬な手を使わないじゃないか……僕の――と言うか、じぃじの残したポリシーを守るためにダンジョン内で無益な殺生はしなかったのに」
「これはあくまでも試験ですから、無益どころか有益な殺生です」

 平行線を辿る会話に、シャルはまたしても大きなため息を吐き出した。今度はアティが吸い込む暇を与えず、疲れ切った声色で「君は業務時間外だ、帰ってくれ」と囁く。

「あ……私がリーダーを悲しませてしまったのなら――」

 途端に瞳を潤ませて「収納」を開くアティに先んじて、シャルは「死ぬな、あまりにも重い」と彼女の頭をひと撫でした。恐らく、また自害用の刃物が飛び出ると予想しての事だろう。

「しゅき……」
「分かったから、帰って休むんだ。あと――僕に後ろめたい事をしている自覚があるからこそだろうが、トリスに中途半端な口止めをして、彼女まで共犯に仕立て上げるのは辞めるように」
「しゅき」

 まるで返事のように告白しながら頷いたアティは、ようやく「次元移動」を発動した。やたらと熱い視線を向けながら次元の裂け目に消えた女エルフを見送って、シャルは一人コンクリート製の高い天井を見上げる。
 ひとしきりそうしていた後にやっと彼の口から漏れたのは、「僕は――四千年近く生きていても、まだ自分のを把握しきれていないのかも知れないな……」という呟きだった。

 出勤直後から既に疲労困憊のシャルは、大きく肩を竦めたあと天井から冒険者へと視線を動かしたのであった。
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