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好きなものを好きと言いにくい世の中が少しずつ変わってきている
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「吉村はさ、戦う執事シリーズとか好き?」
「え?し、つじ…?」
キラーパスならぬデッドボールも辞さないこの大暴投を颯士が投げてきたのは、いつもの放課後のことである。
コンクールが近いから川原での特訓はお休みして美術室で絵を描くと颯士が言うので、当たり前のようについてきて一緒に過ごしてやろう、と言う魂胆の灯里であったが、まさかそれがアダになろうとは。
灯里はいわゆるオタクではあるが、なるべく人に知られないようにしている隠れオタクである。
「戦う執事シリーズ」が好きすぎて、元ネタが分からない程度のキーホルダーくらいはつけているが、本当はグッズだって四六時中つけて使って溺れたいとすら思っている。
ところがどっこい、世の中は無情なもので、オタクに理解ある世界になってきたとは言え、まだまだオタクアレルギーを持つ人も少なくない。
灯里の能力が発現する一年ほど前のこと。
高校1年生の5月。クラスメイトにも慣れてきて、仲良しグループとかでき始めちゃう頃である。
灯里も例に漏れず、高校初の友人達と交流を深め、日々リア充らしい生活を送っていた。
ただし、家に帰ってからは動画を見たり漫画を読んだりと執活(執事活動)に勤しみ、唯一のオタ友の智子と感想など言い合ったりしていたのだが…
そんなある日、リア充グループと一緒にカラオケに行き、流行りの歌謡曲など嗜んでいると、隣の部屋からお馴染みのイントロが聞こえてくる。
当時の執事シリーズ最新作『ワイルド執事』のOPだった。
そのワイルドな曲調と歌詞に相反して歌っている主は女の子のようだ。
気が合いそう、くらいに灯里は思っていたが、その時一緒に来ていた男子が
「これってなんとか執事って腐女子が好きなやつの曲じゃん。きもちわるっ」
と、真っ向から全否定してきた。
自分の好きなものを気持ち悪いと言われたことや、それに対して
「ハハハ…」
と笑って誤魔化すしか出来なかった自分への自己嫌悪、さらにはその男子がちょっといいなぁと思っていた相手であったことも重なって、結構なショックを受けたのである。
それからこっち、オタクであることをバレてはいけないと強く思った灯里なのであった。
ちなみに余談だが、灯里はその男子から後日告白されたが「好みが合わないと思う」と一蹴している。執事をバカにされた恨みは根深いのである。
そんなわけで灯里は、オタバレだけは避けたいと思っていた。
それは颯士が相手でも例外ではない。
確かに颯士は、どことなくオタクに理解がある雰囲気があるし、本人がオタクの可能性も十分にある。
なんせ一緒に必殺技開発とかしちゃうヤツだ。むしろもうオタクだろ!
とは思うものの、一口にオタクと言っても色々なタイプがあるわけで、好みも嫌悪も人それぞれ。
灯里が執事に注ぎ込む情熱を見るとドン引きされてしまう可能性だってあるわけなのだ。
今までバレないように気をつけてきたつもりだった灯里にすると、冒頭の暴投は寝耳に水だったのである。
「ひ、ひつじって何のことだメェ?」
灯里渾身のすっとぼけだった。
あわよくば
『羊じゃなくて執事だっての!hahaha! ~fin~ 』
くらいでこの話題は終わってほしいところであった。
「いや、執事だって。戦う執事シリーズ」
そうだった、そう言えば颯士はデリカシーなし男だった。
あまり触れてほしくない話題だって察してくれよ、と切に思う灯里の様子などお構いなしにガンガンくる。
「見てるよね?執事シリーズ」
まるで尋問のようだ。
やめてくれ、オタバレはしたくないんだ、と汗がダラダラと流れる。
「な、なんだっけそれ、聞いたことはある気がするけど…メェ…」
往生際悪く再び羊の鳴き声も織り混ぜてみるが、
「いやほら、だってカバン」
そう言ってカバンを指差す。
そこにはシルバーに輝くフォークとナイフのキーホルダーがついていた。
作中で執事が愛用している食器である。
(な、コイツ…これだけで執事シリーズのキーホルダーと分かるのか…!)
灯里の中で疑心暗鬼が生まれる。
考えうるパターンA
颯士も執事シリーズが好きで詳しい。できれば語らいたいと思っている。
考えうるパターンB
たまたま何かで知っただけで興味はない。言及して批判するつもりである。
(Aならばまだいくらかマシだ、マシだが、こればかりは颯士とは共有したくない話題ではある。)
彼氏に好きなアイドルの話をする人がいるが、聞かされる彼氏は直接言わないにしてもほとんどの場合、複雑な気持ちになるものだ。
颯士のことが多少なりとも気になっている灯里としては、他のものに夢中になる姿を見せたくはない。
それに加えて、颯士が仮に『にわか』だったならば。
話していて凄くストレスが溜まると思う。
灯里とて『にわか』なことが悪いとは思っていない。
だが、何も知らないレベルで語って欲しくはないのだ。
例えばこのシーン(コピペ)
『パトリック…命令だ、お前だけでも生き延びろ…』
今にも息が絶えそうなアレキサンダーをパトリックの腕が優しく支える。
『アレキサンダー様なくして生きることなどできません。』
冷静さを努めるパトリック、だが心情は冷静ではないことが手の震えからも伝わってくる。
『お前は本当に使えない執事だな…最後まで言うことを聞かないなんて…』
悪態をつくものの、その穏やかな表情はパトリックをただの家来以上に信頼していること、命の灯火が今、消えようとしていることを物語っていた。
『あぁ、主の体が冷えきっていく…せめてこの身で主の体を暖めねば…』
半裸の執事と抱き合う美少年アレキサンダー…
・
・
・
灯里なら2人の美しい主従関係に号泣待ったなしなのだが、もし颯士が『にわか』だったとしたら
「腐女子媚び媚びのBLだね」
とか言い出しかねない。もしそんなことを言われたりなんかした日には、血飛沫と白龍で夏の空を染めることだろう。
(パターンAは駄目だ、殺してしまうかもしれない!)
灯里は颯士の命を優先することにした。
(万が一にも『戦う執事シリーズ』が好きとバレてはいけない。)
颯士がキーホルダーを指差してからこの間2秒、灯里の脳みそはオタバレをしない方向でいくと判断した。
「あぁー、このキーホルダー?智子に貰ったんだー。可愛いけど何のキーホルダーとか知らないんだー。ただのフォークとナイフだと思うけどこれがどうかした??」
必要以上に早口で捲し立ててしまう。
不可解な顔をする颯士。
「いやけど、こないだ飯田さん(智子)と執事のこと話してなかった?」
(あー、この顔、批判とかする人の顔だ…)
これはパターンBもあり得るぞ。
『腐女子の仲間と思われたくないから近寄らないで』
とか言い出しかねない。
ばか野郎、執事シリーズは腐向けじゃねーんだよ!
そんなことを思う灯里の顔は怒りに満ちている。
困惑した表情で颯士は続ける。
「な、何か怒ってる?」
「別にっ!」
つい語気を荒げてしまう灯里。
「い、いや、別に好きじゃないなら良いんだけど」
(好きじゃないなら良いの!?やっぱり好きだったら批判するつもりだったんだ!!!)
「好きだったら悪いの!?」
思わず反論してしまう灯里。
「えぇ?す、好きなの?」
困惑する颯士。
「好きなものを否定する権利は、誰にもない!!」
灯里の剣幕の凄さに颯士はすっかり怯んでしまい、
「す、すみませんでした…」
とつい謝ってしまうのであった。
~fin~
「え?し、つじ…?」
キラーパスならぬデッドボールも辞さないこの大暴投を颯士が投げてきたのは、いつもの放課後のことである。
コンクールが近いから川原での特訓はお休みして美術室で絵を描くと颯士が言うので、当たり前のようについてきて一緒に過ごしてやろう、と言う魂胆の灯里であったが、まさかそれがアダになろうとは。
灯里はいわゆるオタクではあるが、なるべく人に知られないようにしている隠れオタクである。
「戦う執事シリーズ」が好きすぎて、元ネタが分からない程度のキーホルダーくらいはつけているが、本当はグッズだって四六時中つけて使って溺れたいとすら思っている。
ところがどっこい、世の中は無情なもので、オタクに理解ある世界になってきたとは言え、まだまだオタクアレルギーを持つ人も少なくない。
灯里の能力が発現する一年ほど前のこと。
高校1年生の5月。クラスメイトにも慣れてきて、仲良しグループとかでき始めちゃう頃である。
灯里も例に漏れず、高校初の友人達と交流を深め、日々リア充らしい生活を送っていた。
ただし、家に帰ってからは動画を見たり漫画を読んだりと執活(執事活動)に勤しみ、唯一のオタ友の智子と感想など言い合ったりしていたのだが…
そんなある日、リア充グループと一緒にカラオケに行き、流行りの歌謡曲など嗜んでいると、隣の部屋からお馴染みのイントロが聞こえてくる。
当時の執事シリーズ最新作『ワイルド執事』のOPだった。
そのワイルドな曲調と歌詞に相反して歌っている主は女の子のようだ。
気が合いそう、くらいに灯里は思っていたが、その時一緒に来ていた男子が
「これってなんとか執事って腐女子が好きなやつの曲じゃん。きもちわるっ」
と、真っ向から全否定してきた。
自分の好きなものを気持ち悪いと言われたことや、それに対して
「ハハハ…」
と笑って誤魔化すしか出来なかった自分への自己嫌悪、さらにはその男子がちょっといいなぁと思っていた相手であったことも重なって、結構なショックを受けたのである。
それからこっち、オタクであることをバレてはいけないと強く思った灯里なのであった。
ちなみに余談だが、灯里はその男子から後日告白されたが「好みが合わないと思う」と一蹴している。執事をバカにされた恨みは根深いのである。
そんなわけで灯里は、オタバレだけは避けたいと思っていた。
それは颯士が相手でも例外ではない。
確かに颯士は、どことなくオタクに理解がある雰囲気があるし、本人がオタクの可能性も十分にある。
なんせ一緒に必殺技開発とかしちゃうヤツだ。むしろもうオタクだろ!
とは思うものの、一口にオタクと言っても色々なタイプがあるわけで、好みも嫌悪も人それぞれ。
灯里が執事に注ぎ込む情熱を見るとドン引きされてしまう可能性だってあるわけなのだ。
今までバレないように気をつけてきたつもりだった灯里にすると、冒頭の暴投は寝耳に水だったのである。
「ひ、ひつじって何のことだメェ?」
灯里渾身のすっとぼけだった。
あわよくば
『羊じゃなくて執事だっての!hahaha! ~fin~ 』
くらいでこの話題は終わってほしいところであった。
「いや、執事だって。戦う執事シリーズ」
そうだった、そう言えば颯士はデリカシーなし男だった。
あまり触れてほしくない話題だって察してくれよ、と切に思う灯里の様子などお構いなしにガンガンくる。
「見てるよね?執事シリーズ」
まるで尋問のようだ。
やめてくれ、オタバレはしたくないんだ、と汗がダラダラと流れる。
「な、なんだっけそれ、聞いたことはある気がするけど…メェ…」
往生際悪く再び羊の鳴き声も織り混ぜてみるが、
「いやほら、だってカバン」
そう言ってカバンを指差す。
そこにはシルバーに輝くフォークとナイフのキーホルダーがついていた。
作中で執事が愛用している食器である。
(な、コイツ…これだけで執事シリーズのキーホルダーと分かるのか…!)
灯里の中で疑心暗鬼が生まれる。
考えうるパターンA
颯士も執事シリーズが好きで詳しい。できれば語らいたいと思っている。
考えうるパターンB
たまたま何かで知っただけで興味はない。言及して批判するつもりである。
(Aならばまだいくらかマシだ、マシだが、こればかりは颯士とは共有したくない話題ではある。)
彼氏に好きなアイドルの話をする人がいるが、聞かされる彼氏は直接言わないにしてもほとんどの場合、複雑な気持ちになるものだ。
颯士のことが多少なりとも気になっている灯里としては、他のものに夢中になる姿を見せたくはない。
それに加えて、颯士が仮に『にわか』だったならば。
話していて凄くストレスが溜まると思う。
灯里とて『にわか』なことが悪いとは思っていない。
だが、何も知らないレベルで語って欲しくはないのだ。
例えばこのシーン(コピペ)
『パトリック…命令だ、お前だけでも生き延びろ…』
今にも息が絶えそうなアレキサンダーをパトリックの腕が優しく支える。
『アレキサンダー様なくして生きることなどできません。』
冷静さを努めるパトリック、だが心情は冷静ではないことが手の震えからも伝わってくる。
『お前は本当に使えない執事だな…最後まで言うことを聞かないなんて…』
悪態をつくものの、その穏やかな表情はパトリックをただの家来以上に信頼していること、命の灯火が今、消えようとしていることを物語っていた。
『あぁ、主の体が冷えきっていく…せめてこの身で主の体を暖めねば…』
半裸の執事と抱き合う美少年アレキサンダー…
・
・
・
灯里なら2人の美しい主従関係に号泣待ったなしなのだが、もし颯士が『にわか』だったとしたら
「腐女子媚び媚びのBLだね」
とか言い出しかねない。もしそんなことを言われたりなんかした日には、血飛沫と白龍で夏の空を染めることだろう。
(パターンAは駄目だ、殺してしまうかもしれない!)
灯里は颯士の命を優先することにした。
(万が一にも『戦う執事シリーズ』が好きとバレてはいけない。)
颯士がキーホルダーを指差してからこの間2秒、灯里の脳みそはオタバレをしない方向でいくと判断した。
「あぁー、このキーホルダー?智子に貰ったんだー。可愛いけど何のキーホルダーとか知らないんだー。ただのフォークとナイフだと思うけどこれがどうかした??」
必要以上に早口で捲し立ててしまう。
不可解な顔をする颯士。
「いやけど、こないだ飯田さん(智子)と執事のこと話してなかった?」
(あー、この顔、批判とかする人の顔だ…)
これはパターンBもあり得るぞ。
『腐女子の仲間と思われたくないから近寄らないで』
とか言い出しかねない。
ばか野郎、執事シリーズは腐向けじゃねーんだよ!
そんなことを思う灯里の顔は怒りに満ちている。
困惑した表情で颯士は続ける。
「な、何か怒ってる?」
「別にっ!」
つい語気を荒げてしまう灯里。
「い、いや、別に好きじゃないなら良いんだけど」
(好きじゃないなら良いの!?やっぱり好きだったら批判するつもりだったんだ!!!)
「好きだったら悪いの!?」
思わず反論してしまう灯里。
「えぇ?す、好きなの?」
困惑する颯士。
「好きなものを否定する権利は、誰にもない!!」
灯里の剣幕の凄さに颯士はすっかり怯んでしまい、
「す、すみませんでした…」
とつい謝ってしまうのであった。
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