紅い瞳の悪魔

ぎんげつ

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1.事件

封印と復活

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 どれくらいの時が経ったのか。
 窓も無く薄暗い蠟燭だけが灯された部屋では時間の感覚すらおぼつかず、うっすらと開いた視界には何も映らない。
 かつ、と靴底が床を打つ音が聞こえて、アストリッドはぐったり横たわったまま、ほんのりと顔だけを向けた。

「本当に“悪魔デヴィル”は復活していると、お前は知っているか?」

 楽しそうな、笑いを含んだ声で彼が告げる。
 何を言っているのか。悪魔は、目の前にいる彼なのに。

「“破壊”の魔術で殺されたものは魂までが粉々に破壊される。だから復活は叶わない……というのが魔術師の間での定説だったのだが、どうやら――ああ、そうか。“悪魔デヴィル”には魂が無かったのだな」

 くつくつと笑って、彼は深紅の目を細めた。

「なるほど、“破壊”の呪文で人間モータルは完全に滅ぼせても、悪魔イモータルは滅ぼせないというわけか。よくできている」
「なにを、言ってるの……?」

 喉がカラカラに乾いている。水が欲しい。けれど、それを口に出すことはしない。ただ、自分をじっと見下ろす視線を見返すだけだ。
 不意に、紅い目がアストリッドの目の前に迫り、ぬるりと濡れた舌が頬を這った。

「“悪魔デヴィル”はどこに潜んでいるのだろうな……お前の言う“紅い瞳の悪魔クリムソン・アイ”は」

 どこに潜んで、とはどういう意味か。
 紅い瞳の悪魔ならここに――どことは知れないけれど、今、アストリッドの目の前にいるのに。

「また、あの清らかで穢れなど知らないはずの教会のどこかだろうか。それとも、違う別な誰かの内に飼われているのか?」
「あ……、っ」

 喉を啄ばまれて思考が止まる。
 アストリッドの背がぞくりとわななき、身体が弓なりに反る。
 その中心をゆっくりと辿る彼の指を追ってプツプツと肌が粟立ち、じわりと汗が浮き上がる。

「アストリッド。お前はどこだと思う?」

 どこ? と小さく質問を繰り返すが、身体を這う濡れた柔らかいものに意識の大部分を奪われてしまう。頭の中に、ぼんやりと霞がかっていく。
 ひやりと冷たい手が押し当てられ、すっかり慣らされた感触にずくりと身体の奥が疼き、蜜が湧き上がる。
 身体の中も頭の中も、官能に支配されてしまう。

「アストリッド、どうした。答えられないのか?」
「は、あ……わからない……そんなの、わからない……っ、あ、あっ」

 ちくりという刺激に、びくりと身体が跳ねた。

「そう、お前は今回も知らないのだな」

 今回も?
 浮かんだ疑問は、すぐに快楽の波で押し流されてしまう。
 くちゅっという水音に彼がくすりと笑った。指先でアストリッドの秘裂にゆっくりと触れて、ゆるゆると掻き混ぜる。

「――どうして欲しい?」
「う、あ、あ……」
「ひくひくと動いているね。わたしの指を喰らおうとするように。心臓の鼓動も大きく速くなってきたようだ」

 は、は、と息を切らせるアストリッドの唇をぺろりと舐める。

「お前は、何が欲しい? 何を望む?」
 彼の口角が上がり、唇が三日月の形を作る。
「あ……」

 ぱくぱくと口が動く。ぐちゅぐちゅと音を立てながら中を掻き混ぜられて、身体が歓喜に震える。
 もっと、もっと……もっと違うものが、欲しい。

「ああ……足りない、の。刺して……私を、貫いて……」
「いい子だ、アストリッド・シャルルロア」

 優しく微笑む彼に貫かれ、アストリッドは高い声を上げた。


 * * *


「エルレイン、よく来てくれた」
「エセルバード、突然の訪問ですまない」

 シャルルロア家を訪ねると、すぐにエセルバートが迎え出た。エセルバートの顔色はあまり良いとは言えない。アストリッドの行方が知れないという知らせのせいだろう。けれど、一家の主人にふさわしく、毅然とした態度は崩さず、エルレインと握手を交わす。

「旦那様、エルレイン様とお連れ様もこちらへ」
「伝えたとおり、アーシェの捜索に必要なんだ。シャルルロア家の蔵書を見せてほしい」

 応接へ案内しようとする執事に手を振り、エルレインはあいさつもそこそこに本題を切り出した。
 今は、少しの時間すら惜しい。
 エセルバートは頷く。

「アーシェのためだ、できることは何でも言ってくれ。ただ、ヘレナには何も話していないんだ。何しろ、まだ体調が完全ではなくて……」
「わかっている。余計な心配はさせないほうがいい。リオンを産んだばかりなんだ、きちんと休ませないと。
 今は図書室を使わせてもらえれば問題ないよ」
「エセルバード殿、ご協力痛み入ります。魔術師タイレルです」

 ゆっくりと魔術師の礼を取って、タイレルも単刀直入に続ける。

「もしかしたら、後ほど二、三、お聞きしたいことができるかもしれません。その時はまたお伺いしてもよろしいですか?」
「ああ、構わない」

 エセルバートはその場で執事に便宜を図るようにと告げる。

「図書室の本は自由に閲覧してくれ。何か気になることがあれば、声を掛けられた者がすぐに取り継ぐようにと言っておく」
「ありがとうございます。それではさっそくなのですが、シャルルロア家についての記録や手記などを見せていただきたいのです」
「当家の?」
「できれば、かの“悪魔”を封じた当主の頃のものを」

 タイレルの言葉にエセルバートはしばし考え、それから執事に書架の一角へ案内するようにと命じた。

「古いものは、こちらへ移る前の屋敷とともに焼けてしまったというが……たぶん現存する一番古いものが、その時代のものだと思う」
「助かります」

 執事に付いて歩き出しながら、タイレルとエルレインは小さく言葉を交わす。

「領主家についての記録があれば望ましいのだが……教会で閲覧できる書物に、悪魔の記録はほぼ無いも同然だった。おそらくは閉架に納められているのだろうな。“悪魔デヴィル”の詳細を広く知られることは、諸刃の剣にもなることだから」
「なるほど……」

 エルレインもじっと考える。
 悪魔の狙いがシャルルロア家で、その足がかりがアストリッドだとすれば、やはり最終的な目的は自分を退けた人間への復讐だろうか。
 図書室に入ると、執事が書架の一角を示す。
 この辺りに、歴代の当主の手記などが納められているのだと説明して。
 エルレインとタイレルは、初代とその次の当主の名前を確認する。

「シグルド・シャルルロアとアンジェリカ・シャルルロアですか」
「はい。記録では、アンジェリカ様はシグルド様の養女であったと」
「ありがとう」

 執事に礼を述べて、ふたりはひとつひとつ書物を取り出し、検分を始めた。

「――私が聞いている限りですが、シャルルロアという家は、悪魔に憑かれたという初代当主シグルドが、一代で興した家だったのだそうです」
「ほう?」

 アストリッドの話していたことを思い出しながら、エルレインは続ける。

「シグルドは、当時、ただの貧しい漁村だったこの町に流れ着いた、流れ者の魔術師だったのだと。
 ですが、その所作や物腰から、放逐された王族とも何かのとばっちりで家が取り潰しになった貴族とも考えられていたのだと、聞きました」

 タイレルも、その内容を噛みしめるようにじっと聞いてきる。

「優秀な魔術師であり、土地の経営や産業というものに明るかったことも、シグルドが高貴な血筋だったと考えられる要因ですが――ともかく、シグルドは、貧しかったこの地のひとびとに様々な知識を授け、繁栄へと導いてくれたのだそうです。なのに」
「いつからか、領主は“悪魔”に憑かれてしまっていたというわけか」
「はい」

 ふう、と溜息を吐くエルレインに、タイレルの顔が顰められる。

「もしかしたら、最初からだったのかもしれないな」
「最初から?」
「情報が少なすぎるので、はっきりとは言えない。だが……“悪魔デヴィル”は巧みにひとの心の隙を突き、甘い餌をばら撒きつつ深くまで入り込む。そうやって、ひとがこれ以上ないほどに依存したところを見計らって、絶望に堕とすのだ」
「では、この町に現れた時は既に、と?」
「確実には言えないが、可能性はある……ああ、この辺りだな」

 タイレルは、並んだ中でも一番擦り切れて見えた一冊の書物を抜き出して、最初の数ページをパラパラとめくった。

「アンジェリカ……初代を告発した二代目の覚書か」

 小さな呟きに、エルレインが顔を上げる。

「タイレル殿、ありましたか」
「私はこれの中身を改めてみよう。エルレイン殿は、この辺りの棚をもう少し確認してみてくれるか」
「わかった」



「手記に曰く……父、つまりシグルドは血を欲する悪魔だったのだそうだよ。
 父の行動を怪しんだ彼女が、深夜遅く後をつけて血をすする姿を見たことが、始まりだったと、何度もその記述を繰り返している……逆に、そのことが少し気になるといえば気になるが」

 すっかり色の変わった紙をそっとめくりながら、タイレルはじっと文字を見つめる。ところどころ退色し、掠れた手書きの文字はとても読みにくい。だが、タイレルはこういうものには慣れているからと、うまく必要なところを拾って意味を繋げていく。

「その悪魔であるシグルドは、アンジェリカの恋人である、正義と騎士の神の司祭を塵にしてしまった。
 このあたりの経緯は、伝わっているとおりのようだが――“悪魔は滅んでいない”? “お前が忘れた頃に戻ろうという言葉を残して消えた”とある。教会の記録や言い伝えでは、封印されたのではなかったか?」

 タイレルがちらりとエルレインを見やると、驚きに目を見開いていた。

「いや、私も封印されたのだと……封印の場所ははっきりと明かされてはいないが、それは、封印を守るためには至極まっとうな対応で……」
「なるほど」

 タイレルはひとつ溜息を吐いた。

「悪魔が、実は封印などされておらず野放しのまま姿を消しただけとあっては、住民たちが恐慌を起こしかねない。それゆえ、封印されたと伝えたのだろう。
 なら、このことはここだけの話にしておこう。仲間には口外無用として伝えはするが、私たちからこの話を漏らすことはしない」
「――ありがとう、ございます。では、やはり、姿を消していたはずの悪魔が、今になって戻って来たと?」
「そう考えるのが、自然だろう」

 タイレルは書物に目を落としたまま頷いた。ゆっくりと、けれど読んでいるにしてはずいぶんな速さでどんどんページをめくっていき……急に眉間にくっきり皺を寄せる。

「“悪魔は、いつか再び迎えに現れると言い残した”
 アンジェリカは、何度も何度も、シグルドを退じた日のことを繰り返している。よほど恐ろしかったのだろうが……“破壊”に“投影”に“炎嵐”か。ただの魔術師と考えても相当な力だというのに、本物の“悪魔デヴィル”だとしたら、相当に手強いな」
「タイレル殿? 本物の“悪魔デヴィル”だとしたらとはいったい?」
「別なものの可能性も考えられるなと思えたのだ。確証はまったくないが、姿を暴露された悪魔デヴィルにしては、いくつか不審な点も多い」
「別なもの?」

 困惑するエルレインの声に、タイレルは少し迷うように視線を巡らせた。

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