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鹿角の町

一夜明けて

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 目が覚めると、すでに太陽は天頂近くに差し掛かっていた。

 ガチャガチャと金属がぶつかり合うこの音はなんだろう。夢うつつのミーケルはぼんやりとそんなことを考えた次の瞬間、がばりと起き上がる。
 ぐるりと部屋を見回すと、部屋の隅でこそこそと、エルヴィラが鎧を付けているところだった。

「ヴィー、なにやってるの」

 ミーケルの低い声にびくっと飛び上がり、エルヴィラが「あ、その、な」とおそるおそる振り返った。

「鎧を付けないと、危ないんだ」
「何が?」

 顔を顰めてベッドを降りるミーケルに、エルヴィラは引き攣る。

「お、お腹には子供が入ってるんだぞ! だから、お腹を護らないと、危なくて……」

 ミーケルの眉間に皺が三本くっきりと刻まれた。

「――馬鹿か君は。だからってどうして鎧なんだよ。よっぽどお腹に悪いだろう? もしかして妊娠舐めてるの?」

 ずかずかと足を踏み鳴らして近づくと、ミーケルは荒っぽく留め金を外し、エルヴィラの身体からポイポイと鎧を取り払ってしまう。

「な、舐めてないけど、鎧を着てればお腹に何か当たっても大丈夫だし」
「その前に、こんな鎧で無駄に締め付けてたら、何か当たる以前に悪いよ!
 ただでさえきつくなったんだろう? なのに締め付けるとか何を考えてるんだ!」

 首を竦めて、エルヴィラはしょぼしょぼとミーケルを見上げた。

「だって、怖いじゃないか」
「何が!?」
「鎧がないと、お腹なんて骨もないんだ。刃が当たったらすぐ通っちゃうんだぞ」

 いったいどんな状況を想定しているのかと、ミーケルは眩暈を覚えた。

 何がどうしてどうなったら、お腹に刃が当たるような事態になるというのか。
 まさか、妊婦のくせにまだ剣を振り回して荒事に突っ込む気でいるのか。

「あのね……それ以前に、そういう事態にならないようにするんだよ」

 半ば脱力しながら言い含めるように返し、とにかくこれはしまっておくからと鎧を取り上げる。
 エルヴィラはしおしおと項垂れて、自分だけなら平気でも、鎧なしでお腹を攻撃されたら護りきれる自信がないのに、とぶつぶつ呟く。
 ミーケルは、はあ、と大きく溜息を吐いた。だからどうしてそこでお腹を攻撃されるという発想になるのか。

「――僕はそんなに頼りにならないかな?」
「え」
「え、じゃなくて。まさか、何かあったら僕がヴィーと子供を見捨てて逃げるとでも思ってる?」
「そっ、そんなことはないぞ! ミケはいつも助けに来てくれるじゃないか!」
「なら、鎧なんて必要ないだろう?」

 にっこりとミーケルが笑うと、エルヴィラはとたんにまたしおしお項垂れた。

「た、戦えない私は、ただの役立たずだし」
「ん?」
「だって、他のことは上手にできないのに……」
「あのね」

 もう一度溜息を吐いて、ミーケルは「よいしょ」とエルヴィラを抱き上げる。

「ん、確かに前より重くなったかも」
「えっ」
「もうひとり分追加なんだから、しょうがないね」

 そのままベッドに下ろして傍らに座ると、エルヴィラの顔を覗き込む。

「とにかく、ヴィーは子供が産まれるまで、戦いは禁止だよ」
「えっ、それじゃ護衛にならない」

 本気で困り切ったエルヴィラの顔に、また溜息が漏れる。さっきから溜息しか吐いてない気がして、ミーケルはやはり溜息を吐く。

「護衛は休みだよ。ほんとうに、君、子供がいるっていうのわかってる? 妊婦と護衛騎士を同時にこなすなんて無理だよね?」
「う……」

 どことなく納得がいかない顔のエルヴィラの頭を撫でて、ミーケルは溜息をまたひとつ追加する。

「あのさ。たまには僕に護られるのもいいと思わない? それとも、やっぱり僕じゃ不安?」
「で、でも、気を張ってたら、歌うのも大変だって……」
「そんなの、僕もしばらく休業するし。一年や二年程度どうにかなるくらいの蓄えだってしてるよ」

 うう、と黙り込むエルヴィラに、ミーケルは小さく苦笑する。

「ま、鍛錬は、少しなら続けたほうがいいだろうね。せっかく鍛えてきたんだから、維持する程度は。でも、無理は絶対にだめだ。真剣を使うのも無し」
「でも……」
「これから先も、体調がいつもと違うと少しでも感じたら、必ず言うんだ。自分で判断したらだめだからね」
「わ、わかった」

 どうにか納得して頷くエルヴィラの背をぽんぽんと叩いて寄りかからせるように抱き締める。

「ヴィーは自分の身体のことには鈍感だから、心配だよ」
「無茶はしてないと思うんだけど」
「無茶はしてないって言う妊婦が、鎧を着ようなんて思う?」
「う」

 じっとりとエルヴィラを見つめて、ミーケルはもうひとつ溜息を追加した。

「とにかく、鎧と剣は僕が預かっておくよ」
「えっ」
「ヴィーのことだから、こっそり振り回すつもりだろう?」

 にっこりと笑うミーケルに、考えてることを読まれてた、とエルヴィラはやっぱりしょんぼり項垂れた。

「なんでミケは私の考えてることがわかるんだ」
「わからないわけがないだろう?」

 理不尽だ、とエルヴィラは顔を顰める。
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