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鹿角の町
久しぶりに
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「イヴリン、会いたかった! 調子はどうだ?」
「上々よ。何も問題なくとっても順調って、司祭様にも言われたわ」
約束のひと月が終わると、エルヴィラとミーケルはすぐに“深淵の都”を旅立った。
少し寂しそうな兄たちに見送られ、今度こそこまめに手紙を出すことを約束させられて、都のカーリスの家を出立する。
そこからは大きな街道に沿って、“聖女の町”に寄り、“古城の町”に寄り、“岩小人の町”に滞在し……その他にもふらふらとあちこち寄り道をしながら、冬の入り口になってようやく“鹿角の町”へと到着した。
“鹿角の町”に入ると、さっそくイヴリンとアライトの家を訪ねた。
出迎えたイヴリンとしっかり手を握り合い再会を喜びながらも、なんだか今にも弾けるか落ちるかしてしまいそうなほどに膨らんだお腹にエルヴィラの目が丸くなる。
「毎日元気に動くのよ」
「……元気なんだな、いいことだ!」
イヴリンの笑顔にエルヴィラも釣られて笑顔になる。
アライトは領主とも話を通して、町のすぐ横に広がる森をきれいにする代わりに巣穴を作る許可を得たらしい。
まだしばらく、子供が生まれてからも数年は町の中で暮らすから、その間にいろいろやらなきゃいけないことは多いのだ。
そう言って、毎日昼間は森に出かけるのだという。森にいる危険なヒューマノイドや魔物を掃討したり、巣穴を整えたり……アライト曰く「森の大掃除中」なのだそうだ。
「なるべく歩くようにって言われてるんだけど、最近はだいぶ重くって。なかなか大変なのよね、足元もよく見えないし」
「そ、そうなのか」
「そんなに大きくなったのなら、そろそろなんじゃない?」
ミーケルも少し心配そうな顔をする。
あら珍しい、と思いながら、イヴリンはにっこり笑った。
「そうね、司祭様も、そろそろいつ生まれてもいい頃だから気をつけるようにって言ってたわ」
「私もしばらくこの町にいるつもりだから、何でも言ってくれ!」
「助かるわ。さすがに誰もいない時に産気づいちゃったらどうしようって、ここ数日は少し心配だったの。アライトも、そろそろ森通いは休もうかって話してたところだったのよ」
くすくす笑いながら話すイヴリンは、前よりも幾分丸く柔らかくなったように見えて、すっかり母になる準備もできているようだ。
やっぱりイヴリンはすごい。
着々と前へと進んでいる。
エルヴィラは眩しそうにイヴリンを見つめる。
「ねえ、町にいる間、うちに泊まってくれるんでしょう? この家、無駄に広いから部屋ならあるわよ」
「それは助かる! 私も、母上に家事の特訓を受けたんだ。食事の用意以外なら手伝えるぞ」
「ほんとう?」
少し疑うようなイヴリンの視線に、エルヴィラはふふんと笑って胸を張る。
「芋の皮をむいたり、野菜を切ったりするのも得意だ。皿を洗ったりもちゃんとできるし、掃除も任せろ」
「ほんとうだよ。味付けと調理は壊滅的だけど、身体を動かす作業なら結構できるんだ。意外だけどね」
くつくつと笑いながらミーケルが首肯すると、イヴリンもそれならと頷いた。
「正直言うと、最近ずっと掃除もたいへんだったから助かるわ。それに、エルヴィラが一緒ならアライトも安心するだろうし」
「任せてくれ!」
意気込んでぎゅっと手を握るエルヴィラに、イヴリンは「相変わらず馬鹿力ね」とまた笑う。
その夜、久しぶりだからと四人で連れ立って鹿肉料理の店へと出掛けた。
以前の滞在時はイヴリンがつわりで体調を崩していて、四人で来ることが難しかったから、今回改めてだ。
「やっぱりこの町の鹿肉料理はおいしいな」
カリッと焼かれた鹿肉のステーキにナイフを突き刺すと、じわっと肉汁が滲み出てくる。牛や豚よりも赤身が多くてどこにと思うくらいなのに、とても脂が乗っていて汁気たっぷりなのだ。
固すぎず柔らかすぎず適度な歯応えで、噛めば噛むほど味わいが増していくようにも感じる。
何より――
「どうして焦げないんだろうな」
「え?」
「私が焼くと、なぜか真っ黒になってしまうんだ」
「それ、私の方が聞きたいわ。普通は黒くなんてならないわよ。だいたい、その前に気づくじゃない」
「なん……だと?」
フォークに突き刺した肉をじっと見つめて、エルヴィラは驚愕の呟きを漏らす。焼き色がつく程度に炙られた肉は、いかにも美味しそうな、食欲をそそる色合いだ。
普通は焦げない? なぜだ。なぜ自分が焼く肉は焦げる。
「ねえ、それよりエルヴィラ」
はっと我に返り、「なんだ?」とイヴリンに視線を戻す。
なぜだかほんのりと眉間に皺を寄せ、小さく首を傾げて、何かを考え込むような顔でイヴリンは続けた。
「あなた、ずいぶん食べるようになったのね」
「ん? ああ。最近すごくお腹が空くんだ」
急になんだろうと思いながら、エルヴィラも首を傾げる。たしかに、言われてみれば最近は食べる量がずいぶん増えていた。
涼しくなって、食べ物がなんでもおいしい季節になったからだと考えていたのだが、何か気になるのだろうか。
「ねえ、エルヴィラ。もしかして太ったんじゃない? よく見たら、あちこち丸くなった気がするんだけど」
「な……なん、だと?」
「上々よ。何も問題なくとっても順調って、司祭様にも言われたわ」
約束のひと月が終わると、エルヴィラとミーケルはすぐに“深淵の都”を旅立った。
少し寂しそうな兄たちに見送られ、今度こそこまめに手紙を出すことを約束させられて、都のカーリスの家を出立する。
そこからは大きな街道に沿って、“聖女の町”に寄り、“古城の町”に寄り、“岩小人の町”に滞在し……その他にもふらふらとあちこち寄り道をしながら、冬の入り口になってようやく“鹿角の町”へと到着した。
“鹿角の町”に入ると、さっそくイヴリンとアライトの家を訪ねた。
出迎えたイヴリンとしっかり手を握り合い再会を喜びながらも、なんだか今にも弾けるか落ちるかしてしまいそうなほどに膨らんだお腹にエルヴィラの目が丸くなる。
「毎日元気に動くのよ」
「……元気なんだな、いいことだ!」
イヴリンの笑顔にエルヴィラも釣られて笑顔になる。
アライトは領主とも話を通して、町のすぐ横に広がる森をきれいにする代わりに巣穴を作る許可を得たらしい。
まだしばらく、子供が生まれてからも数年は町の中で暮らすから、その間にいろいろやらなきゃいけないことは多いのだ。
そう言って、毎日昼間は森に出かけるのだという。森にいる危険なヒューマノイドや魔物を掃討したり、巣穴を整えたり……アライト曰く「森の大掃除中」なのだそうだ。
「なるべく歩くようにって言われてるんだけど、最近はだいぶ重くって。なかなか大変なのよね、足元もよく見えないし」
「そ、そうなのか」
「そんなに大きくなったのなら、そろそろなんじゃない?」
ミーケルも少し心配そうな顔をする。
あら珍しい、と思いながら、イヴリンはにっこり笑った。
「そうね、司祭様も、そろそろいつ生まれてもいい頃だから気をつけるようにって言ってたわ」
「私もしばらくこの町にいるつもりだから、何でも言ってくれ!」
「助かるわ。さすがに誰もいない時に産気づいちゃったらどうしようって、ここ数日は少し心配だったの。アライトも、そろそろ森通いは休もうかって話してたところだったのよ」
くすくす笑いながら話すイヴリンは、前よりも幾分丸く柔らかくなったように見えて、すっかり母になる準備もできているようだ。
やっぱりイヴリンはすごい。
着々と前へと進んでいる。
エルヴィラは眩しそうにイヴリンを見つめる。
「ねえ、町にいる間、うちに泊まってくれるんでしょう? この家、無駄に広いから部屋ならあるわよ」
「それは助かる! 私も、母上に家事の特訓を受けたんだ。食事の用意以外なら手伝えるぞ」
「ほんとう?」
少し疑うようなイヴリンの視線に、エルヴィラはふふんと笑って胸を張る。
「芋の皮をむいたり、野菜を切ったりするのも得意だ。皿を洗ったりもちゃんとできるし、掃除も任せろ」
「ほんとうだよ。味付けと調理は壊滅的だけど、身体を動かす作業なら結構できるんだ。意外だけどね」
くつくつと笑いながらミーケルが首肯すると、イヴリンもそれならと頷いた。
「正直言うと、最近ずっと掃除もたいへんだったから助かるわ。それに、エルヴィラが一緒ならアライトも安心するだろうし」
「任せてくれ!」
意気込んでぎゅっと手を握るエルヴィラに、イヴリンは「相変わらず馬鹿力ね」とまた笑う。
その夜、久しぶりだからと四人で連れ立って鹿肉料理の店へと出掛けた。
以前の滞在時はイヴリンがつわりで体調を崩していて、四人で来ることが難しかったから、今回改めてだ。
「やっぱりこの町の鹿肉料理はおいしいな」
カリッと焼かれた鹿肉のステーキにナイフを突き刺すと、じわっと肉汁が滲み出てくる。牛や豚よりも赤身が多くてどこにと思うくらいなのに、とても脂が乗っていて汁気たっぷりなのだ。
固すぎず柔らかすぎず適度な歯応えで、噛めば噛むほど味わいが増していくようにも感じる。
何より――
「どうして焦げないんだろうな」
「え?」
「私が焼くと、なぜか真っ黒になってしまうんだ」
「それ、私の方が聞きたいわ。普通は黒くなんてならないわよ。だいたい、その前に気づくじゃない」
「なん……だと?」
フォークに突き刺した肉をじっと見つめて、エルヴィラは驚愕の呟きを漏らす。焼き色がつく程度に炙られた肉は、いかにも美味しそうな、食欲をそそる色合いだ。
普通は焦げない? なぜだ。なぜ自分が焼く肉は焦げる。
「ねえ、それよりエルヴィラ」
はっと我に返り、「なんだ?」とイヴリンに視線を戻す。
なぜだかほんのりと眉間に皺を寄せ、小さく首を傾げて、何かを考え込むような顔でイヴリンは続けた。
「あなた、ずいぶん食べるようになったのね」
「ん? ああ。最近すごくお腹が空くんだ」
急になんだろうと思いながら、エルヴィラも首を傾げる。たしかに、言われてみれば最近は食べる量がずいぶん増えていた。
涼しくなって、食べ物がなんでもおいしい季節になったからだと考えていたのだが、何か気になるのだろうか。
「ねえ、エルヴィラ。もしかして太ったんじゃない? よく見たら、あちこち丸くなった気がするんだけど」
「な……なん、だと?」
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