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深淵の都
かくなる上は!
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ミーケルの腕をしっかりと引いて、エルヴィラは教会の、父の執務室へと向かった。
戦神教会で司教という地位を戴く父クィンシーには、教会内に小さな執務室が与えられているのだ。
コツコツとノックの後、オーウェンがガチャリと扉を開き、一礼して入室する。
「司教猊下、客人を連れてきました」
「オーウェンか」
執務机の向こうに座ったクィンシーが顔を上げるようすが、エルヴィラの立つ場所からもちらりと見えた。
いよいよ父の許しを得るのだ。
ぐっと拳を握り締めて、エルヴィラは正面を見据える。
「ちっ、父上!」
ミーケルが止める間もなく、エルヴィラはいきなりオーウェンを押しのけるようにして部屋へと踏み込んだ。
「わ、私はミケと結婚するぞ! かくなるうえは、潔く認めるのだ、父上!」
「エルヴィラ、か」
唖然と呟いてから、クィンシーは顰め面を作った。
「何をしに戻ってきたのだ? いきなり何の話だ。無礼とは思わんのか」
「ちっ、父上は孫の顔を見たくないのか! 私の子だぞ!」
「──何!?」
驚愕に大きく目を見開き、がたっと派手な音を立ててクィンシーが立ち上がる。
「認めなけれぶっ――」
「ヴィー、君は少し黙っていたほうがいい」
後ろから慌てて腕を伸ばしたミーケルが、エルヴィラの口を塞いだ。
頭に血が上っているのだろうが、この調子で続けられては話が進まないうえ、ぐだぐだな結果しか見えてこない。
不満げに眉を寄せるエルヴィラを背後へ押しやり、ミーケルは一歩進み出た。
「カーリス司教猊下。お初にお目にかかります。まずは改めて自己紹介を」
形式に則った優雅な礼をして、ミーケルはにっこりと微笑む。
「今は亡き“嵐の国”救国の女王ウルリカに連なり、現“深森の国”にて伯爵位を戴くストーミアン家が当主アルヴァーと、かつて“嵐の国”の王室付魔術師を務めたフォルダール家の娘ベリトの長男、オスヴァルト・ストーミアンと申します」
「む……」
「エルヴィラ嬢の話によれば、家の敷居をまたぐことは未だ許されておらぬとのことでしたので、失礼ながら、ご聖務中であることは承知のうえでこちらへと参りました」
むむむ、と渋面を作ったまま、いったいどうしたものかと考えあぐねているかのようにクィンシーは口を開かない。
「ここで込み入った話を続けるのはこちらも不本意ですし、どうか猊下のご自宅を訪問する許しをいただけないでしょうか」
再度深く礼を取るミーケルを睨みつけるように、クィンシーは腕を組む。頭を上げてにこやかにじっと佇むミーケルと、くっきりと眉間に深い皺を刻んだ父を、エルヴィラはおろおろと交互に見やった。
自分はどうすればいいのか。どうすべきなのか。
はらはらとしながら順番にふたりを見て――
「ち、ち、父上……父上、頼む。ミケと、私の話を聞いて欲しいんだ」
いきなり跪いて頭を垂れるエルヴィラに、クィンシーがまた瞠目する。自ら深く頭を下げる娘の姿を見るのは、いったい何年振りだろうか。
クィンシーは頭を振り、大きくひとつ溜息を吐いた。
「……夕刻の鐘がなる頃に、屋敷に来なさい」
エルヴィラがぱっと顔を上げた。
「父上!」
「そこで改めて話を聞こう」
ぱああと輝くような笑顔になって、エルヴィラは大きく頷いた。
「父上、ありがとう! 大好きだ! 大好きだ父上!」
ぱたぱたと机を回り込み、エルヴィラはクィンシーに抱きついた。
そんなエルヴィラに、クィンシーはふっと笑んで肩を抱く。
「──エルヴィラ。オーウェンから聞いたが、ほんとうに色も何も治さず、このままでいいのか?」
「ん、いいんだ。これは、私が堕天に負けなかったっていう勲章だから」
「そうか」
ぎゅうと抱きつくエルヴィラと、目を細めてその頭を撫でるクィンシーの姿に、たしかにこれは、皆エルヴィラに甘いと言っていたのも頷けるなと、ミーケルは考えた。
「うん、だからもう、ちゃんとできたってわかるまで、孫とか甥姪とか禁止ね」
「う……その、あれは、頭がかーっとなって、つい……」
父に辞去の挨拶をしてオーウェンに礼を言って、教会の外に出たら真っ先にミーケルに怒られた。
未だに納得いかないという顔で、エルヴィラは口を尖らせる。
「でも、やっぱりできてるんじゃないかと思うんだ」
「……ヴィーもいい加減しつこいね。じゃあ、何を根拠にそこまでこだわるのか、ちゃんと言ってごらん?」
「ええと、その……女の勘」
上目遣いに、けれど断言するエルヴィラに、ミーケルはぶっと盛大に噴き出した。
まさかそんなものでそこまでこだわるなんて。
「お、女の勘って……それ、絶対外れるやつだから。間違いないね」
「な、なんだと! 私の勘は当たるんだ! 当たるったら当たるんだ!」
「いやいや、外れるから!」
涙まで滲ませてミーケルは笑い続ける。
まさかそんなものでここまで確信を持つなんて。
「なんだと! ひと月後を見てろ、絶対できてるんだから吠え面かくなよ!」
たちまち真っ赤な顔で頬を膨らませたエルヴィラは、ミーケルの背中をポカポカひたすら叩き続けた。
戦神教会で司教という地位を戴く父クィンシーには、教会内に小さな執務室が与えられているのだ。
コツコツとノックの後、オーウェンがガチャリと扉を開き、一礼して入室する。
「司教猊下、客人を連れてきました」
「オーウェンか」
執務机の向こうに座ったクィンシーが顔を上げるようすが、エルヴィラの立つ場所からもちらりと見えた。
いよいよ父の許しを得るのだ。
ぐっと拳を握り締めて、エルヴィラは正面を見据える。
「ちっ、父上!」
ミーケルが止める間もなく、エルヴィラはいきなりオーウェンを押しのけるようにして部屋へと踏み込んだ。
「わ、私はミケと結婚するぞ! かくなるうえは、潔く認めるのだ、父上!」
「エルヴィラ、か」
唖然と呟いてから、クィンシーは顰め面を作った。
「何をしに戻ってきたのだ? いきなり何の話だ。無礼とは思わんのか」
「ちっ、父上は孫の顔を見たくないのか! 私の子だぞ!」
「──何!?」
驚愕に大きく目を見開き、がたっと派手な音を立ててクィンシーが立ち上がる。
「認めなけれぶっ――」
「ヴィー、君は少し黙っていたほうがいい」
後ろから慌てて腕を伸ばしたミーケルが、エルヴィラの口を塞いだ。
頭に血が上っているのだろうが、この調子で続けられては話が進まないうえ、ぐだぐだな結果しか見えてこない。
不満げに眉を寄せるエルヴィラを背後へ押しやり、ミーケルは一歩進み出た。
「カーリス司教猊下。お初にお目にかかります。まずは改めて自己紹介を」
形式に則った優雅な礼をして、ミーケルはにっこりと微笑む。
「今は亡き“嵐の国”救国の女王ウルリカに連なり、現“深森の国”にて伯爵位を戴くストーミアン家が当主アルヴァーと、かつて“嵐の国”の王室付魔術師を務めたフォルダール家の娘ベリトの長男、オスヴァルト・ストーミアンと申します」
「む……」
「エルヴィラ嬢の話によれば、家の敷居をまたぐことは未だ許されておらぬとのことでしたので、失礼ながら、ご聖務中であることは承知のうえでこちらへと参りました」
むむむ、と渋面を作ったまま、いったいどうしたものかと考えあぐねているかのようにクィンシーは口を開かない。
「ここで込み入った話を続けるのはこちらも不本意ですし、どうか猊下のご自宅を訪問する許しをいただけないでしょうか」
再度深く礼を取るミーケルを睨みつけるように、クィンシーは腕を組む。頭を上げてにこやかにじっと佇むミーケルと、くっきりと眉間に深い皺を刻んだ父を、エルヴィラはおろおろと交互に見やった。
自分はどうすればいいのか。どうすべきなのか。
はらはらとしながら順番にふたりを見て――
「ち、ち、父上……父上、頼む。ミケと、私の話を聞いて欲しいんだ」
いきなり跪いて頭を垂れるエルヴィラに、クィンシーがまた瞠目する。自ら深く頭を下げる娘の姿を見るのは、いったい何年振りだろうか。
クィンシーは頭を振り、大きくひとつ溜息を吐いた。
「……夕刻の鐘がなる頃に、屋敷に来なさい」
エルヴィラがぱっと顔を上げた。
「父上!」
「そこで改めて話を聞こう」
ぱああと輝くような笑顔になって、エルヴィラは大きく頷いた。
「父上、ありがとう! 大好きだ! 大好きだ父上!」
ぱたぱたと机を回り込み、エルヴィラはクィンシーに抱きついた。
そんなエルヴィラに、クィンシーはふっと笑んで肩を抱く。
「──エルヴィラ。オーウェンから聞いたが、ほんとうに色も何も治さず、このままでいいのか?」
「ん、いいんだ。これは、私が堕天に負けなかったっていう勲章だから」
「そうか」
ぎゅうと抱きつくエルヴィラと、目を細めてその頭を撫でるクィンシーの姿に、たしかにこれは、皆エルヴィラに甘いと言っていたのも頷けるなと、ミーケルは考えた。
「うん、だからもう、ちゃんとできたってわかるまで、孫とか甥姪とか禁止ね」
「う……その、あれは、頭がかーっとなって、つい……」
父に辞去の挨拶をしてオーウェンに礼を言って、教会の外に出たら真っ先にミーケルに怒られた。
未だに納得いかないという顔で、エルヴィラは口を尖らせる。
「でも、やっぱりできてるんじゃないかと思うんだ」
「……ヴィーもいい加減しつこいね。じゃあ、何を根拠にそこまでこだわるのか、ちゃんと言ってごらん?」
「ええと、その……女の勘」
上目遣いに、けれど断言するエルヴィラに、ミーケルはぶっと盛大に噴き出した。
まさかそんなものでそこまでこだわるなんて。
「お、女の勘って……それ、絶対外れるやつだから。間違いないね」
「な、なんだと! 私の勘は当たるんだ! 当たるったら当たるんだ!」
「いやいや、外れるから!」
涙まで滲ませてミーケルは笑い続ける。
まさかそんなものでここまで確信を持つなんて。
「なんだと! ひと月後を見てろ、絶対できてるんだから吠え面かくなよ!」
たちまち真っ赤な顔で頬を膨らませたエルヴィラは、ミーケルの背中をポカポカひたすら叩き続けた。
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