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深淵の都

さあ、凱旋だ

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 都に到着した翌日、まずはオーウェンに会おうと、ふたりで戦神教会へと向かった。

 教会を訪れて、顔見知りの司祭や騎士にはずいぶん驚かれてしまった。
 だが、それでも中身は以前のエルヴィラと変わらないと知れると、すぐに以前のように言葉を交わしてくれるものばかりだった。

 とはいえ、エルヴィラが出奔するきっかけになった噂は、教会のほぼ全員の知るところとなっているのだ。
 自然、ミーケルへと向けられる視線はだいぶ胡乱なものばかりとなり……どうやらこれは先が思いやられるんだろうなと、ミーケルは外向きの態度は崩さず、けれどこっそりと溜息を吐く。

「姉上!」

 若い騎士がひとり、息を切らせて追いついてきた。エルヴィラを姉と呼ぶところを見ると、弟なのだろう。

「セロン! 久し振りだな。そんなに慌ててどうしたんだ」
「どうしたじゃありません。お帰りになるなら、前もって連絡くらいください」
「すまん、急に決まったことだったんだ。
 ミケ、弟のセロンだ。セロン、ミケだ……聞いて驚け、私の夫だぞ!」
「では、この方がオーウェン兄上の仰っていた――」

 セロンは一瞬眉を顰めて、それからミーケルに慇懃な礼を取る。

「戦いと勝利の神に仕える聖騎士にして、カーリス家が末子、セロンと申します。以降、お見知り置きを」
「僕はオスヴァルト・ストーミアンだ。よろしく」

 優雅に礼を返すミーケルから目を離し、セロンはまたエルヴィラを向いた。

「それで姉上。もちろん家のほうにも来るのですよね?」
「もちろんだ。これから父上の許しを得られればだがな……セロン、お前も甥か姪の顔が見たければ、私に協力しろよ」
「父上ならすぐにで……え、姉上? まさか……まさかお腹にお子がいるんですか? 今、既に!?」
「え、待ってヴィー」

 驚愕に目を瞠るセロンと引き攣った顔のミーケルが、一斉にエルヴィラを見る。

「ん? どうしたミケ。だって今度こそ間違いないだろう?」
「だっ、だからっ……まさか、君は、まだ、わかってないのか!」

 大声で続けそうになって、ミーケルはぐっと堪えるように息を吐く。

「こっ、子供は、やることやって後は運の賜物だと昨日説明しただろう?」

 耳元で早口に捲したてるミーケルを、エルヴィラはきょとんと見返す。

「だってミケの家系は強運だって言ってたし、私だって運はいいほうだぞ。それに、昨晩あんなにたくっぶっ――」

 ミーケルの手に口を塞がれて、エルヴィラは不満そうに目を眇める。その横では赤くなった顔を手で半分隠したセロンが目を逸らしていた。

「あの、そ、それでは私は、先に家に知らせておきますから、ここで失礼を」

 慌てて立ち去るセロンに引き攣った笑みのまま一礼し、ミーケルはエルヴィラを引きずるよう回廊を進んだ。

「とにかく! 孫とか甥とか姪とか、今は忘れるんだ。いいね?」
「絶対もういると思うのに」
「まだに決まってるだろう! だから、いないものをアテにするのはやめるんだ」

 むうっと、さらに不満そうに頬を膨らませ剥れるエルヴィラに、ミーケルは「そんな顔をしても無駄だ」と言う。

「じゃあ、いつになったらいるって判るんだ」
「最短で……ひと月くらい先、かな」

 口を尖らせたエルヴィラは、その答えに呆然とミーケルを見上げた。
 イヴリンの時はどうだっただろうか。
 それに、そんなにかかるなんて聞いてない。

「なに? なんだと? そんなに先なのか? もっとすぐに判らないのか」
「判らない」
「……くっ、ならば」

 ぶるぶる震えだして拳を握り締めるエルヴィラの背を、ミーケルはいつものようにとんとんと宥めるように叩く。
 ならば何だというのかは気になったが、ろくでもないことなのは間違いない。

「はいはい。だからもう、余計なこと考えるのはやめようね」

 エルヴィラの背に手を回し、先へと促した。



「エルヴィラ! よく帰ってきたな!」

 顔を合わせるなり、オーウェンは大きく両腕を広げ、いつものようにしっかりとエルヴィラを抱き締めた。
 会うのは二度目だが、この兄の態度はきっとこの先もブレることはないだろう。

「あ、あ、兄上、ちょっと、苦しい」
「ああ、悪かった。どれ、よく顔を見せてごらん。怪我や病などを得てはいないだろうね? ここまで遠かったろうに、疲れていないか?」

 以前“神竜の加護ある町”で会った時のように次々と癒しの神術を施しながら、エルヴィラの健康を確認していく。

「大丈夫だ。ミケの母君がここまで魔術で送ってくれたんだ。だからあっという間だったぞ」
「なんと!
 ……ではエルヴィラ、勝ち獲ってきたということか?」
「ああ、凱旋だぞ、兄上!」

 勝ち獲る? いったい何の話なんだ。
 首を捻るミーケルをよそに、エルヴィラは満面に笑みを湛えてこくりと頷く。
 そんなエルヴィラと後ろのミーケルを確認して、オーウェンもにっこり笑う。

「少し寂しくなってしまうな。だが、この先もずっと、エルヴィラが私のかわいい妹であることは変わらないよ」

 よしよしと頭を撫でてもう一度抱き締めて、それからようやくオーウェンはミーケルを向いた。

「では、吟遊詩人。すぐに父上のところに案内するが……準備はいいな?」
「もちろん」

 呆気に取られていたことをおくびに出すこともなく、にっこりと微笑んでミーケルは頷いた。
 そんな、外向きの顔になっているミーケルを見上げて、エルヴィラはその腕をしっかりと掴む。
 いよいよ、父に婚姻を認めさせねばならないのだ。気合も入ろうというものだ。

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