135 / 152
湖水の町
やめるなら、今だけど
しおりを挟む
「ミケ、ミケ、おふたりとも、ほんとうに明日か明後日には都へ行くんだろうか」
ようやく用意された部屋に下がったところで、エルヴィラが不安げにミーケルの服の裾を引っ張る。ここから都まで相当な日数がかかってしまうはずだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「たぶん本気だよ」
長椅子に寝転がったミーケルが、はあ、と息を吐いた。あのふたりはいつだってやると言ったらやるのだ。
でなきゃ、爵位の返上などという面倒なこと、いかにそういう約束だとはいってもあと何代か代を経なければ無理だったろう。
「本気……」
じゃあ本当に都へ行くのかと、呆然とするエルヴィラの、ミーケルの服を掴む手から力が抜けて、すとんと落ちる。
「おいで」
不意に起き上がったミーケルが、その手を取って引き寄せた。膝の上に座わらせてぐっと抱き寄せて、肩に頭を乗せる。
「何を心配してるの」
「だって、いいのか。ミケはそんなつもりでいるわけじゃないんだろう?」
「そんなつもりって?」
「こっ、このままだと、わ、わ、私と……そ、その……け……」
「なんだ、そんなこと心配してたの」
「そ……そんなこと」
ミーケルがくすっと笑う気配がする。
「とりあえず置いといていいから」
「……置いといて」
「ん?」
急に項垂れたエルヴィラに、ミーケルは顔を上げる。
「え、ちょっと待った。ヴィーは何を気にしてるの。まさか、今さら結婚だ何だ言われて不安になった?」
「み、ミケこそ、やめるなら、今だぞ」
「はあ?」
「だって、お嫁さんとか言われて、喜んでるのは、私だけだし……」
ミーケルは「ああもう」と腕に力をこめてぎゅうっと抱き締めると、エルヴィラの髪に顔を埋めた。
どうしていつもいつも、何かがあるたび、こうしてすぐに揺れてしまうのか。
ここに来ると言った時点で、こうなることはわかってたはずなんじゃないのか。
まさか、そこまでは考えていなかった?
いや、そんなことはない……と思う。
それなら、そんなに自分を信用できないのか。
は、と吐息を漏らし、ミーケルは顔を上げる。
「だから何でそんなところですぐ変なこと考えるのかな、ヴィーは」
身体をくるりと回し、自分のほうを向かせて顔を覗き込むと、エルヴィラの目は何かを怖がっているように揺れていた。
「どうしたらそれ、やめるのかな」
「やめる、って」
「そうやって、変に考え過ぎて引こうとするの」
「う……」
眉を顰めるエルヴィラに、ちゅ、とキスをする。
「もっと……自分の剣の腕みたいに、自信持ってくれないかな」
「そ、それは……だって、無理だ。剣は私の身体だけど、ミケはそうじゃない」
言葉を探すように、エルヴィラはきょろきょろと落ち着きなく視線を巡らせる。
「ミケには、ミケの気持ちがあるのに、私が勝手にするのはよくない」
少し不貞腐れたようなエルヴィラに、ミーケルは、ふ、と柔らかく笑う。
「ヴィーはいつもそうだ。最初は、僕の意思を無視して無理やり既成事実を作ろうとしてたくせに」
「あれは……だって、その……焦ってたんだ。ミケがどこか行ってしまう前に、何か、繋がりが欲しかったし……離れない口実が欲しかったんだ」
エルヴィラの言葉に、ミーケルが目を細める。
どうして今さらそんなかわいいことを言い出すのか。
「今は? たくさん繋がりがあるだろう? それでもだめ?」
「そうだけど……」
覗き込まれたエルヴィラの顔に朱が差す。
今日少し聞いただけでも、やっぱりミーケルは女の子に人気があったのだ。
もともとたいしたことがないうえに、こんな風に“変容”してしまった自分のようなやつに、どうしてミーケルがついていてくれるのかがわからない。
それで、自信なんてどうしたら持てるのか。
「エルヴィラ」
腰を抱くミーケルの腕に力がこもり、顔が目の前に迫った。鼻がぶつかり、エルヴィラの顔にミーケルの吐息が掛かる。
わずかに伏せたミーケルの目が、じっとエルヴィラの目を覗き込む。
「僕はとっくの昔にエルヴィラに捕まってるって、どうしたらわかってくれる? まだ、何かが足りないの? エルヴィラは何が欲しい?」
「捕まって……?」
「そう。僕はもうずいぶん前から君に捕まってるよ。エルヴィラから離れようなんて、考えることすらできないくらいに」
「ミケ……?」
唇を塞がれて、なぜかエルヴィラは焦ってしまう。
ミーケルのようすがいつもと違う気がする。どうしてしまったのだろう。
ようやく用意された部屋に下がったところで、エルヴィラが不安げにミーケルの服の裾を引っ張る。ここから都まで相当な日数がかかってしまうはずだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「たぶん本気だよ」
長椅子に寝転がったミーケルが、はあ、と息を吐いた。あのふたりはいつだってやると言ったらやるのだ。
でなきゃ、爵位の返上などという面倒なこと、いかにそういう約束だとはいってもあと何代か代を経なければ無理だったろう。
「本気……」
じゃあ本当に都へ行くのかと、呆然とするエルヴィラの、ミーケルの服を掴む手から力が抜けて、すとんと落ちる。
「おいで」
不意に起き上がったミーケルが、その手を取って引き寄せた。膝の上に座わらせてぐっと抱き寄せて、肩に頭を乗せる。
「何を心配してるの」
「だって、いいのか。ミケはそんなつもりでいるわけじゃないんだろう?」
「そんなつもりって?」
「こっ、このままだと、わ、わ、私と……そ、その……け……」
「なんだ、そんなこと心配してたの」
「そ……そんなこと」
ミーケルがくすっと笑う気配がする。
「とりあえず置いといていいから」
「……置いといて」
「ん?」
急に項垂れたエルヴィラに、ミーケルは顔を上げる。
「え、ちょっと待った。ヴィーは何を気にしてるの。まさか、今さら結婚だ何だ言われて不安になった?」
「み、ミケこそ、やめるなら、今だぞ」
「はあ?」
「だって、お嫁さんとか言われて、喜んでるのは、私だけだし……」
ミーケルは「ああもう」と腕に力をこめてぎゅうっと抱き締めると、エルヴィラの髪に顔を埋めた。
どうしていつもいつも、何かがあるたび、こうしてすぐに揺れてしまうのか。
ここに来ると言った時点で、こうなることはわかってたはずなんじゃないのか。
まさか、そこまでは考えていなかった?
いや、そんなことはない……と思う。
それなら、そんなに自分を信用できないのか。
は、と吐息を漏らし、ミーケルは顔を上げる。
「だから何でそんなところですぐ変なこと考えるのかな、ヴィーは」
身体をくるりと回し、自分のほうを向かせて顔を覗き込むと、エルヴィラの目は何かを怖がっているように揺れていた。
「どうしたらそれ、やめるのかな」
「やめる、って」
「そうやって、変に考え過ぎて引こうとするの」
「う……」
眉を顰めるエルヴィラに、ちゅ、とキスをする。
「もっと……自分の剣の腕みたいに、自信持ってくれないかな」
「そ、それは……だって、無理だ。剣は私の身体だけど、ミケはそうじゃない」
言葉を探すように、エルヴィラはきょろきょろと落ち着きなく視線を巡らせる。
「ミケには、ミケの気持ちがあるのに、私が勝手にするのはよくない」
少し不貞腐れたようなエルヴィラに、ミーケルは、ふ、と柔らかく笑う。
「ヴィーはいつもそうだ。最初は、僕の意思を無視して無理やり既成事実を作ろうとしてたくせに」
「あれは……だって、その……焦ってたんだ。ミケがどこか行ってしまう前に、何か、繋がりが欲しかったし……離れない口実が欲しかったんだ」
エルヴィラの言葉に、ミーケルが目を細める。
どうして今さらそんなかわいいことを言い出すのか。
「今は? たくさん繋がりがあるだろう? それでもだめ?」
「そうだけど……」
覗き込まれたエルヴィラの顔に朱が差す。
今日少し聞いただけでも、やっぱりミーケルは女の子に人気があったのだ。
もともとたいしたことがないうえに、こんな風に“変容”してしまった自分のようなやつに、どうしてミーケルがついていてくれるのかがわからない。
それで、自信なんてどうしたら持てるのか。
「エルヴィラ」
腰を抱くミーケルの腕に力がこもり、顔が目の前に迫った。鼻がぶつかり、エルヴィラの顔にミーケルの吐息が掛かる。
わずかに伏せたミーケルの目が、じっとエルヴィラの目を覗き込む。
「僕はとっくの昔にエルヴィラに捕まってるって、どうしたらわかってくれる? まだ、何かが足りないの? エルヴィラは何が欲しい?」
「捕まって……?」
「そう。僕はもうずいぶん前から君に捕まってるよ。エルヴィラから離れようなんて、考えることすらできないくらいに」
「ミケ……?」
唇を塞がれて、なぜかエルヴィラは焦ってしまう。
ミーケルのようすがいつもと違う気がする。どうしてしまったのだろう。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる