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湖水の町
ごあいさつは
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どういうことだろう?
王? 王、だと?
貴族位を返上するって、そういうことだったのか?
そんな、どうするって言われても、貴族っていうだけで尻込みしてしまうのに、王、だと?
「そ、そんな……ミケが、王になるんだったら、私は……」
詩人の護衛兼奥方や下級貴族の護衛兼奥方ならまだしも、王について王妃をやるだなんて……領地どころか国全体のことなんて、荷が重過ぎる。
それに、王妃では護衛を兼ねるなんて無理じゃないか。
さらに言えば、王になったら自分みたいな騎士階級の者じゃなくて、もっと良い家の者を王妃にしないといけないんじゃないのか。
「こ、近衛になれれば……」
「近衛なの? 奥さんにならなくていいの?」
アルヴァーが顔を覗き込むようにして尋ねる。奥さんになれたら嬉しいけど、ミーケルが王になったりしたら――
「だって、奥さんは王妃ってことになってしまう。私に王妃は向いてない」
だいたい、王妃の仕事なんて想像もしたことがない。何をするのかもさっぱり思いつかないくらいだ。
けれど、ただいるだけじゃ駄目なのは考えなくてもわかる。ミケならきっと王様くらい難なくこなすだろうが、自分に王妃は絶対無理だ。
真っ青な顔で黙り込んでしまうエルヴィラの肩を、急にミーケルが抱き寄せた。
「――あのさ。父さんも母さんも、魔術まで使って僕を抑えた挙句、そういう変な話振るのやめてくれないか。この子、混乱すると変なこと考えだすし、すぐ暴走してめんどうなこと始めるんだよ」
眉間にくっきり皺を寄せたミーケルが口を挟む。
「魔術?」
「そうだよ。“邪眼”で人のこと麻痺させておいて何を言い出すかと思えば」
じろりとベリトを睨んで、ミーケルは大きく溜息を吐く。
「でも、ミケ、王様になるなら……私は、近衛でいいから……」
「ならないよ。だから変なこと心配しなくていいから」
「だって、今……」
「今のは父さんの大嘘だ。気にしないで。それともヴィーは王のほうがいい?」
「う……王様は、少し、困る。ミケと一緒に旅ができない」
「だろう?」
くっくっと笑うアルヴァーをじろりと睨んで、ミーケルはどうにか宥めようとエルヴィラの背を撫でる。
アルヴァーはそのようすにますます笑って、ベリトにまるで内証話でもするかのように囁いた……と言っても、もちろん何を言ってるかは丸聞こえなのだが。
「ベリトさん見たかい? オジーが必死だよ」
「ほんとうに、生意気で我儘なオジーがこんなに一生懸命なんて、わたし初めて見たかもしれないわ」
くすくすとひとしきり笑って、ベリトはエルヴィラにふんわりと微笑を向けた。
「それで、エルヴィラさん。ここからが本題よ。
――うちの息子は、ちゃんとあなたのご両親にご挨拶したのかしら?」
「え?」
微笑んだまま小首を傾げるベリトに、エルヴィラは何故だか焦燥感を覚えた。
背中を冷や汗が伝い、思わずミーケルにちらりと目をやってしまう。
「大事なお嬢さんなのだもの、もちろん最初にご挨拶は済ませているのよね?」
「いや、その……こちらのほうが近かったし、都は遠いし……」
しどろもどろなエルヴィラに、ベリトの微笑みが今度はミーケルへと向けられた。
「オジー、どういうことなのかしら?」
「この後にでも、行くつもりだよ」
わずかに引き攣ったように見返して、ミーケルも焦りの色を浮かべる。
「オジー、母さまはあなたをそんな子に育てた覚えはないわ。
ねえあなた、どうしましょう。オジーったらまだあちらの親御さんにご挨拶してないみたい。すぐにでもいかないと」
「それは大変だ。エルヴィラさんのご両親は都にいるんだったね?」
いったい何の話なのか。
エルヴィラはついていけずにおろおろしながらやっぱりミーケルを見上げる。
まさかほんとうに都のエルヴィラの実家に行くのだろうか。ここから何日かかると思っているのか。
「み、都だけど、ここからは、すごく遠いから……」
「ふふ、エルヴィラさん、そんなに慌てなくてもいいのよ」
ねえ、アル? とベリトはアルヴァーと頷きあう。
何が慌てなくてもいいのか。
もう一度エルヴィラがミーケルを見上げると、何故だか苦虫を噛み潰したような顔でふたりをじっと見つめていた。
くっきりと眉間に皺を寄せて、エルヴィラの肩にかけたままの腕に力がこもる。
「何考えてるかわかったけど、都に送るなら僕とヴィーだけにしてくれるかな」
「お、送る?」
「ええ? それじゃ母さまつまらないわ」
「ベリトさん、オジーは照れてるんだよ。素直じゃないからね。そういう年頃なんだ」
眉尻を下げて口を押さえるベリトを、アルヴァーが取りなすように宥める。
「照れてるとか年頃とか勝手なこと言うなよ! それに、つまらないとかで変なことするのはやめてくれないかな!」
そんな理由で搔き回さないでほしい。
ミーケルはますます顔を顰める。
この両親がしゃしゃり出てきたら、収まるものも収まらなくなってしまう。ただでさえ、あっちの家の自分への心象は悪いというのに。
声を荒げたミーケルを、ベリトが驚いた表情で凝視した。
目を丸くしてじっと見つめて……ん? と怪訝そうにミーケルが見返したとたん、ベリトの目に涙が盛り上がり、ぽろりと溢れ落ちる。
「お、オジーが、母さまを、怒鳴るなんて……」
ぽろりぽろりと涙を溢れさせて声を震わせるベリトに、エルヴィラのほうが慌てふためいてしまう。パッと立ち上がってミーケルに飛びつき、頭を下げさせようとぐいぐい抑えにかかった。
「はっ、母君! 泣かないでくれ! ミケ、ミケ、早く母君に謝るんだ!」
「ちょっ、今が初めてじゃないから! それにヴィーはどっちの味方なんだよ!」
「おっ、女の人を泣かせるのはだめだ! ましてや、ミケの母君だぞ!」
「まあっ! アル、アル、わたし、エルヴィラさんがとってもいい子で嬉しいわ」
「ベリトさん、僕もだよ」
久しぶりだからと油断していた自分が悪かったのか?
ミーケルはいい加減にしてくれ、と頭を抱えたくなってきた。
王? 王、だと?
貴族位を返上するって、そういうことだったのか?
そんな、どうするって言われても、貴族っていうだけで尻込みしてしまうのに、王、だと?
「そ、そんな……ミケが、王になるんだったら、私は……」
詩人の護衛兼奥方や下級貴族の護衛兼奥方ならまだしも、王について王妃をやるだなんて……領地どころか国全体のことなんて、荷が重過ぎる。
それに、王妃では護衛を兼ねるなんて無理じゃないか。
さらに言えば、王になったら自分みたいな騎士階級の者じゃなくて、もっと良い家の者を王妃にしないといけないんじゃないのか。
「こ、近衛になれれば……」
「近衛なの? 奥さんにならなくていいの?」
アルヴァーが顔を覗き込むようにして尋ねる。奥さんになれたら嬉しいけど、ミーケルが王になったりしたら――
「だって、奥さんは王妃ってことになってしまう。私に王妃は向いてない」
だいたい、王妃の仕事なんて想像もしたことがない。何をするのかもさっぱり思いつかないくらいだ。
けれど、ただいるだけじゃ駄目なのは考えなくてもわかる。ミケならきっと王様くらい難なくこなすだろうが、自分に王妃は絶対無理だ。
真っ青な顔で黙り込んでしまうエルヴィラの肩を、急にミーケルが抱き寄せた。
「――あのさ。父さんも母さんも、魔術まで使って僕を抑えた挙句、そういう変な話振るのやめてくれないか。この子、混乱すると変なこと考えだすし、すぐ暴走してめんどうなこと始めるんだよ」
眉間にくっきり皺を寄せたミーケルが口を挟む。
「魔術?」
「そうだよ。“邪眼”で人のこと麻痺させておいて何を言い出すかと思えば」
じろりとベリトを睨んで、ミーケルは大きく溜息を吐く。
「でも、ミケ、王様になるなら……私は、近衛でいいから……」
「ならないよ。だから変なこと心配しなくていいから」
「だって、今……」
「今のは父さんの大嘘だ。気にしないで。それともヴィーは王のほうがいい?」
「う……王様は、少し、困る。ミケと一緒に旅ができない」
「だろう?」
くっくっと笑うアルヴァーをじろりと睨んで、ミーケルはどうにか宥めようとエルヴィラの背を撫でる。
アルヴァーはそのようすにますます笑って、ベリトにまるで内証話でもするかのように囁いた……と言っても、もちろん何を言ってるかは丸聞こえなのだが。
「ベリトさん見たかい? オジーが必死だよ」
「ほんとうに、生意気で我儘なオジーがこんなに一生懸命なんて、わたし初めて見たかもしれないわ」
くすくすとひとしきり笑って、ベリトはエルヴィラにふんわりと微笑を向けた。
「それで、エルヴィラさん。ここからが本題よ。
――うちの息子は、ちゃんとあなたのご両親にご挨拶したのかしら?」
「え?」
微笑んだまま小首を傾げるベリトに、エルヴィラは何故だか焦燥感を覚えた。
背中を冷や汗が伝い、思わずミーケルにちらりと目をやってしまう。
「大事なお嬢さんなのだもの、もちろん最初にご挨拶は済ませているのよね?」
「いや、その……こちらのほうが近かったし、都は遠いし……」
しどろもどろなエルヴィラに、ベリトの微笑みが今度はミーケルへと向けられた。
「オジー、どういうことなのかしら?」
「この後にでも、行くつもりだよ」
わずかに引き攣ったように見返して、ミーケルも焦りの色を浮かべる。
「オジー、母さまはあなたをそんな子に育てた覚えはないわ。
ねえあなた、どうしましょう。オジーったらまだあちらの親御さんにご挨拶してないみたい。すぐにでもいかないと」
「それは大変だ。エルヴィラさんのご両親は都にいるんだったね?」
いったい何の話なのか。
エルヴィラはついていけずにおろおろしながらやっぱりミーケルを見上げる。
まさかほんとうに都のエルヴィラの実家に行くのだろうか。ここから何日かかると思っているのか。
「み、都だけど、ここからは、すごく遠いから……」
「ふふ、エルヴィラさん、そんなに慌てなくてもいいのよ」
ねえ、アル? とベリトはアルヴァーと頷きあう。
何が慌てなくてもいいのか。
もう一度エルヴィラがミーケルを見上げると、何故だか苦虫を噛み潰したような顔でふたりをじっと見つめていた。
くっきりと眉間に皺を寄せて、エルヴィラの肩にかけたままの腕に力がこもる。
「何考えてるかわかったけど、都に送るなら僕とヴィーだけにしてくれるかな」
「お、送る?」
「ええ? それじゃ母さまつまらないわ」
「ベリトさん、オジーは照れてるんだよ。素直じゃないからね。そういう年頃なんだ」
眉尻を下げて口を押さえるベリトを、アルヴァーが取りなすように宥める。
「照れてるとか年頃とか勝手なこと言うなよ! それに、つまらないとかで変なことするのはやめてくれないかな!」
そんな理由で搔き回さないでほしい。
ミーケルはますます顔を顰める。
この両親がしゃしゃり出てきたら、収まるものも収まらなくなってしまう。ただでさえ、あっちの家の自分への心象は悪いというのに。
声を荒げたミーケルを、ベリトが驚いた表情で凝視した。
目を丸くしてじっと見つめて……ん? と怪訝そうにミーケルが見返したとたん、ベリトの目に涙が盛り上がり、ぽろりと溢れ落ちる。
「お、オジーが、母さまを、怒鳴るなんて……」
ぽろりぽろりと涙を溢れさせて声を震わせるベリトに、エルヴィラのほうが慌てふためいてしまう。パッと立ち上がってミーケルに飛びつき、頭を下げさせようとぐいぐい抑えにかかった。
「はっ、母君! 泣かないでくれ! ミケ、ミケ、早く母君に謝るんだ!」
「ちょっ、今が初めてじゃないから! それにヴィーはどっちの味方なんだよ!」
「おっ、女の人を泣かせるのはだめだ! ましてや、ミケの母君だぞ!」
「まあっ! アル、アル、わたし、エルヴィラさんがとってもいい子で嬉しいわ」
「ベリトさん、僕もだよ」
久しぶりだからと油断していた自分が悪かったのか?
ミーケルはいい加減にしてくれ、と頭を抱えたくなってきた。
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