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湖水の町
両親との対面
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「なあミケ」
「なに?」
「女将さんがミケのこと坊ちゃんて呼んでたけど、やっぱりミケは今もいい家の跡取なんじゃないのか?」
食堂を出てからずっとミーケルに手を引かれながら町の中を歩いているのだが、どうも目指す先が少し先に見えている立派な城館のような気がしてならないのだ。
「またそれ? だから僕は跡取なんかじゃないって何度も言ってるじゃないか」
「でも、じゃあなんで、あの城館に……」
少し不安げな顔で町よりも一段高い場所に建つ城館に目をやると、「ああ」とミーケルはにっこりとまた笑った。
「あれは、借り物」
「借り物?」
よく意味がわからなくて聞き返すと、ミーケルはもう一度しっかり頷く。
「森で話しただろう? “大災害”の時に国が無くなって、遠方の血縁を頼ったって」
こくこくと頷き返すエルヴィラの頭にぽんと手を置いて、くしゃっと撫でる。
「その時、高祖父が生き残ったものを引き連れてここに移り住んだんだ。この町はもともとこの“深森の国”の公爵領なんだけど、新たな住民はうちが面倒みるといいって、期限付きで借りたんだよ。
もともと祖父まで三代の約束が、いろいろと面倒なしがらみでうまくいかなくて父の代まで延びたんだ。でも、もう皆いい加減新しい場所にも馴染んだし、国を懐かしむような年寄りもいなくなったからね。だから返すことに決まってるってわけ」
「借りたり返したりできるものなのか!?」
ぐるりと町を見回して、エルヴィラはもう一度ミーケルに視線を戻す。ミーケルは軽く肩を竦めてみせた。
「姉は魔術師として既に独り立ちしてるし、妹もこの国の騎士団に入団済みだ。やっぱりもう独り立ちしてなんとかやってくだろう。両親は頃合いを見ていろいろ返納したら、母の塔に移って楽隠居するって言ってるよ」
だから自分は何か継ぐわけでもなんでもないと言ってのけるミーケルに、エルヴィラは呆気に取られっぱなしだ。
「そんなことができるものなのか……」
それは、ここへ移った時に何かしら爵位を与えられたってことではないのか。
爵位がそんなにぽんぽんと渡したり返したりできるものとは知らなかった。
例えば、都の伯爵家が伯爵をやめるなんて話は聞いたことがない。
子爵位でもそうだ。
一代限りの男爵位や騎士の称号のようなものでもなさそうなのに、そんなことがあるなんて。
「もともと公爵領だったって言ったろう?
公爵がいくつか持ってた爵位のひとつを、どうやら遠縁だからって継がせたらしいんだよね。本当は、国に戻るあてもないからうちも平民にとか考えてたらしいんだけど、さすがにそうもいかなかったみたいだ」
「あたりまえだ」
ミーケルを見返しながら、そりゃそうだろうとエルヴィラは顔を顰める。
仮にも自国の王族が逃れた先の親族からそんな扱いを受けたりしたら、皆怒り出してしまうに決まってる。
「ミケの家は、変わってる」
「そう? うちは昔から好きなことしたがる人が多かったから、逆に、今の状況になってよかったんじゃないかな」
王様って、そんなに我慢してなるようなものだったのか。たいていの奴は王になりたがって継承争いを起こしたりするものなのに。
エルヴィラは顔を顰めたまま、ミーケルの家族はどんな人なのかと考えた。
* * *
「オジー? 町に入っておきながら、どうしてまっすぐここに来ないの? 今か今かってずっと待ってたのに、母さま悲しいわ」
「ベリトさん泣かないで。オジーが薄情なのは今に始まった事ではないだろう?」
ミーケルが玄関の扉を開けると、長衣姿の嫋やかな女性と身形の良い男性が既に待機していた。女性はさめざめと泣いているかのように両手で顔を覆い、男性はその女性の肩を慰めるように抱いている。
呆れたあまり吐息を漏らすミーケルとふたりをきょろきょろと見比べて、エルヴィラがどうしたものかと口を開こうとする。
「ほらベリトさん。せっかくオジーがお嫁さんを連れてきてくれたんだから、顔をあげて。ね?」
その言葉にエルヴィラがぱっと男性に目をやると、にっこりと微笑み返された。
顔を輝かせたエルヴィラは、それからミーケルを振り返ると目をいっぱいに見開いてぶるぶる震えだす。
「みっ、みみみみみっ、みっ、み……」
「ヴィー、そこまで。母さんも泣き真似やめて。父さんもいつもいつもこういうのやめてくれないかな」
とんとんとエルヴィラの背を叩き、それから目を眇めて顰め面を向けて来るミーケルに、ふたり……ミーケルの父母は大袈裟に頭を振る。
「だってオジーが冷たいのはいつものことじゃないか。ねえベリトさん」
「そうよ。滅多に帰って来やしないし、帰ってくる時も連絡ひとつくれないし。
それで、その女の子のことは紹介してくれるのよね? ちゃんとオジーのお嫁さんなのよね? まさか仕込みだなんて言わないわよね?」
「ベリトさん、この期に及んで違うなんて言ったら、僕が許さないから大丈夫だ」
ぷう、と剥れる母をまあまあと宥めながら、父はにっこりと「さあ、立ち話はここまでにして、奥に行こうか」と微笑んだ。
「なに?」
「女将さんがミケのこと坊ちゃんて呼んでたけど、やっぱりミケは今もいい家の跡取なんじゃないのか?」
食堂を出てからずっとミーケルに手を引かれながら町の中を歩いているのだが、どうも目指す先が少し先に見えている立派な城館のような気がしてならないのだ。
「またそれ? だから僕は跡取なんかじゃないって何度も言ってるじゃないか」
「でも、じゃあなんで、あの城館に……」
少し不安げな顔で町よりも一段高い場所に建つ城館に目をやると、「ああ」とミーケルはにっこりとまた笑った。
「あれは、借り物」
「借り物?」
よく意味がわからなくて聞き返すと、ミーケルはもう一度しっかり頷く。
「森で話しただろう? “大災害”の時に国が無くなって、遠方の血縁を頼ったって」
こくこくと頷き返すエルヴィラの頭にぽんと手を置いて、くしゃっと撫でる。
「その時、高祖父が生き残ったものを引き連れてここに移り住んだんだ。この町はもともとこの“深森の国”の公爵領なんだけど、新たな住民はうちが面倒みるといいって、期限付きで借りたんだよ。
もともと祖父まで三代の約束が、いろいろと面倒なしがらみでうまくいかなくて父の代まで延びたんだ。でも、もう皆いい加減新しい場所にも馴染んだし、国を懐かしむような年寄りもいなくなったからね。だから返すことに決まってるってわけ」
「借りたり返したりできるものなのか!?」
ぐるりと町を見回して、エルヴィラはもう一度ミーケルに視線を戻す。ミーケルは軽く肩を竦めてみせた。
「姉は魔術師として既に独り立ちしてるし、妹もこの国の騎士団に入団済みだ。やっぱりもう独り立ちしてなんとかやってくだろう。両親は頃合いを見ていろいろ返納したら、母の塔に移って楽隠居するって言ってるよ」
だから自分は何か継ぐわけでもなんでもないと言ってのけるミーケルに、エルヴィラは呆気に取られっぱなしだ。
「そんなことができるものなのか……」
それは、ここへ移った時に何かしら爵位を与えられたってことではないのか。
爵位がそんなにぽんぽんと渡したり返したりできるものとは知らなかった。
例えば、都の伯爵家が伯爵をやめるなんて話は聞いたことがない。
子爵位でもそうだ。
一代限りの男爵位や騎士の称号のようなものでもなさそうなのに、そんなことがあるなんて。
「もともと公爵領だったって言ったろう?
公爵がいくつか持ってた爵位のひとつを、どうやら遠縁だからって継がせたらしいんだよね。本当は、国に戻るあてもないからうちも平民にとか考えてたらしいんだけど、さすがにそうもいかなかったみたいだ」
「あたりまえだ」
ミーケルを見返しながら、そりゃそうだろうとエルヴィラは顔を顰める。
仮にも自国の王族が逃れた先の親族からそんな扱いを受けたりしたら、皆怒り出してしまうに決まってる。
「ミケの家は、変わってる」
「そう? うちは昔から好きなことしたがる人が多かったから、逆に、今の状況になってよかったんじゃないかな」
王様って、そんなに我慢してなるようなものだったのか。たいていの奴は王になりたがって継承争いを起こしたりするものなのに。
エルヴィラは顔を顰めたまま、ミーケルの家族はどんな人なのかと考えた。
* * *
「オジー? 町に入っておきながら、どうしてまっすぐここに来ないの? 今か今かってずっと待ってたのに、母さま悲しいわ」
「ベリトさん泣かないで。オジーが薄情なのは今に始まった事ではないだろう?」
ミーケルが玄関の扉を開けると、長衣姿の嫋やかな女性と身形の良い男性が既に待機していた。女性はさめざめと泣いているかのように両手で顔を覆い、男性はその女性の肩を慰めるように抱いている。
呆れたあまり吐息を漏らすミーケルとふたりをきょろきょろと見比べて、エルヴィラがどうしたものかと口を開こうとする。
「ほらベリトさん。せっかくオジーがお嫁さんを連れてきてくれたんだから、顔をあげて。ね?」
その言葉にエルヴィラがぱっと男性に目をやると、にっこりと微笑み返された。
顔を輝かせたエルヴィラは、それからミーケルを振り返ると目をいっぱいに見開いてぶるぶる震えだす。
「みっ、みみみみみっ、みっ、み……」
「ヴィー、そこまで。母さんも泣き真似やめて。父さんもいつもいつもこういうのやめてくれないかな」
とんとんとエルヴィラの背を叩き、それから目を眇めて顰め面を向けて来るミーケルに、ふたり……ミーケルの父母は大袈裟に頭を振る。
「だってオジーが冷たいのはいつものことじゃないか。ねえベリトさん」
「そうよ。滅多に帰って来やしないし、帰ってくる時も連絡ひとつくれないし。
それで、その女の子のことは紹介してくれるのよね? ちゃんとオジーのお嫁さんなのよね? まさか仕込みだなんて言わないわよね?」
「ベリトさん、この期に及んで違うなんて言ったら、僕が許さないから大丈夫だ」
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