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湖水の町

いよいよだ

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「はい、お待ちどう」

 どん、と置かれた大皿には、湯気の上がる大きな肉の塊があった。
 大人の頭ほどもある大きな骨付き肉は、塩漬けにした豚のスネ肉を野菜や香草と一緒にじっくりと時間をかけて茹で上げたものだ。

「で、坊ちゃんはもうお屋敷に顔は出したんですか?」

 皿を運んできた女将が、肉に視線を釘付けにしたエルヴィラにちらりと目をやってくすりと笑い、ミーケルに尋ねる。

「ん? まだだよ。戻ってきたら、まずこれを食べないとってずっと考えてたからね」
「まったくもう。音沙汰ないと思ったのが急に現れたらこれなんだから。旦那様も奥様も首を長くして待ってるでしょうに」
「大丈夫。あと一刻二時間くらい遅くなったって変わらないから」

 女将は、やれやれと肩を竦める。

「ところでこのお嬢さんは? 坊ちゃんの良いですか?」
「そうだよ」
「そりゃめでたい!」

 その言葉に、ぱっと顔を上げたエルヴィラの目がきらんと輝いた。

「み、みみみ、ミケが、私のことを、良いって、言った……」
「またそれ? いい加減慣れなよ」
「だって、嬉しいんだ」

 わきわきと手を動かし始めるエルヴィラを制したミーケルは、ぽんとひとつ背を叩いてフォークを持つ。

「抱きつく前に、ほら、食べるよ」
「あ、ああ」

 少し残念そうな顔でエルヴィラもフォークを手に取り、ミーケルの真似をしてゆっくりと肉に突き刺した。
 女将はくくっと笑うと、「まあ、せっかくですから、ゆっくり食べて行ってくださいな」とひらひら手を振りながらカウンターのほうへと戻って行った。

「力を入れなくても、すぐ崩れるから……ほら」
「ほんとうだ!」

 大きな塊肉にフォークを刺すと、するりと抵抗らしい抵抗もなく深くまで突き通り、そこからぽろりと剥がれ落ちてしまう。

「柔らかくなるまで、火を落としてじっくり茹でるんだってさ」
「なるほど!」

 軽くフォークを引っ掛けただけで簡単にひと口分の大きさにまで崩すこともできた肉を、エルヴィラはさっそくぱくりと口に入れた。
 ……とたんにエルヴィラの表情が変わる。
 驚きに目をまん丸に見開き、「んんんん!」と呻くような声を上げる。悶えるように頬を手で押さえてぎゅうっと目を瞑りごっくんと飲み込み……ぷはあと息を漏らすと、すぐ横のミーケルを見上げてぱくぱくと口を開いた。

「み、ミケ! すごい! なんだこれすごい!!」

 口の中に入れた途端にほろりと崩れ出すくらい柔らかく茹で上げた肉には、一緒に茹でた野菜の旨味までがたっぷり染み込んでいた。そのうえ、醸し出される味わいが……エルヴィラには、こんなに美味しいものを表す言葉が思いつかない。

「ヴィーは、何かっていうとすごいしか言わなくなるよね」
「だってすごい!」

 フォークでつついてほろりと剥がれた肉を次々口に運びながら、エルヴィラはひたすらすごいと繰り返す。

「そんなに慌てなくても、まだまだあるんだから大丈夫だよ」
「だって止まらないんだ!」

 肉と一緒に茹でた芋は、さらにスパイスを振ってこんがりと焼かれている。この芋も、外はカリッと香ばしいのに中はほくほくと柔らかくて、肉と一緒に食べると格別なのだ。

「ミケ、ミケ。私、生きててよかった」
「何食べながら涙ぐんでるの」

 気付けばいつの間にかエルヴィラは目を潤ませながらぱくぱくと肉を食べていた。
 呆れたミーケルは笑いながら、「なら、これも食べてみなよ」とこの辺りでよく作られているミートローフに似た料理をぐいっと差し出す。

「ん?」
「うんと細かく挽いた肉に野菜とスパイスをよく混ぜて型に入れて蒸し焼きにしたやつ。それを少し厚めに切ってフライパンで焼いたんだ」
「へえ」
「普通は端肉とか余った肉をなんでも挽いて混ぜて作るらしいんだけど、ここのは親父さんの特製なんだよ」

 ひと口切ってぱくりと食べると、ソーセージのように見えながらもうちょっとしっかりした歯応えで、スパイスがしっかり効いた濃いめの味付けが――

「麦酒が欲しくなる」
「だろう?」

 思わずどうしようかと悩みだすエルヴィラに、ミーケルが笑う。
 これからミーケルの実家に行くというのに、酒を飲んでしまってはまずいのに、これを食べてるとものすごく飲みたくなってしまうのだ。

「あとでまた来て、絶対麦酒といっしょに食べよう」

 ぶつぶつとそんなことを呟きながら、エルヴィラは茹で脚肉アイスバイン合わせ肉の蒸し焼きレバーケーゼを交互にひたすら食べ続けた。

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