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護森
すごい竜とすごくない竜の差
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思わずぽかんと口を開けたまま、エルヴィラは目を丸くいっぱいに見開く。
「み、ミケ。竜だ。すごく立派な竜がいる」
アライトよりもずっと大きい……以前、荒野の遺跡で見た屍竜よりもさらにひとまわりは大きい竜だ。
アライトのそれよりも緑が強い、厚くくすんだ青銅色の鱗に覆われている。
目を丸くしたまま振り向いて、エルヴィラは口をぱくぱくと動かす。それから大きく深呼吸をして、もう一度ミーケルへと向いた。
「もっ、もしかして、この竜は、青銅竜、なのか?!」
目を丸くして驚き慌てるエルヴィラに、とうとうミーケルは噴き出した。
大きな竜は首をもたげ、そんなふたりを面白そうに目を細めてじっと見ている。
ひとしきり笑い続けるミーケルの腹を、いい加減にしろと剥れたエルヴィラがぽこんと叩く。その一撃でようやく笑いを収めたミーケルは、目尻に滲んだ涙を拭った。
「そう。彼は“古竜”と呼ばれるほどの年齢に達した青銅竜だよ」
ミーケルはエルヴィラの頭をくしゃっとかき混ぜると、まずは竜に一礼した。
「久しぶりだね、父祖竜シェイファラル。
彼女は僕の護衛騎士であり唯一でもあるエルヴィラだ」
そうエルヴィラを紹介すると、竜は目を細め「おお」と頷く。
「エルヴィラ、彼は、歌姫エイシャの守護者であり、生涯を共にする唯一であり、僕のご先祖でもある父祖竜シェイファラルだ」
「……え? 歌姫の守護……いや、待て、ミケ、ご先祖、だと?」
目を丸くしたままもう一度ぽかんと竜を見上げるエルヴィラに、シェイファラルは「よろしく、お嬢さん」とますます目を細めた。
ミーケルはにっこりと微笑み、「そう。僕のご先祖だ」ともう一度繰り返す。
「じゃ、ミケは半分竜だったのか!?」
目を丸くしたまま驚きに声を上げるエルヴィラに、ミーケルは「そんなわけないだろう」ととうとうまた笑い出した。
「どうしてそうなるんだ。ご先祖って言っただろう? ずいぶん世代を挟んでるんだから、僕は普通の人間だよ。竜の血なんて、たぶん身体の中の一滴くらいにまで薄まってるさ」
「で、でも、一滴でも竜の血だ!」
じっと何かを探すように、エルヴィラがミーケルの顔を覗き込む。
「鱗も牙も竜らしいところなんてひとつもないし、変身だってできないよ。ヴィーは知ってるじゃないか」
「だっ、だって……あっ、よく見たら、目の色がそっくりだぞ!」
やっとひとつ、父祖竜由来のものを見つけたと、エルヴィラは得意げな顔でにっこりと笑む。よく見ると、ミーケルの目はシェイファラルの翠玉にそっくりな、深い森を映す泉の色だったのだ。
「ああ。うちの直系は皆、目がこの色なんだ。でも、そのくらいだよ?」
「ひとつ付け加えるなら、その黒髪はエイシャに似ているな」
「なん、だと!?」
笑いを含む声にシェイファラルを見上げて、またミーケルに視線を移して――
「まさか、ミケは歌姫の子孫でもあるのか。ということは、つまり、シェイファラルと歌姫が夫婦だったのか? イヴリンとアライトみたいに」
今気づいたかのように言うエルヴィラに、ミーケルはまたぷっと笑い出してしまった。ようやく収まったところだったのに。
「ヴィーはほんとうに鈍いね。さっきそう言ったじゃないか」
「え。だって、なんか難しい言い回しだったし……それに、ミケのご先祖っていうのにすごく驚いたんだ」
エルヴィラは、ひたすら驚き続けてじっとシェイファラルを見上げるばかりだ。
シェイファラルはにいっと笑むように、口角をわずかに上げる。
「……すごいな。アライトの一万倍くらい立派な竜だ。彼なら義理と正義感で公正って言われても心の底から納得できるぞ」
「アライトの十倍以上生きてる竜だよ。そりゃ立派に決まっているだろう?」
しかたないなと髪を掻き回されて、エルヴィラはまた、むうっと剥れた。
「シェイファラル、今日は土産があるんだ」
「ほう?」
「海辺の町を覚えてる? 今は“神竜の加護ある町”と呼ばれてるところだよ。そこの領主家に歌姫の手記の写しがあったんだ」
「――なんと」
わずかに目を開いて、シェイファラルは差し出された本を爪の先で受け取った。
「“大災害”の時、その手のものはほとんど城に遺してきてしまったって聞いたからね。頼んで写させてもらったんだ。だから、これをあなたに」
ぱらりとめくり、ざっと目を通して、シェイファラルは目を細める。
「懐かしい。たしかにエイシャの手記だ」
「み、ミケ。竜だ。すごく立派な竜がいる」
アライトよりもずっと大きい……以前、荒野の遺跡で見た屍竜よりもさらにひとまわりは大きい竜だ。
アライトのそれよりも緑が強い、厚くくすんだ青銅色の鱗に覆われている。
目を丸くしたまま振り向いて、エルヴィラは口をぱくぱくと動かす。それから大きく深呼吸をして、もう一度ミーケルへと向いた。
「もっ、もしかして、この竜は、青銅竜、なのか?!」
目を丸くして驚き慌てるエルヴィラに、とうとうミーケルは噴き出した。
大きな竜は首をもたげ、そんなふたりを面白そうに目を細めてじっと見ている。
ひとしきり笑い続けるミーケルの腹を、いい加減にしろと剥れたエルヴィラがぽこんと叩く。その一撃でようやく笑いを収めたミーケルは、目尻に滲んだ涙を拭った。
「そう。彼は“古竜”と呼ばれるほどの年齢に達した青銅竜だよ」
ミーケルはエルヴィラの頭をくしゃっとかき混ぜると、まずは竜に一礼した。
「久しぶりだね、父祖竜シェイファラル。
彼女は僕の護衛騎士であり唯一でもあるエルヴィラだ」
そうエルヴィラを紹介すると、竜は目を細め「おお」と頷く。
「エルヴィラ、彼は、歌姫エイシャの守護者であり、生涯を共にする唯一であり、僕のご先祖でもある父祖竜シェイファラルだ」
「……え? 歌姫の守護……いや、待て、ミケ、ご先祖、だと?」
目を丸くしたままもう一度ぽかんと竜を見上げるエルヴィラに、シェイファラルは「よろしく、お嬢さん」とますます目を細めた。
ミーケルはにっこりと微笑み、「そう。僕のご先祖だ」ともう一度繰り返す。
「じゃ、ミケは半分竜だったのか!?」
目を丸くしたまま驚きに声を上げるエルヴィラに、ミーケルは「そんなわけないだろう」ととうとうまた笑い出した。
「どうしてそうなるんだ。ご先祖って言っただろう? ずいぶん世代を挟んでるんだから、僕は普通の人間だよ。竜の血なんて、たぶん身体の中の一滴くらいにまで薄まってるさ」
「で、でも、一滴でも竜の血だ!」
じっと何かを探すように、エルヴィラがミーケルの顔を覗き込む。
「鱗も牙も竜らしいところなんてひとつもないし、変身だってできないよ。ヴィーは知ってるじゃないか」
「だっ、だって……あっ、よく見たら、目の色がそっくりだぞ!」
やっとひとつ、父祖竜由来のものを見つけたと、エルヴィラは得意げな顔でにっこりと笑む。よく見ると、ミーケルの目はシェイファラルの翠玉にそっくりな、深い森を映す泉の色だったのだ。
「ああ。うちの直系は皆、目がこの色なんだ。でも、そのくらいだよ?」
「ひとつ付け加えるなら、その黒髪はエイシャに似ているな」
「なん、だと!?」
笑いを含む声にシェイファラルを見上げて、またミーケルに視線を移して――
「まさか、ミケは歌姫の子孫でもあるのか。ということは、つまり、シェイファラルと歌姫が夫婦だったのか? イヴリンとアライトみたいに」
今気づいたかのように言うエルヴィラに、ミーケルはまたぷっと笑い出してしまった。ようやく収まったところだったのに。
「ヴィーはほんとうに鈍いね。さっきそう言ったじゃないか」
「え。だって、なんか難しい言い回しだったし……それに、ミケのご先祖っていうのにすごく驚いたんだ」
エルヴィラは、ひたすら驚き続けてじっとシェイファラルを見上げるばかりだ。
シェイファラルはにいっと笑むように、口角をわずかに上げる。
「……すごいな。アライトの一万倍くらい立派な竜だ。彼なら義理と正義感で公正って言われても心の底から納得できるぞ」
「アライトの十倍以上生きてる竜だよ。そりゃ立派に決まっているだろう?」
しかたないなと髪を掻き回されて、エルヴィラはまた、むうっと剥れた。
「シェイファラル、今日は土産があるんだ」
「ほう?」
「海辺の町を覚えてる? 今は“神竜の加護ある町”と呼ばれてるところだよ。そこの領主家に歌姫の手記の写しがあったんだ」
「――なんと」
わずかに目を開いて、シェイファラルは差し出された本を爪の先で受け取った。
「“大災害”の時、その手のものはほとんど城に遺してきてしまったって聞いたからね。頼んで写させてもらったんだ。だから、これをあなたに」
ぱらりとめくり、ざっと目を通して、シェイファラルは目を細める。
「懐かしい。たしかにエイシャの手記だ」
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