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護森

守護者

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 森の中に入ると、まるで空気も変わったようだった。
 ここまで魔物や魔法嵐の気配に神経を尖らせ、ぴりぴりしながら進んできたことが嘘のように穏やかな気持ちになる。
 時折聞こえる鳥や獣の鳴き声が、ここは安全だと語りかけているようだ。木々の枝を透かして降り注ぐ木漏れ日は、森の外で浴びていた陽光と同じものとは思えないくらい柔らかい。

「なんだか、優しい雰囲気の森なんだな」
「そうだね」

 ぽかんと上を仰いで呟くエルヴィラに、ミーケルが笑って肩を抱く。

「ともかく、森に入ったからもう安心だよ」

 夜は夜で軽く火を焚いて夕食を済ませた後、ミーケルはさっさと横になってしまった。夜番はと訊けば、「この森は特別だからね」と言ってエルヴィラを抱きかかえてしまう。
 エルヴィラも半信半疑ではあったが、ミーケルがそう言うならとまともに夜番もせず、一緒に寝てしまったのだ。

 その夜、エルヴィラは町を出てからはじめて、ひさしぶりに心までゆっくりと休めたように思えた。


 * * *


 ぴちぴちと小鳥の鳴く声で目が覚める。

「ほんとうに大丈夫だった」
「言ったろう? この森には守護者がいるんだって」

 ミーケルの言葉にこくこくと頷きながら、エルヴィラは「守護者ってすごいんだな。どんなひとなんだ?」と尋ねる。
 だが、ミーケルはやっぱり会えばわかると笑うだけだ。

「この森は、“大災害ディザスター”の前は今の三倍以上はある、大きな森だったんだ」
「三倍!?」
「そう。でも、このあたりの被害は酷かったからね。さすがの守護者でも、森のいちばん古いところを護るので精一杯だったらしい」

 いちばん古いところ……だから、木々がこんなに大きくて枝も高いのか。
 もう一度上を見上げながら、そんなことを考える。
 下生えも思っていたより密じゃないので、根っこにさえ気をつければ藪漕ぎはやらなくても大丈夫そうだ。

「守護者って、どのあたりにいるんだ?」
「森の真ん中にある、大きな泉のそばだよ」

 地面を這い回るように盛り上がった木の根を慎重にまたぎながらエルヴィラが尋ねると、同じように根をまたぎながらミーケルも答える。

「やっぱり、森の祭司ドルイドなのか?」
「え? 森の祭司だと思ってた? 全然違うよ」

 並んで歩きながら、くつくつと笑うミーケルがエルヴィラの頭をぽんぽんと叩くと、眉根を寄せてむうと唸る。

「違うのか……歌姫をよく知ってるっていうから、森の祭司なら修行を積めば寿命がなくなるっていうし、そうかなって思ったんだ」

 ミーケルは目を丸くして、また笑い出す。

「なんで笑うんだ」
「いや、ヴィーらしいと思って。
 それと、森の祭司は、たしかに修行を積めば不老になるっていうけど、寿命が伸びるわけじゃないよ?」
「なん……だと?」

 今度はエルヴィラが目を丸くしてミーケルを見返す。

「着いてからのお楽しみだけど、ものすごく長命な種族なのは間違いないね」
「また、それだ」

 いい加減、森に入ったんだから教えてくれたっていいのに。
 エルヴィラの顔から、まるで書いてあるかのような不満を読み取って、ミーケルはもう一度ぽんぽんと頭を叩く。

「そんなので誤魔化されないぞ」
「誤魔化してなんかいないよ。あと……一日か二日で着くから、楽しみにしてな」

 むう、とやっぱり眉を寄せるエルヴィラの頭をぽんぽんぽんぽんとさらに叩く。

「ここまで楽しみに取っといたんだから、最後まで楽しみにしておきなよ」
「う……わかった」

 たしかにその通りなのだが、気になって気になって仕方がないのだ。森の祭司でないと言われてしまった今は、さらに気になって仕方ない。
 根っこを避けながら、エルヴィラはなおも「妖精族だろうか。それとも森小人か」とブツブツと予想を呟いていた。



 森の木々の枝の厚みがだんだんと増して、昼でも暗いと感じるようになったころ、ミーケルがようやく「そろそろかな」と呟いた。

「もうすぐ到着か!?」
「たしか、あの太いブナの木を超えた先だったと思うんだ」

 ミーケルの示したところには、たしかに古い木の多い中でひときわ目立って太いブナの木があった。

「すごい。森の古老みたいな木だな。あんなに大きなの見たことがない」
「だろう? だから僕も覚えてたんだ」

 慣れない森歩きに疲れて重くなっていた足も、また軽く感じるようになった。

「ちょっと、ヴィー、そんなに慌てないで」
「だって、あの先に目指すところがあるんだろう!?」

 今にも駆け出しそうな足取りで、エルヴィラはひょいひょいと根っこを乗り越えていく。
 ブナの古木を回り込むように向こう側を覗き込むと、小さな泉に、そこから流れ出す小さなせせらぎと――

「客人とは、ひさしぶりだな」

 突然頭の上から朗々とした声が降り注いだ。慌てて見上げると、そこには。

「……り、竜?」

 鷹揚に、「いかにも」と頷いてみせる大きな竜が、ゆったりと寝そべったまま首をもたげて覗き込んでいた。
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