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鹿角の町
【閑話】アライトの手紙
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「ああ、ナイエ! あんたに手紙預かってるよ!」
数日ぶりに荒野から戻ってくると、常宿にしてる宿のおばちゃんにいきなり呼び止められた。
けれど、手紙? 手紙なんて寄越すような知り合いはいたかなと、ナイエは首を捻る。
「ん? 手紙って、俺に?」
先に戻ってるからね、と言う仲間たちにひらひら手を振って、ナイエは手招きをするおばちゃんのほうへと向かう。
「ほら、前にしばらくここにいた、ヴィンって戦士の女の子と色男の詩人。あの子たちから預かってるんだよ」
「ええっ!?」
ヴィンとミーケルのふたりと聞いて、ナイエはぽかんと目を瞠る。まさか、ふたりがここに立ち寄ったのか。
「それで、ふたりは?」
「これから北へ向かうって、ほんの二日前に町を出たよ。あんたたちがこんなに早く戻って来るってわかってたら、もう少し待つようにって勧めたんだけどねえ」
「うわあ、残念。会いたかったなあ」
そのふたりなら絶対会いたかった。自分だけじゃなくて皆そう言うだろう。
ナイエは手紙を受け取り、おばちゃんに心付けを渡す。
揃って現れたっていうなら結婚でもしたんだろうか。あのタラシのミーケルが珍しく執心するイカす女の子だったんだ。アライトも元気だろうか。いい巣穴を作れる場所は見つけたんだろうか。
そんなことを考えながら、ナイエは部屋へと戻った。
「ナイエ、なんだって?」
部屋で待ち構えていたらしい、森小人の司祭レフがさっそく興味津々という顔でちょこちょこ寄ってくる。
「ヴィンとミーケルがここに立ち寄って、手紙を置いてったらしいんだよ。ほら、これ……あ、いや、待て。これ、アライトからだ」
「えっ?」
手紙を裏返して署名を確認し、ナイエはまた目を瞠る。アライトからと聞いてアールも興味を持ったのか寄って来た。
「竜も手紙を書くんですね」
いつの間にかそばに来ていたコリーンも、感心したようにナイエの手元を覗き込む。
「俺も初めて知った。なんだろうな」
「やっぱり巣穴が決まったとかじゃない?」
レフの言葉に「巣穴の場所を手紙で報せる竜って」と笑いながら、ナイエはぺりっと封を開ける。中に、意外に几帳面な文字で綴られた大陸公用語がちらりと見えた。
竜は頭良いって言うだけあって、ちゃんと文字も書くんだな、などと感心しながら読み始める。
「ふむ……」
つらつらと目を走らせるナイエの眉間にだんだんと皺が寄っていく。その表情に、皆首を傾げる。
何か変な知らせだったのだろうか?
「なんて書いてあるんですか?」
我慢しきれずに尋ねたコリーンに、はあ、とナイエが溜息を漏らし、微妙な表情で顔を上げた。
「……アライトが、結婚、したらしいよ」
「え?」
「待ってください。竜って結婚するんですか?」
「アライトのお嫁さん!?」
全員の目が丸くなる。
「しかも、今度の冬くらいに子供も生まれるって」
「……は?」
「子供? 卵じゃなくて? それとも卵が孵るってことだろうか」
アールの言葉に、レフが「でも、アライトって雄竜だよね?」と呟く。
「家は、“鹿角の町”の花水木通りだから、遊びに来いって書いてある」
「待って。竜が町中に巣穴を作ってそこに妻子を抱えているんですか?」
コリーンが動揺を隠しきれないとでもいうように、こめかみを揉み解しながら考え込む。
「町中なんだから、家なんじゃ?」
「竜って家に住むもの?」
「さすがに街中に竜が巣穴作ったら、領主はもちろん、町のひとびとも黙ってないと思うんだけど」
レフとナイエの疑問に、いやいやと、アールが至極当然なことを述べる。
「じゃあ、竜屋敷か?」
今度は眉を顰めるナイエに、レフは「竜屋敷ってどんなの?」と首を傾げ――
「ああもう、考えてても埒があきません!」
とうとうコリーンが、どん、とテーブルを叩いた。
「だってわからないんだからしょうがないだろう!?」
「行けばいいんですよ。遊びに来いって書いてあるんでしょう? だから結婚祝いになりそうなものを持って行きましょう。友人一同、お祝いに来ましたよって」
思わず怒鳴り返したナイエにビシッと指を向けて、コリーンは断言した。彼女は本気だ。
そう、わからないなら確かめればいいのだ。幸い手紙には「来るな」ではなく「来い」と書いてあったのだから、大手を振って遊びに行けばいい。
「なるほど!」
「たしかにそりゃいいな!」
「じゃ、さっそく何かいいもの見繕わないと!」
手を打つ仲間たちを満足げに眺めて、コリーンは頷いた。
「……それにしてもさ」
ふと、手紙に目を落とし、我に返ったようにナイエが呟く。
「竜ですら結婚して一家の大黒柱やってるってのに、俺たちって……!」
「お、お前……!」
「ちょっとそれ……!」
冒険者たちの悩みは尽きないらしい。
*****
鹿角の町
近隣に大きくて豊かな森のある町。
秋口になるとよく太って脂の乗った鹿がこの町の食卓を飾る。
森には領主の狩猟館もあったりするので、アライトはこれから領主に「俺、ここに巣穴作るから!」と交渉しなければならない。
でないと狩られちゃう^^
鹿肉ってほんっと美味いですよね……赤身に見えてなんであんなにジューシーなの。
お陰で、獣肉出してると言われると「鹿肉!」と喜ぶようになりました。
都内のめっちゃおいしいジンギスカンのお店では、秋になると鹿肉でジンギスカンもできちゃうので、とてもうれしいです。
早くもろもろ落ち着いて、また食べにいけるようになると良いなあ。
ところで、海外旅行に行くと、いわゆる「ジビエ/gibier」ってフランス語のせいか、「獣肉あります」は「Game」で表示されてたりするんですよね。
最初「え?ゲーム?何?」て思ったけれど、狩=スポーツ=ゲーム……なるほど、と。
たしかに、貴族にとって狐狩だの鹿狩だのってスポーツ扱いだったなあと。
数日ぶりに荒野から戻ってくると、常宿にしてる宿のおばちゃんにいきなり呼び止められた。
けれど、手紙? 手紙なんて寄越すような知り合いはいたかなと、ナイエは首を捻る。
「ん? 手紙って、俺に?」
先に戻ってるからね、と言う仲間たちにひらひら手を振って、ナイエは手招きをするおばちゃんのほうへと向かう。
「ほら、前にしばらくここにいた、ヴィンって戦士の女の子と色男の詩人。あの子たちから預かってるんだよ」
「ええっ!?」
ヴィンとミーケルのふたりと聞いて、ナイエはぽかんと目を瞠る。まさか、ふたりがここに立ち寄ったのか。
「それで、ふたりは?」
「これから北へ向かうって、ほんの二日前に町を出たよ。あんたたちがこんなに早く戻って来るってわかってたら、もう少し待つようにって勧めたんだけどねえ」
「うわあ、残念。会いたかったなあ」
そのふたりなら絶対会いたかった。自分だけじゃなくて皆そう言うだろう。
ナイエは手紙を受け取り、おばちゃんに心付けを渡す。
揃って現れたっていうなら結婚でもしたんだろうか。あのタラシのミーケルが珍しく執心するイカす女の子だったんだ。アライトも元気だろうか。いい巣穴を作れる場所は見つけたんだろうか。
そんなことを考えながら、ナイエは部屋へと戻った。
「ナイエ、なんだって?」
部屋で待ち構えていたらしい、森小人の司祭レフがさっそく興味津々という顔でちょこちょこ寄ってくる。
「ヴィンとミーケルがここに立ち寄って、手紙を置いてったらしいんだよ。ほら、これ……あ、いや、待て。これ、アライトからだ」
「えっ?」
手紙を裏返して署名を確認し、ナイエはまた目を瞠る。アライトからと聞いてアールも興味を持ったのか寄って来た。
「竜も手紙を書くんですね」
いつの間にかそばに来ていたコリーンも、感心したようにナイエの手元を覗き込む。
「俺も初めて知った。なんだろうな」
「やっぱり巣穴が決まったとかじゃない?」
レフの言葉に「巣穴の場所を手紙で報せる竜って」と笑いながら、ナイエはぺりっと封を開ける。中に、意外に几帳面な文字で綴られた大陸公用語がちらりと見えた。
竜は頭良いって言うだけあって、ちゃんと文字も書くんだな、などと感心しながら読み始める。
「ふむ……」
つらつらと目を走らせるナイエの眉間にだんだんと皺が寄っていく。その表情に、皆首を傾げる。
何か変な知らせだったのだろうか?
「なんて書いてあるんですか?」
我慢しきれずに尋ねたコリーンに、はあ、とナイエが溜息を漏らし、微妙な表情で顔を上げた。
「……アライトが、結婚、したらしいよ」
「え?」
「待ってください。竜って結婚するんですか?」
「アライトのお嫁さん!?」
全員の目が丸くなる。
「しかも、今度の冬くらいに子供も生まれるって」
「……は?」
「子供? 卵じゃなくて? それとも卵が孵るってことだろうか」
アールの言葉に、レフが「でも、アライトって雄竜だよね?」と呟く。
「家は、“鹿角の町”の花水木通りだから、遊びに来いって書いてある」
「待って。竜が町中に巣穴を作ってそこに妻子を抱えているんですか?」
コリーンが動揺を隠しきれないとでもいうように、こめかみを揉み解しながら考え込む。
「町中なんだから、家なんじゃ?」
「竜って家に住むもの?」
「さすがに街中に竜が巣穴作ったら、領主はもちろん、町のひとびとも黙ってないと思うんだけど」
レフとナイエの疑問に、いやいやと、アールが至極当然なことを述べる。
「じゃあ、竜屋敷か?」
今度は眉を顰めるナイエに、レフは「竜屋敷ってどんなの?」と首を傾げ――
「ああもう、考えてても埒があきません!」
とうとうコリーンが、どん、とテーブルを叩いた。
「だってわからないんだからしょうがないだろう!?」
「行けばいいんですよ。遊びに来いって書いてあるんでしょう? だから結婚祝いになりそうなものを持って行きましょう。友人一同、お祝いに来ましたよって」
思わず怒鳴り返したナイエにビシッと指を向けて、コリーンは断言した。彼女は本気だ。
そう、わからないなら確かめればいいのだ。幸い手紙には「来るな」ではなく「来い」と書いてあったのだから、大手を振って遊びに行けばいい。
「なるほど!」
「たしかにそりゃいいな!」
「じゃ、さっそく何かいいもの見繕わないと!」
手を打つ仲間たちを満足げに眺めて、コリーンは頷いた。
「……それにしてもさ」
ふと、手紙に目を落とし、我に返ったようにナイエが呟く。
「竜ですら結婚して一家の大黒柱やってるってのに、俺たちって……!」
「お、お前……!」
「ちょっとそれ……!」
冒険者たちの悩みは尽きないらしい。
*****
鹿角の町
近隣に大きくて豊かな森のある町。
秋口になるとよく太って脂の乗った鹿がこの町の食卓を飾る。
森には領主の狩猟館もあったりするので、アライトはこれから領主に「俺、ここに巣穴作るから!」と交渉しなければならない。
でないと狩られちゃう^^
鹿肉ってほんっと美味いですよね……赤身に見えてなんであんなにジューシーなの。
お陰で、獣肉出してると言われると「鹿肉!」と喜ぶようになりました。
都内のめっちゃおいしいジンギスカンのお店では、秋になると鹿肉でジンギスカンもできちゃうので、とてもうれしいです。
早くもろもろ落ち着いて、また食べにいけるようになると良いなあ。
ところで、海外旅行に行くと、いわゆる「ジビエ/gibier」ってフランス語のせいか、「獣肉あります」は「Game」で表示されてたりするんですよね。
最初「え?ゲーム?何?」て思ったけれど、狩=スポーツ=ゲーム……なるほど、と。
たしかに、貴族にとって狐狩だの鹿狩だのってスポーツ扱いだったなあと。
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