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鹿角の町

イヴリンは、すごいな

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 ゆっくりと冬越しの期間は過ぎていく。

 一時期、ほとんど一日中何も食べられない日が続いたイヴリンも、ようやく落ち着いた。じょじょにつわりの時期を脱して今ではほとんど寝込むこともなくなった。

「やっとね、アライトのお眼鏡に叶う家が見つかったの」
「そうか!」

 普通に食事が取れるようになったイヴリンが、昼食後の茶を飲みながら報告した。この町へ着いた時よりわずかに大きくなったお腹を軽くさすりながら、くすりと笑う。

「だからいろいろ揃えなきゃならないのよね」
「手伝えることがあるなら、何でも言ってくれ!」
「やだ、そんなに意気込まなくていいわよ。家具はあるっていうし、せいぜい細々したものくらいだもの」

 だから、春あたりにはそこへ移れるようにと、アライトが必要なものを揃えるために駆けずり回っているらしい。
 竜になって空を飛べばすぐだからと、近隣の町まで行くこともあるようだ。

「すごく一生懸命だから、もう全部彼に任せちゃおうと思って」

 家をどうするかとさんざん話した時のことを思い出したのか、「巣穴を整えるのは雄竜の役目なんだって言ってたわ」とまたくすくす笑う。

「出産準備のほうは?」

 ミーケルが尋ねると、イヴリンは少し困ったように肩を竦めた。

「太陽神の教会を通じて産婆さんを紹介してもらったんだけど、何せアライトの子でしょ? さすがに前例がないみたいで、司祭様も付いてくれるって」
「じゃ、安心だ」
「そうね。ただ、いつ頃生まれるかがよくわからないみたい。生粋の人間の子じゃないから、少しずれるんじゃないかって」

 イヴリンの言葉に、ミーケルが少し考え込む。

「ん……たしか、少し長くなるんだと思ったな。ひと月かふた月くらい」
「そうなの? さすが吟遊詩人ね。そういうことまで知ってるなんて」

 驚いたように目を丸くして、イヴリンはミーケルを向いた。

「まあね。ただ、その分お産が少し重くなるんだとも聞いたから、気をつけて。司祭にも話しておいたほうがいい」
「そうするわ」

 ふふ、と微笑み、イヴリンはまたお腹を見つめてゆっくりとさする。そんな彼女をじっと見つめたまま、エルヴィラが急に眉を寄せた。

「卵、なんだろうか」
「え?」

 イヴリンが顔を上げてエルヴィラを見返す。

「生まれる時、卵だったりするんだろうか」
「……やだ、そんなこと気になってたの?」
「だって、竜は卵だから、半分だとどうなのかなと思って」

 イヴリンは、至極真面目に首をかしげるエルヴィラに噴き出した。

「アライトの話じゃ、母親の種族に合わせて生まれるそうよ。だから赤ん坊ね」
「なるほど!」

 ようやく合点がいったとエルヴィラは頷く。すごく気になっていたのだ。卵だとしたら、うまく割れずに出てくるのかとか。

「女の子ならイヴリンに似るといいな。そしたら、美人ですごい子になるぞ」
「ちょっと、すごいって何? それ、女の子に使う言葉じゃないわ」

 目を丸くしたあと、は、と呆れたように目を眇めるイヴリンに、エルヴィラは笑って頷いた。

「だって、イヴリンみたいにすごい子になったほうがいいじゃないか」

 なあ? とエルヴィラはやっぱりにこにこ笑って頷くばかりだ。そのようすにくつくつ笑いだしたミーケルを、イヴリンがじろりと睨んだ。

「ねえミーケル、あんたもう少しこの子に言葉を教えたほうがいいわ。この子、ちょっと言葉を知らなすぎるもの」
「いや、結構的確に言葉を選んでると思うよ」
「どうしてよ!」

 眉を寄せて口を尖らせるイヴリンに、ミーケルは肩を竦めた。イヴリンに“すごい”という言葉が似合うのは確かなのだ

「普通の女の子なら、いきなり躊躇なく竜とつがいになったり半竜の子を産もうなんて考えたりしないって」

 ミーケルの言葉で眉間の皺が深くなったイヴリンは、「もう!」と口をへの字に曲げる。

「アライトは竜だけど優良物件なのよ。逃す手はないに決まってるじゃない」
「イヴリンはなかなか見る目があると、私も思うぞ」

 ふたりに反論されて、ミーケルはとうとうお腹を抱えて笑い出す。

「君らって、実は結構気があうよね。見た目正反対なのに」
「なんだ、ミケは知らなかったのか。イヴリンはすごいうえにいい子なんだ」
「そんなに褒めないでよ。照れるじゃない」

 ひとしきり笑って、ミーケルは、はあ、と息を吐いた。

「まあ、それにしたって、種族はもちろん寿命だって違うのに、よく思い切ったなと思ってさ。将来とか不安にならないの?」
「そんなもの、心配したって仕方ないわ」
「へえ?」
「人間同士だって死に別れに生き別れだってあるのよ。別に異種族に限ったことじゃないもの。そんなの今から心配してたら、誰とも結婚なんてできないでしょ? ま、順当にいけば私のほうがどうしたって先に死ぬのは仕方ないけど」

 肩を竦めてみせるイヴリンは、種族のことなんて、言葉どおり、さほど大変なことだとは感じてないらしい。

「それにね、アライトとは約束があるから大丈夫なの」
「約束?」
「そう、約束」

 ふふ、と笑ったイヴリンの顔は幸せと自信に溢れていた。ミーケルは、そんなイヴリンに軽く瞠目する。

「ちょっと驚いた。正直、君がそこまで思い切りがいいなんて思ってなかったよ」
「見縊らないでくれる? この程度思い切れなかったら、あの栗鼠がアライトだって言われた時点でさようならしてたわ」
「それもそうか」

 ふん、と大きく鼻を鳴らして自信満々に笑い返してみせるイヴリンが、エルヴィラの目にとてもきれいで眩しく映る。
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