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神竜の加護ある町
名前がいい
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イヴリンは、はあ、と溜息を吐く。
ミーケルは、エルヴィラのこういう初心で手間がかかるところがいいのだろうか。
ちょっと面倒臭いなと思いながら、イヴリンはビシッと指を向ける。
「そもそも、あのミーケルがまめにあんたに構ってるのよ。私の時は、必死でいろいろアピールしてお願いしてやっと構ってくれたってのに、何なの?
あんたがいちゃいちゃしたいって言えば、ちゃんといちゃいちゃしてくれるんでしょ? 下手すると黙ってたってそこらでべたべたしてるくせに、どうしてそんなに自信がないのよ。おかしくない?」
「え、そ……」
「そうね、べたっと抱きついて、“エルヴィラって呼んでくれなきゃやだ”とでも言えばたぶん呼ぶわよ。
何なのもう、犬にでも食われてしまえばいいわ」
どうして自分はかつての片思い相手を掻っ攫っていった女にここまで助言しているのだろうか。何かがおかしくないか。
少しだけイラッとしながら、イヴリンは朝食のパンを齧る。
なおも惚けたようにぽかんとした顔のまま、じっと自分を見つめているエルヴィラに気づいて、イヴリンは「何よ、まだ何かあるの?」と顔を顰めてみせた。
「イヴリンて、すごいな」
「何が?」
「どうしてそんなにいろいろわかるんだ」
「あんたがわかってなさ過ぎなだけじゃない」
心底感心したようすで頷くエルヴィラは、どうしたらこんな女の子に育つのかと、イヴリンのほうがとても不思議に思えてならないくらいだ。
そもそも自分はミーケルの過去の女だってのに、気にならないのだろうか。
――気にならないんだろうな。
エルヴィラの脅威の割り切りぶりを考えて、またイヴリンは溜息を吐く。
「ねえ、荷物待ってるんじゃないの? さっさと持ってったら?」
「あ、そうだな。じゃあ、また何かあればこっちに来るし、領主の屋敷の門番に言伝を頼んでくれれば伝わると思うから」
「大丈夫よ。いざとなったら、たぶんアライトが自分でそっちに行くと思うわ」
「それもそうか」
エルヴィラは慌てて立ち上がり、またあとでと領主の屋敷へと向かった。
「結構時間かかったね。何かあった?」
「いや……ええと、イヴリンがいたから、少し話してただけだ」
「へえ?」
運んできた荷物をさっそく広げて、ミーケルはあれこれと着替えを選んだ。領主の屋敷に留まることになった以上、下手な格好はできないのだ。
エルヴィラもミーケルに合わせて、広げた騎士服の中から選んでいく。
「……アライトは、巣穴探しをしてるようだな」
「そうだろうね」
あまり関心がなさそうに、ミーケルが返す。
「あ、アライトは、その、巣穴を決めたら、やっぱりイヴリンも一緒に連れていくつもりなんだろうか」
選んだ騎士服以外をまたしまいこみながら、エルヴィラは喋り続ける。
そうじゃなくて、イヴリンはどうしろって言ってたんだっけ。
なんだか頭の中がぐるぐるして訳がわからなくなってきた。
「――やっぱり何かあった?」
ミーケルが首を傾げて自分を見ていることに気づき、エルヴィラは赤くなる。
何かって、何も、ない、けれど。
「な、何かって」
「君、何か隠してる?」
「え、あ、隠して、なくて……」
「じゃあ、何?」
ミーケルにぐいっと迫られて、エルヴィラは思わず腰が引けてしまう。
さらにぐいぐい迫られてつい後ろに下がると、長椅子に脚が当たってどすんと座り込んでしまった。
そのままのしかかられるようにミーケルの顔が近付いてきて、「ほら、何があったか言ってごらん」と囁かれた。
「な、な、何も、なくて、その……」
「その、何?」
ぐるぐるする頭の中に、イヴリンの“抱きついてお願いすればいいじゃない”という言葉が蘇る。
「う、あ……み、ミケ」
「ん?」
ぱくぱくと言葉が続かず、エルヴィラはぎゅうっと目を瞑って抱きついた。
「……て」
「んん?」
「名前……」
「名前?」
「“君”じゃなくて……名前で、呼んで、くれ」
それだけをやっと小さく言って、エルヴィラは耳まで真っ赤になった顔をミーケルの胸に押し付けて隠してしまった。
ミーケルは、そんなエルヴィラに目を丸くする。
「名前で呼んで欲しかった?」
こくんと頷くエルヴィラは、やっぱり顔を埋めたままだ。
それだけでこんな風に真っ赤になってるって、いったいなんなんだ。
は、と息を吐き、エルヴィラの頭をぽんぽんと叩く。
「――ヴィー」
「え?」
「本当の名前は力を持つから、あまりそこらで呼びたくないんだ。
だから、“ヴィー”」
エルヴィラは真っ赤な顔のままミーケルを見上げ、「いいな」と、にひゃりと笑った。
ミーケルは呆れたように笑い返して、「ほんとうにこれでいいの?」と尋ねる。
「ミケが決めた呼び名だから、“ヴィー”がいい」
えへへ、と笑いながら頭を擦り付けてそんなことを返すエルヴィラは、いったいなんで急にそんなことを言い出したのか。
喜んでるみたいだし、まあいいか。
ミーケルはくっついて離れないエルヴィラの背を、よしよしと撫でた。
ミーケルは、エルヴィラのこういう初心で手間がかかるところがいいのだろうか。
ちょっと面倒臭いなと思いながら、イヴリンはビシッと指を向ける。
「そもそも、あのミーケルがまめにあんたに構ってるのよ。私の時は、必死でいろいろアピールしてお願いしてやっと構ってくれたってのに、何なの?
あんたがいちゃいちゃしたいって言えば、ちゃんといちゃいちゃしてくれるんでしょ? 下手すると黙ってたってそこらでべたべたしてるくせに、どうしてそんなに自信がないのよ。おかしくない?」
「え、そ……」
「そうね、べたっと抱きついて、“エルヴィラって呼んでくれなきゃやだ”とでも言えばたぶん呼ぶわよ。
何なのもう、犬にでも食われてしまえばいいわ」
どうして自分はかつての片思い相手を掻っ攫っていった女にここまで助言しているのだろうか。何かがおかしくないか。
少しだけイラッとしながら、イヴリンは朝食のパンを齧る。
なおも惚けたようにぽかんとした顔のまま、じっと自分を見つめているエルヴィラに気づいて、イヴリンは「何よ、まだ何かあるの?」と顔を顰めてみせた。
「イヴリンて、すごいな」
「何が?」
「どうしてそんなにいろいろわかるんだ」
「あんたがわかってなさ過ぎなだけじゃない」
心底感心したようすで頷くエルヴィラは、どうしたらこんな女の子に育つのかと、イヴリンのほうがとても不思議に思えてならないくらいだ。
そもそも自分はミーケルの過去の女だってのに、気にならないのだろうか。
――気にならないんだろうな。
エルヴィラの脅威の割り切りぶりを考えて、またイヴリンは溜息を吐く。
「ねえ、荷物待ってるんじゃないの? さっさと持ってったら?」
「あ、そうだな。じゃあ、また何かあればこっちに来るし、領主の屋敷の門番に言伝を頼んでくれれば伝わると思うから」
「大丈夫よ。いざとなったら、たぶんアライトが自分でそっちに行くと思うわ」
「それもそうか」
エルヴィラは慌てて立ち上がり、またあとでと領主の屋敷へと向かった。
「結構時間かかったね。何かあった?」
「いや……ええと、イヴリンがいたから、少し話してただけだ」
「へえ?」
運んできた荷物をさっそく広げて、ミーケルはあれこれと着替えを選んだ。領主の屋敷に留まることになった以上、下手な格好はできないのだ。
エルヴィラもミーケルに合わせて、広げた騎士服の中から選んでいく。
「……アライトは、巣穴探しをしてるようだな」
「そうだろうね」
あまり関心がなさそうに、ミーケルが返す。
「あ、アライトは、その、巣穴を決めたら、やっぱりイヴリンも一緒に連れていくつもりなんだろうか」
選んだ騎士服以外をまたしまいこみながら、エルヴィラは喋り続ける。
そうじゃなくて、イヴリンはどうしろって言ってたんだっけ。
なんだか頭の中がぐるぐるして訳がわからなくなってきた。
「――やっぱり何かあった?」
ミーケルが首を傾げて自分を見ていることに気づき、エルヴィラは赤くなる。
何かって、何も、ない、けれど。
「な、何かって」
「君、何か隠してる?」
「え、あ、隠して、なくて……」
「じゃあ、何?」
ミーケルにぐいっと迫られて、エルヴィラは思わず腰が引けてしまう。
さらにぐいぐい迫られてつい後ろに下がると、長椅子に脚が当たってどすんと座り込んでしまった。
そのままのしかかられるようにミーケルの顔が近付いてきて、「ほら、何があったか言ってごらん」と囁かれた。
「な、な、何も、なくて、その……」
「その、何?」
ぐるぐるする頭の中に、イヴリンの“抱きついてお願いすればいいじゃない”という言葉が蘇る。
「う、あ……み、ミケ」
「ん?」
ぱくぱくと言葉が続かず、エルヴィラはぎゅうっと目を瞑って抱きついた。
「……て」
「んん?」
「名前……」
「名前?」
「“君”じゃなくて……名前で、呼んで、くれ」
それだけをやっと小さく言って、エルヴィラは耳まで真っ赤になった顔をミーケルの胸に押し付けて隠してしまった。
ミーケルは、そんなエルヴィラに目を丸くする。
「名前で呼んで欲しかった?」
こくんと頷くエルヴィラは、やっぱり顔を埋めたままだ。
それだけでこんな風に真っ赤になってるって、いったいなんなんだ。
は、と息を吐き、エルヴィラの頭をぽんぽんと叩く。
「――ヴィー」
「え?」
「本当の名前は力を持つから、あまりそこらで呼びたくないんだ。
だから、“ヴィー”」
エルヴィラは真っ赤な顔のままミーケルを見上げ、「いいな」と、にひゃりと笑った。
ミーケルは呆れたように笑い返して、「ほんとうにこれでいいの?」と尋ねる。
「ミケが決めた呼び名だから、“ヴィー”がいい」
えへへ、と笑いながら頭を擦り付けてそんなことを返すエルヴィラは、いったいなんで急にそんなことを言い出したのか。
喜んでるみたいだし、まあいいか。
ミーケルはくっついて離れないエルヴィラの背を、よしよしと撫でた。
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