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神竜の加護ある町

外堀を埋めたい

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 朝食後、さっそく町へと繰り出すイヴリンとアライトを見送って、エルヴィラとミーケルもゆっくり外へと出掛けた。
 荒れ地を離れてからふたりきりになるのはひさしぶりな気がして、エルヴィラはなんだか心が浮き立ってくる。



 “神竜の加護ある町”は、昔から、南からの街道が集中する大陸中部の陸の要所として発展してきた町だ。
 陸路を使って南北へ運ばれる品は、ほぼ必ずこの町を通るのだ。

 だが、船を使う輸送や貿易は、港のないこの町を素通りしてしまう。これで港さえあれば、さらなる発展が望めるのに。

 この付近は遠浅な海岸が続き、小舟ならともかく大きな貨物船が停泊できるような港などは到底望めない。
 それでも港があればとは、この町に住むものは誰もが考えてきたことだった。

 そこへ、“大災害”ですぐ近くに陸から海へ向けて大きな亀裂ができた。
 海と繋がり海水の流れ込んだ深い亀裂は、この付近で唯一の大きな港となるだろう。大きな船を入れるだけの十分な広さと深さも確保できるほどの亀裂だ。
 この町の悲願はようやく叶ったのだ。

 現在の町からほんの半時ほどの海岸の、開港したばかりの港の周辺には、今、新市街と呼ばれる町が発展しつつある。
 これからもどんどん大きくなり、この町はますます栄えるのだろう。



「ほんとうは、海からの災いを避けてこの小高い丘に町を移したんだけど、やっぱり皆忘れちゃったんだよね」

 広場に立つ像は長く海からの風にさらされて今ではすっかり磨耗してしまった。
 かつては海を見据えていたはずの魔術師の表情はすっかりわからなくなってしまったし、手に持った長杖も下半分は無くなってしまった。

 もうマント姿の男にしか見えない立像の前で、ミーケルは語る。
 はるか昔、魚人サハギンたちの奉じる深海と恐怖の神が引き起こした津波から、町を救った魔術師たちの伝説を。
 像を見上げて、エルヴィラは、うん、とひとつ頷いた。

「その魔術師たちは、きっと本望だったろうな」
「どうしてそう思う?」

 ミーケルに尋ねられて、エルヴィラはちょっと首を傾げる。

「だって、町はこうして続いてるじゃないか。こういうとき、逃げるよりもっと大事なことがあるから残れるんだぞ。死ぬかもしれないならなおさら、覚悟のない奴には残れない。止めたって罰を受けたって絶対逃げ出すからな。
 魔術師たちは覚悟の上で残って津波を止めた。そのおかげで町のひとたちは助かった。だから今も町は続いてる。
 なら、死んでも本望だったはずだ。
 それに町は発展してるんだ。絶対喜んでるぞ」
「なるほど、君はそう思うんだ」

 エルヴィラはミーケルを見上げた。なんだかおもしろそうに笑っている。騎士である自分の見方は、ミーケルと違うものだったということだろうか。
 それから、たしかこの町はヒューマノイドの軍勢にも襲われたのではなかったかと思い出す。そう訊くと、ミーケルは「確かにそうだよ」と頷いた。

「なら、災いはどこから来るのかわからないということだろう?」
「ん?」
「だって、一度目は海からで、二度目が陸からだったんだ。災いがどこから来るなんて決まってないんだから、ひとつ処ばかりでなく、いろいろなものを想定して備えることが大切ということなんだろう。
 そういう、肝心なことだけ忘れなければいいんじゃないか?」

 へえ、とミーケルは目を瞠る。エルヴィラの答えは少し意外だった。

「来るかもしれないものに怯えてばかりじゃ、何もできなくなるんだ。こっちの町を潰したわけじゃないし、人間は結構強くてしぶといってことなんだから、大変だったことを忘れるくらい、いいんじゃないか?
 もしまた魚人や悪しき神々が良からぬことを考えても、この地を大切に思う誰かが絶対阻止するし、再建だって何だってするさ。
 それに、最後に立って笑ってるほうが勝ちなんだ。だから人間は絶対負けない」

 そう断言するエルヴィラの笑顔は、彼女の見た目が変わっても変わらなかったもののひとつだろう。

「――君の、そういう考え方は好きだよ」

 ミーケルも、ふ、と笑う。

「そうか!」

 好きだよという言葉ににひゃっと笑うエルヴィラを抱き寄せて、ミーケルはぽんぽんと頭を叩いた。
 わしゃわしゃと頭を掻き回されるように撫でられて抱きつきながら、エルヴィラは、どうやったらイヴリンみたいにミーケル自身に外堀を埋めさせられるだろうか……と考えてみた。
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