上 下
90 / 152
歌う竜の町

こんなの聞いてない

しおりを挟む
「さあ、遠慮はいらん! かかってくるがいいぞ!」
「ああ、うん、今日も絶好調だね」

 くすりと笑ってミーケルは、一歩下がった。
 男たちの身のこなしからすると、たしかに素人に毛が生えた程度だろう。だが数はたしかに多い。
 自分はエルヴィラの手が回らないところをなんとかしよう、と考えて――

 初手からいきなり突撃し、一気にふたりを沈めたエルヴィラに、男たちは息を呑む。
 ミーケルも「あれ、まともに鳩尾に入ると、全部持っていかれるもんねえ」と呟いて、自分の腹を押さえた。

「先手必勝、いかなる場合も全力を尽くせは我が家の家訓だ。貴様らが数を頼りに驕ったのが運の尽きよ!」

 油断なく構えながら哄笑するエルヴィラの姿は、いったいどっちが悪人かと考えてしまうようなものだった。

「く、くそっ!」
「ふははは腰抜けどもめ! 貴様ら程度に遅れを取るエルヴィラ・カーリスではないわ!」

 気を取り直した男たちが、今度こそ全員でエルヴィラに飛びかかる。たちまち狭い路地で乱闘が始まった。



「――どういうことなの?」

 見た目はそれほど背が高いわけでもなく、男性顔負けの筋肉だるまというわけでもない。なのに、どうしてあの人数を相手にああも互角以上に殴り合いができるのか。
 “悪魔混じり”という種族の物珍しさとあの胸の大きさで、ミーケルの護衛という建前の愛人ポジションにでも収まってるんだと思ったのに。

 まさか、本当に護衛だというのか。

「もう、どうしてこうなるのよ」

 ぎり、と唇を噛んで、ここは出直そうと踵を返し、そのまま走り出そうとしてどすんとひとにぶつかった。

「ちょっと、何突っ立ってるのよ!」

 腹立ち紛れに怒鳴りつけて、そのまますぐに立ち去ろうとした。なのに、目の前の見知らぬ相手に腕をしっかり掴まれてしまう。
 いったい何なのと悪態をつきつつ、改めてぶつかった相手を見上げれば――

「お嬢ちゃん、目論見外れちゃったね?」
「な、なによあんた!」

 琥珀に近い金髪に翠玉の目の背の高い男が、にっこりと笑って顔を覗いていた。

「昨日、なんか絡んでたから、気になって見てたんだよね」
「な、何を……」
「まあまあ。あの兄さんにも責任がないわけじゃないし、こういう中途半端なことしてわだかまりを残すのもよくないと思うんだよ、俺」
「何を言ってるのよ。誰なの、あんた」
「俺はアライトっていうんだ。だからお嬢ちゃん、少しちゃんと話をしよう」

 笑顔のくせにしっかりと掴んだ腕に隙はまったく見当たらず、振り解こうにもびくともしない。
 娘は観念したかのように、小さく頷いた。


 * * *


「ふん、やはりチンピラなどこの程度だったか」
「はいはい」

 ミーケルはパンパンと得意げに手を払うエルヴィラを引き寄せて、痣だの擦り傷だのができた場所に、小回復の魔術をかけていく。

「ああ、顔に痣も傷も作って」
「あれだけ数がいてはいちいち完全に躱す暇などなかったんだ。それにナイフまで出してきたからな。避けるならナイフのほうに集中しなきゃならなかったし、拳は力を逃しつつ受けたほうが面倒が少なかったんだ」
「面倒が少ない、じゃないよ。何日腫れたままになると思ってるんだ。鼻だって折れやすいんだからね」

 顔を顰めたミーケルに言われて、エルヴィラは思わず首を竦める。チンピラのナイフよりもこの顔のミーケルのほうが怖い。

「この程度、爺様に扱かれてた頃は日常茶飯事だったぞ」
「君のお祖父さんて、ほんとうにどんなひとだったの」
「強かった」
「それはわかってる」

 ひととおり目立つ傷を治してほっと息を吐き、それから倒れた者たちの怪我が腕の一本程度に収まってることを確認した。
 まんいち死人が出たら即座にここを出なきゃならないと考えたのだが、その心配はないようだ。

 リーダー格の男が「くそ、なんで……」と呻く。その声が聞こえたのか、ミーケルがしゃがみ込んで笑った。

「この子さ、クラーケンやら竜やらと一騎打ちやらかしたり屍竜に先陣切って突っ込んでったりするような脳筋騎士なんだよね。君ら程度が敵う相手だと思う?」
「なんだそれ……聞いてねえ」
「ま、相手を見極めることもできなかった自分を恨むんだね。自業自得だよ」

 ふん、と鼻で笑って立ち上がり「行こうか」と振り返る。
 すると、エルヴィラが「呼んでる」と指差した路地の向こうで、人型になったアライトが手招いていた。






*****

※この世界の平均身長は、地域にもよりますが、成人女性で160半ば~後半、成人男性で175~180程度としております。だいたい北方出身ほど体格がよくなります。

※エルヴィラさんの身長は約160cm。平均より低めです。体脂肪率は低めで腹筋は割れてるため、ややがっちり。見た目より体重は重め(60kgくらい)でも、引き締まってます。そしてその体脂肪率で何故という奇跡のFカップ。体脂肪少ないのに何故乳が育つのか。
あと、めちゃくちゃ食べます。体型は気にしてないわりに、尋常じゃない運動量なので太りません。ミケ背負ってスクワットとか軽くこなします。
乙女回路が内蔵されている脳筋で、先に殴れば勝つると思ってるタイプでもあります。

※ミーケルの身長は180cm強。平均よりやや高くらいです。腹筋は割れておらず、縦線入ってるくらい。ちょっとスポーツとか部活頑張ってる男子程度の筋肉量で細マッチョ未満です。なので、体重は70ちょいくらいかと。
食べる量も本気出したエルヴィラの半分くらいだし、見た目商売なので体型とかも一応気にしてます。
自分は顔がいいことを自覚しているタイプのクズ男です。「ただしイケメンに限る」の成功体験を積んで今に至っています。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

処理中です...