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一攫千金の町

「つれないことをするね」

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 昼を食べ終えて宿に戻ったものの、約束まではまだ一時ほどの時間があるなと、宿の中庭で、剣の素振りを始める。

 以前なら、食事の後はミーケルが歌を披露する横で護衛をしていたけれど、今は何もやることがない。食べて休んだら剣の素振りをするというのが、ここしばらくずっとのエルヴィラの習慣になっている。
 あとは、外に出て近場の魔物を狩り、剣の腕が鈍らないようにするくらいか。

 前はこんなに暇を持て余していたろうかと考えて、エルヴィラはまた溜息を吐く。
 そんなエルヴィラを眺めながら、アライトも「気にするくらいなら、逃げ出さなきゃいいのに」と独りごちる。
 ふだんそこまで考えないくせに、へたに考えるからこうなるのだ。
 離れて鬱々するくらいなら、離れなきゃいいのに。
 人間ってのは面倒な生き物だ。


 * * *


 約束の鐘のなるころ、約束した酒場へと赴くと、既に冒険者のグループが待っていた。
 あとひとりは後から遅れて来るが、顔合わせと打ち合わせは先に始めてしまおうということだった。
 あらかじめ頼んでおいた個室へと移動し、テーブルにつく。

「“皇竜神”の神殿跡、らしいんだ」

 さっそく乱暴に書き殴った地図のようなものを広げて、冒険者グループのリーダー、アールが説明を始めた。

 アールは戦士だという。
 その割に博識でいろいろなことを知っているようだし、物腰も丁寧だ。きっといい家の次男とか三男で、ちゃんとした教育も受けているんだろう。こうやってリーダーとして皆をまとめることにも慣れているようだ。
 もしかしたら、騎士や貴族階級の出身なのかもしれない。
 他にも風と旅の神の司祭の森小人に、妖精族の魔術師、猫人の斥候も一緒だ。

 さすが冒険者、ずいぶんとよりどりみどりな取り合わせだ。これまで都や町でエルヴィラが付き合ってきたのは、ほとんどが人間だった。
 少し新鮮に感じる。

 地図を前に、アールが説明を続ける。

 広げられた羊皮紙を覗き込んで、エルヴィラはそこに付けられた印やメモにさらりと目を通した。
 アライトもテーブルの上で木の実を齧りながら地図を見やり、尻尾をぴくぴくと動かしてエルヴィラに観察の結果を伝えてくる。

 ちらりと栗鼠へと目をやったエルヴィラは、邪魔をするなとばかりに掴み、マントの中へと入れてしまった。
 だが、すぐにもぞもぞ嫌がるように栗鼠は抜け出て、肩の上をちょろちょろ落ち着きなく走り回り始めた。それからエルヴィラの被ったフードの中へと逃げ込んで、ようやくそこに落ち着いたようにおとなしくなる。
 妖精族の魔術師が、そんな栗鼠を微笑ましげに見てくすりと笑う。

 エルヴィラは栗鼠の振る舞いに呆れたとでもいうように軽く肩を竦め、それから地図を指差した。
 今しがた、エルヴィラの耳元でアライトが気になると囁いた印だ。

「これは?」

 掠れた囁き声で尋ねると、アールが「ああ」と頷く。

「そこは既にいろんな冒険者が探索を終えてる遺跡らしい。もともとは、荒れ地のこの近辺を治めていた領主の館じゃないかということだよ」

 地図の一角を囲むように、アールはぐるりと指を滑らせる。

「では、なんでここだけ探索されずに残っていた?」

 こんなに近い場所が探索されてるのに、そこだけが残されてるのは不思議に思えた。

「最近まで埋まってたからなんだよ。少し前の魔法嵐で大地が揺れて、地面が割れたかなんかで入り口が現れたんだ」
「大地が揺れる?」
「そう。この町は平気だったけれど、近くの遺跡を探索中だった冒険者は、かなり肝を冷やしたようだね」

 大地が揺れるほどの魔法嵐なんてあったんだ。
 エルヴィラはごくりと喉を鳴らしてじっと地図を見つめた。

「もしかしたら、もうひと組かふた組くらいは誰かが潜ってるかもしれない。けれど、手付かずの場所はまだ多いと思う」

 エルヴィラはこくりと頷く。
 昔の神殿の跡というなら、その時代に設置された守護者なども残ってるんだろうか。だから、エルヴィラに声がかかったというわけか。
 今いるメンバーだけでは戦士が足りないと考えたのだろう。

 そこへ、コンコンというノックの音が響いた。

「ああ、やっと来たみたいだ」

 地図から顔を上げてアールが頷いた。エルヴィラの後ろで、森小人がとてとてと扉へと向かい、ガチャリと開ける気配がする。

「待ってたよ」

 破顔して声を掛けたアールに、遅れてきた者も笑みを含んだ声で応えた。

「うん、待たせたね」
「――え?」

 その声が耳に入ったとたん、エルヴィラの身体がかちんと固まった。
 心臓がどくどくと、耳鳴りを感じるほどに大きく鼓動を打つ。

「おい、エルヴィラ」

 アライトが耳元で小さく鋭く囁く。
 だが、エルヴィラは振り向けない。

「やあ、戦士ヴィン。ひさしぶり。ここにいるのに連絡をくれないなんて、つれないことをするね」
「ミーケル、ヴィンとは知り合いなのかい?」

 目を丸くするアールに、ミーケルはにっこりと微笑んだ。

「そう、知り合いなんだ。ここで会えてとても嬉しいよ」

 ミーケルは頷いて、相変わらずうごけないままのエルヴィラの背後に立った。
 微笑みはそのままにフードを覗き込んで、もう一度、「ほんとうに、うれしいよ」と繰り返した。
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