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三首竜の町

底に潜むもの

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 アライトはちらりとミーケルを見やると、ち、と舌打ちをして、エルヴィラに飛び掛かった。
 あの闇の中でエルヴィラに何かが起こったのは間違いない。おまけに、それでもこのエルヴィラはエルヴィラ自身である可能性がある。
 殺してはいけない。
 エルヴィラの振るう剣を避けつつ、どうにかして拘束しなければと、アライトはその腕を掴んだ。
 いつものエルヴィラも相当な馬鹿力だが、今日はそれ以上だ。
 本当に、何があったのか。

「王太子! あんた“白金の竜”の末裔なんだろ! その宝剣でなんとかしろよ!」
「なんとかとは――」
「あの中だよ、中になんかあるんだ。おい兄さん! あんたもしっかりしろよ! エルヴィラがこのまんまでいいのかよ!」
「あ……」

 アライトは竜の姿に戻り、なおもがっちりとエルヴィラを拘束し続けた。
 竜に戻って体格差だってあるというのに、少し油断しただけで振り解かれそうなほどの、とてつもない馬鹿力だ。
 アライトには、うっかりひねり潰してしまったら、などと考える余裕もない。

 驚きから立ち直ったのか、ようやくルイス高神官が神術の詠唱を始めた。次に、フィデル魔術師長も魔術の詠唱を開始する。

「“天高く輝ける神の名において、邪なる術よ退け”」
「“大いなる力よ、混沌の海へと還れ”」

 “邪術の解除”の神術と“解呪”の魔術が重ねて掛けられて、闇がほんの少しだけ薄れたように感じる。アルフォンソ王太子は闇の先を見透かすように目を眇めた。
 ミーケルもどうにかリュートを構え、善なる神々へ捧げる聖歌の演奏を始める。
 闇の先には、こごって蠢く影が揺らめいていて……。

「あれのどこが“三首の竜”だよ。どうりで、俺の感覚でも掴めないわけだ」

 エルヴィラを抑え込んだまま、アライトが呟いた。その言葉に、ルイス高神官も頷く。

「竜なんかじゃない、あれは……あれは、堕天じゃないか」
「堕天、だって?」

 ミーケルは瞠目する。
 じゃあ、まさかエルヴィラは、あの闇の中で“邪悪の真髄”に触れてしまったのか?
 ミーケルは蠢く影と取り押えられたエルヴィラを呆然と見比べた。もしそうだというなら、エルヴィラの髪の色が変わってしまったのは――

「殿下、剣を!」

 ファビオ騎士団長に促され、アルフォンソ王太子が宝剣を抜き放った。


 * * *


「宝剣が、鍵だったのか……」



 “大災害”後の混乱を収めるために城跡から持ち出された宝剣が、こんな事態を招くなんて――アルフォンソ王太子は大きく溜息を吐く。
 王族直系の血が絶えた時、過去の記録の大部分も失われてしまった。おそらく、その中に宝剣の役割について書かれたものもあったのだろう。

 抵抗する影をどうにか躱し、抑えて、暗闇の中心、影のわだかまる場所に刻まれた紋様の中心に宝剣を突き立てると、瞬く間に闇は晴れて影は消えた。
 宝剣がもともとここに突き立てられていたことは、すぐに伺えた。
 四代前の王は、なぜここに宝剣が残されていたのか……混乱を収めることばかりが先に立ち、あまり考えなかったのかもしれない。

 それまでずっと重石のように感じていた闇と気配が消えて、ようやく全員がほっと息を吐いた。暴れていたエルヴィラも、まるで魔力が尽きたゴーレムのようにぐったりとしたまま動かなくなった。



「応急処置ですが」

 ルイス高神官が“邪術の解除”と“不浄からの護り”の神術をエルヴィラに掛ける。
 気を失ったエルヴィラの髪の色は相変わらず黒いままで――

「“変容”が起こっている可能性が高いですね」

 淡々とフィデル魔術師長も続ける。

「――変容」

 ミーケルが呆然と呟く。

 “邪悪の真髄”に触れてしまうと、その大きな力の影響を受けて身体や魂がそちらへ大きく引きずられ、変容を起こしてしまうことがある。
 触れた“邪悪の真髄”が強力なものであればあるほど、変容は身体だけに留まらず、魂の深いところにまで及んでしまうのだ。
 伝説には、邪悪なる神に直接触れられた者が、悪魔デヴィルにまで変わってしまったという話もあった。

 “堕天”には神ほどの力などなかったし、封印も完全に解けていたわけではない。だから、魂までは変容していないだろうというのが、ルイス高神官の診立てだ。
 けれど、エルヴィラの目が覚めてみないことには、ほんとうに魂の変容を免れたのかどうかの確定はできない。

 宝剣を突き立てた場に、ルイス高神官の神術による簡易的な結界とフィデル魔術師長の魔術による護りを施して、この場は一旦引き上げることになった。
 本格的な対策は、明日以降となるだろう。
 エルヴィラをアライトの背に乗せて、再び外へ戻るべく、全員が歩き始めた。


 * * *


 エルヴィラはぱちぱちと目を瞬いた。
 何かとても嫌な悪夢にうなされていたみたいだ。
 それから、ふと、ここはどこだろうと気になって周囲に目をやると、枕元に蹲ってた栗鼠が顔を上げた。

「よう、エルヴィラ。目が覚めたか」
「アライト?」

 喉が潰れたかのように酷い声だ。
 けほ、とひとつ咳払いをして声量を落とし、囁くように「ミケは?」と尋ねる。

「ここにいるよ」

 目をやると、ベッドのすぐ横にミーケルが見えた。小さく笑うミーケルの顔を確認して、エルヴィラはほっと息を吐く。

 よかった、無事だった。
 寝かされているところを見ると、自分は無事じゃなかったようだ。けれど身体は痛まないし、この分ならたいしたことなかったんだろう。

「ところで……なあ、エルヴィラ。あんたさ」
「なんだ?」

 おそるおそる、という口調で、アライトが尋ねた。

「見えてるのか?」
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