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三首竜の町

仕事に次ぐ仕事

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 最初こそは混乱したものの、それでもやはり公爵家の用意した警備兵は優秀である。立ち直った後の鎮圧やコトの収拾は、たいへん速やかに行われた。
 そんな警備が、なぜみすみす賊の侵入を許したかは、追々明らかになるだろう。
 ミーケルも吟遊詩人らしく、怯えるご夫人やご令嬢方をにこやかに宥め励まし、必要以上のパニックにならないようにと抑えた。それがまたエルヴィラの気に障って、剣を握る手に必要以上の力がこもる原因となったのだが。



 そして、コトが収まった後も、ミーケルはまだ屋敷に足留めを食っていた。

 招待客には後日こんなことになってしまった詫びをするらしいが、ミーケルは雇われ人だ。
 おそらくは、くれぐれも公爵家の評判を落とすようなことがないようにと個別に口止めをするつもりなのだろう。

「どうも“魅了”の魔術を掛けられた者が数名いたみたいなんだよね」
「じゃ、賊の中に魔術師がいたってことなのか」
「たぶんね。それにさ……アレ」
「――うん」

 ミーケルが指差したのは窓の外。海に張り出した高台の、崩れた王城跡だ。そこには、今日の昼間には無かった棚引くように薄い煙が一筋上がっている。

 あの騒ぎの最中、轟音とともに上がった煙である。原因は不明だが、よくないものなのは間違いないだろう。

「あの賊、まあ考えるまでもなく王太子殿下を狙ってたようだし、あそこに何かあるってことなんじゃない?」
「何か?」

 肩を竦めるミーケルに、エルヴィラは首を傾げる。話がよく見えない。

「順当に考えて、昨日話してた伝説に関わる何かじゃないかなってね」
「しかもさ、よくないほうに関わるなんかだぜ」

 卓上に用意された菓子を齧りながら、栗鼠の姿になったアライトも口を出す。

「なんか、いやーな雰囲気があるんだよ。あそこに。俺の第六感に訴えかけるようなのが。まあ、鈍い人間にはわかんないだろうけどな」
「鈍くて悪かったな」

 エルヴィラは顔を顰めてアライトをじろりと睨みつけた。

 終わったらミーケルといちゃいちゃしたかったのに、どんどん遠くなる。
 もし自分がアライトのように小動物に姿を変えられたら、存分にミーケルに張り付いて離れないのに。

 悶々としたままじっと待たされて、ようやく扉をノックする音が響いた。
 エルヴィラはすぐさまミーケルの座る椅子の後ろへと控えた。アライトもミーケルの袖の中へと姿を隠す。

「失礼します」

 扉を開いて入ってきた者の姿を見て、ミーケルは立ち上がり、深々と一礼する。

「公爵閣下と……確か、騎士団長殿でしたか。それに、王太子殿下まで。
 わざわざこちらにご足労戴くとは、いったい何があったのでしょうか?」

 公爵に先導されるように入ってきたのは、園遊会にも出席していたアルフォンソ王太子だった。では、ファビオ騎士団長は護衛として付いてきたのだろうか。
 エルヴィラは軽く目を瞠った。
 王族がわざわざ出向いてくるなんて、こちらの身分を考えたらありえない。呼び付けるのが普通だ。
 きっと、よほどの何かがあるのだろう。

「吟遊詩人ミーケルだったね。後ろに立つのが君の護衛騎士、エルヴィラか」
「はい、殿下」

 エルヴィラはちらりとミーケルを見やった。いつもの外向きの微笑みを貼り付けた顔からは、何かを伺うことは難しい。

「ひとつ頼みがある。君の護衛騎士を借り受けたい」
「――理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 さすがのミーケルも驚いたのか、少しだけ間が空いた。

「ああ。少し長くなるかもしれない。座ってくれ。エルヴィラもだ」

 アルフォンソ王太子の頼みというのは、やはり昼間の襲撃に関してだった。

 “大災害ディザスター”以降、邪竜神は大きく力を削られたと言われている。
 信者が減り、竜も数を減らし、そのために力を無くしたと。かの悪魔王の策謀で力を奪われたのだと言うものもいるが。
 その邪竜神の信者が目をつけたのが、この町の“三首竜”の伝説だ。
 伝説には三首竜は討たれて滅んだとされるが、そうではなく、単に封じられただけとする説もあるのだ。

「封じられたとするなら、あの城跡だと考えたのだろう。生き残った襲撃者どもは、あの城に眠る封印を解くと言い放ったのだ。
 “三首竜”の解放に必要な王族の血を得るため、ここを襲撃したのだとね」

 アルフォンソ王太子は肩を竦める。

「とんだ与太話かもしれないが、確認が必要だ。それに、あの城跡に集まっている邪神の信者どももどうにかしなければならない。
 信者どもは騎士団がどうにかするにしても、あの煙の元を確認するには中へ降りねばならないだろう。父上が行くわけにいかない以上、それは私の仕事だ」
「それで、エルヴィラの腕を借りたいというわけですか」

 ミーケルはなるほどと頷く。もしかして自分は王太子殿下に貸し出されるのだろうかと、エルヴィラは少し不安げな視線をミーケルへと向ける。

「ああ。まんがいちを想定して、腕の立つものを選んで行く。
 騎士団長であるファビオと魔術師長のフィデル、それと太陽と癒しの神の教会の高神官ルイスはすぐに決まった。あと、騎士を数人選んで連れて行くつもりだが、正直、すぐに出せる騎士の中に腕の立つ者が足りない」

 ふむ、とミーケルが考え込むようすに、エルヴィラはますます眉根を寄せる。
 こうして腕を高く評価してもらえることは嬉しいが、自分はミーケルの護衛騎士なのだ。ミーケルのそばは離れたくない。
 ぐぐ、とエルヴィラの口が小さくへの字に曲がる。

「それで、危険を承知で殿下が行かねばならない理由があるのですか?」
「信者どもの言葉が真実であった場合、宝剣が必要となることは想像に難くない。宝剣が使えるのは王族に限られている……つまり、剣の使える王族として私が出向かねばならないのだよ」
「――ひとつ、条件があります」

 なるほどと首肯して、ミーケルはにっこりと微笑んだ。

「ほう? 条件とは」
「僕も共に行くことをお許し戴きたい」
「ミケ!?」
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