上 下
65 / 152
三首竜の町

伝説と今と

しおりを挟む
 “三首竜の町”の町の名前は、この町の城門に掲げられた紋章と王家の逸話に由来する。

 その昔……“大災害ディザスター”よりも遥かに昔、この付近に悪しき竜族の奉じる“邪竜神”の眷属、三首の竜が現れた。
 三首の竜は何頭もの悪しき竜族を従え、瞬く間にこの大陸の南半分を手中に納めてしまう。そのようすは、まるで南の善きものたちをすべて駆逐してしまうのではないかと思えるほどの勢いだった。

 そこに現れたのが、善き竜の守護者たる“皇竜神”の遣い、白金の竜だ。
 彼は聖なる戦乙女シルウィナとともにこの地に降り立つと、悲しみ嘆くだけだった人びとを叱咤し、バラバラだった善き種族や善き竜たちを纏め上げ、三首の竜に戦いを挑み……ついには三首の竜率いる悪しき竜族の軍勢を滅ぼし、勝利したのである。

「その聖なる戦乙女シルウィナと白金竜プラチナドラゴンの末裔が、この国を治めるゴーティア王家なんだ」
「へえ」

 広場の中央に置かれた“白金の竜と聖なる戦乙女の像”を見上げながらミーケルが話す伝説に、エルヴィラはひたすら感心するのみだった。
 ふふんと笑って、今日は小イタチの姿を取ったアライトが「その時袂を分かった悪しき竜族と善き竜族が、今言うところの悪竜善竜なんだぜ」と偉そうに続ける。

「ちなみに、俺ら青銅竜は、その時最初に白金の竜に付いた一族なんだ」
「意外だ。貴様を見てるととてもそうは思えない」
「ひでえ。こんなに善良な竜捕まえておいて」

 ミーケルの肩の上からアライトが顔を顰める。
 たぶん顰め面なのだろうが、小イタチの顰め面など威嚇してるのかなんなのかよくわからないとエルヴィラは考えた。

「まあともかく、そこからずっと、“大災害”まではこの国も安定してた。
 だけど、“大災害”では、王都とされてたこの町の王城のあたりの破壊がいちばん酷くてね。城の崩壊に巻き込まれた王家の直系の血筋は、すべて失われたと思われたんだ」

 言われて、海に張り出した高台を見る。
 昔はこの町いちばんの景観を誇っていた、美しかったはずの王城の大半は、高台の半分とともに無残に削り取られたようになくなっていた。

「それからが大変さ。国の貴族たちが覇権争いで荒れる荒れる。復興そっちのけでそんなことしてたから、もうこの国は終わるんじゃないかって諦められていた。
 けどね」

 ミーケルがふっと笑う。

「庶民に紛れていた王の庶子が、自分こそが正統な王の末裔だと名乗りを上げた。
 けれど、貴族たちは慌てながらももちろん証拠を見せろと迫る。髪や目の色なんて、いくらでも誤魔化せるしね。
 でも、城跡から見つけ出された“聖なる戦乙女の宝剣”が、彼の血筋が間違いなく王のものだと証明して、ようやく騒ぎが収まったんだ。
 それが、今の4代前の国王さ。
 だから、この国が建て直されてからまだそんなに経ってないんだ」
「宝剣なんてあるのか!」
「君が食いつくのはそこなんだ?」
「え、だって、復興がどうとかよくわからないし……大変そうだなとは思うけど」
「君らしいね」

 英雄譚の部分は頭に入るのに、貴族同士の争いやら町の復興やらは“大変そう”のひと言で終わるんだ、とからかわれて、エルヴィラは膨れる。

 ……それにしても、やっぱり竜の乗り手はかっこいいなと、エルヴィラはもう一度像を見上げた。
 自分だってすぐそばに手頃な竜がいるのだ。乗り手になるのはどうしても諦めきれない。どうやったらこの繊細ぶって面倒なことばかり言ってごねる竜を自分の騎竜にできるだろうかと考える。

「なんか悪寒みたいなのが来た」
「気のせいだろ。竜というのは、そんなに壊れやすい生き物じゃないはずだ」
「あんたが竜以上に乱暴すぎるんだろ」

 ミーケルの陰に隠れてエルヴィラを警戒するアライトに、少しイラッとする。

 自分だってミーケルにくっつきたいんだから、これ見よがしにべたべたするな。アライトが雄竜であるとかは関係ない。くっついていることが問題なのだ。

「今度は殺気が来るんだけど」
「役に立たない小動物の処遇について、少し考えただけだ」
「竜は小動物じゃねえよ!」
「なら“役に立たない”の部分は認めているんだな」

 広場の像の足元に場所を決めたミーケルが、呆れたように溜息を吐く。

「僕の耳元で喧嘩するの、やめてくれないかな」
「ほら、ミケもそう言ってる」
「言ってねえし!」
「どうでもいいけど、仕事の邪魔はしないでくれるかな」

 ぽろんぽろんとリュートの音合わせをしながらもう一度繰り返されて、ようやくふたりは黙った。エルヴィラはいつものようにミーケルの少し後ろに立ち、アライトは肩を降りて足元にうずくまる。

「明日は園遊会ガーデンパーティーにも呼ばれてるんだから、そこで今日みたいなのはやめてくれよ」
「わかってる」
「おう」

 ほんとうに大丈夫なのかな、と呟いて、ミーケルは歌を奏で始めた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

処理中です...