上 下
58 / 152
水路の町

囚われの女騎士

しおりを挟む
 竜に連れて行かれた場所は、町から少し離れた海岸の岩場だった。
 その岩陰にひっそり隠すように、アライトの巣への入り口が開いていた。

「俺の巣穴へようこそ、エルヴィラ」

 そう言って、にいっと目を細める青銅色の竜にものすごく腹が立って、エルヴィラは固い鱗に覆われた前脚に拳を叩きつける。
 さらに腹が立つのは、痛いのは自分の拳だけで竜がますます笑うだけだということか。

「エルヴィラは可愛いなあ。そういう負けん気の強いところ、たまらないね」
「貴様のような変態竜に言われたところで嬉しくもなんともないわ!」

 そんな軽口を叩きつつ、アライトはエルヴィラを抱えたまま長いトンネルをくぐる。奥深く開けた大広間ホールへ到着すると、真ん中に積み上げた“竜の宝物”の山の上に、アライトは落ち着いた。
 それから、ぎりぎり歯ぎしりをしてアライトを罵倒し続けるエルヴィラを、笑いながらその山の上に置いた鳥籠のような檻の中に入れてしまう。

「なんだここは! 私をここに監禁するのか、クソ竜!」
「しばらくの間だけだよ。大丈夫、大切にするから」

 口の端を持ち上げ笑みのような形にしたアライトは、エルヴィラを覗き込んだ。

「何が大切にするだ! すでに大切に扱ってないくせに! 死ね!」
「エルヴィラは口が悪いな。まあ、クラーケンと一騎打ちしたあげく勝つんだから、そのくらいでないとな」

 エルヴィラの入った鳥籠をぐるりと囲うように丸くなって、竜は楽しそうに目を細める。

「ならば貴様もクラーケンのように殺してやろうか! このエルヴィラ・カーリスをそこらの犬猫のように扱った報いを必ず味わわせてやるぞ。後悔させてやる。後悔したままアケロン河三途の川を渡るがいい!」

 まるで呪いの言葉を吐くように低く唸るエルヴィラを、アライトはやっぱりおもしろそうに目を細めて眺めていた。



 巣で待ってる――と言われたって、その巣ってどこだよと、ミーケルは空を見上げた。いったいなんだってこんなことになってるのか。

 慌ててあちこち聞きまわってみれば、あの竜はこの町でなかなかの有名じんだった。有名なだけに、だいたいの巣穴の場所まで知れてる始末だ。竜のくせに油断しすぎなんじゃないか。
 しかも、魚人サハギンが来るたびに現れては、町の防衛戦を助けてくれる“善き竜”というが……善き竜が人を攫っていくってどういうことだと、ミーケルはキリキリ歯を食い縛る。

 自分が前回この町に来たのはだいたい二年くらい前で、あの竜が魚人の襲撃のたびに現れるようになったのが、ここ一年くらい……もうちょっと新しい情報を集めておくべきだった。

 あの身体の大きさと鱗の色合いからして、まだ若い竜だろう。
 たぶん、卵から孵って百年かそこらだ。そのくらいの年齢の成竜になったばかりのころは、自分の全能感に酔いしれて無茶をしがちだという話も聞いている。
 アライトと名乗るあの竜も、きっとこのあたりで自分に敵うものなどいないと驕っているのだろう。
 ミーケルの知る竜とは大違いだ。彼は「竜一頭にできることなど、たかが知れている」と語っていたのに。

 宿の部屋に置いたままのエルヴィラの鎧を無限袋にぽいぽいと入れながら、どうやってあの竜を言いくるめようかと考えた。

 青銅竜ブロンズドラゴンはどちらかと言えば名誉や義理を重んじる竜だ。
 むやみにエルヴィラに危害を加えるようなことはしないだろう……エルヴィラがおとなしくしていれば。無駄に煽って怒らせたら、その限りではないのが心配なところである。
 それに、好奇心も強く、戦いを好む性向も強い。アライトのように人間に紛れて傭兵稼業をやったりするものも多い。
 竜なだけに、プライドは高すぎるくらいに高いはずだ。こっちをたかが人間にしか過ぎないと侮ってもいるだろう。

 なら、“古の約定”に従い、決闘を持ちかけてみるか。

 はぁと溜息を吐いて、けれど決闘と言ったってどうすれば、と、また考える。

 ミーケルもそこそこ戦えはするが、所詮そこそこどまりだ。
 とてもじゃないが、エルヴィラのようにクラーケンと一騎打ちなんて無茶はできない。あの竜を相手に決闘なんて、それこそ戦士や騎士の仕事だろう。

「ああもう、まさか竜に目をつけられるなんて」

 思い返せば、海から戻ったエルヴィラが興奮して言ってたではないか。
 “竜に褒められた”と。
 そこで既に目をつけられていたということか。
 相手が青銅竜だなんて、よほどの戦いぶりだったんだろう。さすが脳筋と言うべきか。でなきゃ、クラーケンを一騎打ちで仕留めるなんて真似、できるわけがない。

 とにかく、自分の知る青銅竜の性質と、少し話して伺えたアライトの性格をかんがみて、どうにかしてエルヴィラを解放するよう、言いくるめる方法を考えなければ。
 大急ぎで荷物を整えて、ミーケルはアライトの巣穴へと向かう。

 太陽が地平に沈もうとする頃、ようやく巣穴の入り口を見つけて、ミーケルはひと息吐いた。じっと耳を澄ませると、吹き抜ける潮風に混じって微かに誰かの話す声が聞こえる。アライトとエルヴィラだろうか。
 なら、エルヴィラはまだ無事だということだろう。
 安堵にもう一度息を吐いて、ミーケルは穴の中へと足を踏み入れた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...