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水路の町
魚人、許すまじ
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簡単に身体を清めて、エルヴィラは外へ出る準備を始める。
「魚人め。このエルヴィラ・カーリスの邪魔をするとは、戦神の猛き御名と輝ける太陽にかけて、生かしては返さん」
身体の奥で燻るやり場のない興奮をいったいどうぶつけてくれようかと考えながら、エルヴィラは次々鎧をつけていく。
早く始末してミーケルと続きをしたい。
本音を言えば、外の騒ぎなんて放っておきたい。せっかく、ミーケルから誘われたのだ。心ゆくまでじっくりと、ミーケルとのいちゃいちゃを堪能したい。
けれど、騎士としての矜持がそれを許さない。
魚人が暴れているなら、前線でそれに立ち向かい、戦えない者を助けるのが騎士の役目なのだから。
それでも、中断してしまったミーケルとの“暇つぶし”をエルヴィラは思い返し――目を潤ませつつ、ミーケルとの約束に思いを馳せる。
「魚人なんかさっさとやって、またミケといちゃいちゃするんだ。絶対するんだ」
エルヴィラは、決意も新たにぎゅっと拳を握りしめた。
“飛空”の魔法薬をひと息に飲んだエルヴィラは、さっそく窓から空へと浮かび上がった。
そのまま高みからぐるりと見回して、いちばんの騒ぎになっている場所を探す。
そのすぐ後には、ミーケルも上がってきた。
「ああ、やっぱり海側が大変みたいだね」
ミーケルが指差した方向に目を凝らすと、確かに多くの武装船が出て戦いが始まっているようだ。
「よし、あっちだな」
「たぶん、今回も率いてるやつがいると思うよ。そいつを叩けば、すぐ引いていくんじゃないかな」
「そうなのか?」
振り返るエルヴィラに、「そうだよ」とミーケルは頷いた。
「でも、率いてるのが魚人とは限らないこともあるから、気をつけて」
「わかった」
一直線に飛んで行くエルヴィラの後を追いながら、ミーケルは慌てて付け足す。
「いくら魔道具があるからって、うかつに水に入るんじゃないよ」
「わかった」
脇目も振らず突進していくエルヴィラの姿に、ほんとうにわかっているのかと、ミーケルは少し心配になった。
水中を自在に泳ぎ回る魚人を相手に水上で戦うのはとんでもなく不利だ。
水の中から船に穴を開けさえすれば簡単に船は沈むし、人間は水の中では身動きどころか呼吸さえままならない。
ちょっと引きずり込んでしばらく押さえていれば、それだけで死んでしまう。
河口から海にかけて、そんな船や人間がたくさん浮かんでいた。町の魔術師や居合わせた冒険者が善戦しているようだが、魚人の数もまだまだ多い。
「ずいぶんいるね」
「そうなのか?」
「大潮に乗って、大軍で略奪に来たのかもしれない」
「そんなことするのか……」
船に取り付き、三又槍を振りかざす魚人が見える。町のものたちがそれに応戦しているが、魚人は次々と船へと取り付いていく。
「でも、おかしいな」
「何がだ?」
「この町は人魚たちと協定を結んでいるはずなのに、人魚が来ていない」
戦場を見回したミーケルが呟く。つられてエルヴィラも見回すが、確かに水中にも水上にもそれらしき姿はまったく見えない。
「たしかに、全然いないぞ」
ミーケルは「嫌な感じだな」と顔を顰める。その間にも魚人たちが傍若無人に暴れ回り、また船がひとつ沈む。
エルヴィラは、く、と唇を噛んだ。
「とにかく助太刀してくる。
ミケは人魚が来ない原因とか親玉とかがわかったら教えてくれ」
原因がわかったらどうするのかという質問も聞かず、エルヴィラはあっという間に戦場へと突っ込んでいった。
猪突猛進というのはああいうのを言うんだなと、ミーケルは実感する。
「なんとなく考えてることはわかるけど、そこまでする義理があるのかな」
ミーケルは小さく肩を竦めて、空中にとどまったままリュートを構えた。
「“これなるは深淵なる海の底より浮かび上がりし魔のものを退じた、かの英雄パシアスの勲なり”」
リュートを爪弾き、すう、と大きく息を吸って朗々とした声を張り上げる。
英雄を讃える歌に詩人の魔法を乗せる。
ミーケルの声は風に乗り、人々の耳へと届く。
まるで歌に勇気付けられたように、戦うものたちの腕に力がこもる。
詩人の魔法は、基本的に聞く人々の力を底上げするようなものばかりだ。
詩人ひとりでは、もちろんたいした働きはできない。力を尽くすひとがたくさんいてこそ、詩人の力も大きく発揮できるというものだ。
上空で歌いながら、ミーケルは視線を巡らせて周囲を観察する。
人魚が現れないのには、何か理由があるはずだし、どこかにこいつらの指揮を取るものがいるはずだ。
――ふと、さらに遠方の、海の上に浮き上がった妙な船か筏のようなものに目が行った。すでに幾人かがそこへと向かっているようだ。
ミーケルはリュートを爪弾く手は止めず、船乗りたちに混ざって戦うエルヴィラのそばへと降りる。
「エルヴィラ、海のほうだ。そっちに何かあった」
「何?」
「誰かか向かってるようだけど、どうにも旗色が悪そうだった」
向かってくる魚人を切り捨てて、エルヴィラはふわりと宙に浮き上がる。
「よし、なら、そっちへ行ってくる!」
ミーケルがそれ以上何か言う間もなく、エルヴィラは矢のように飛び去ってしまう。
「――ああもう」
ミーケルはひとつ溜息を吐いて、エルヴィラの後を追った。
*****
魚人
魚の胴体に人間のような手足の半魚人みたいな種族。
たいてい、もっと悪くて強い海棲生物の手下をやっている。
人魚
上半身が人間、下半身が魚。男ならマーマンだし女ならマーメイドと呼ばれるお馴染みの種族。
「魚人め。このエルヴィラ・カーリスの邪魔をするとは、戦神の猛き御名と輝ける太陽にかけて、生かしては返さん」
身体の奥で燻るやり場のない興奮をいったいどうぶつけてくれようかと考えながら、エルヴィラは次々鎧をつけていく。
早く始末してミーケルと続きをしたい。
本音を言えば、外の騒ぎなんて放っておきたい。せっかく、ミーケルから誘われたのだ。心ゆくまでじっくりと、ミーケルとのいちゃいちゃを堪能したい。
けれど、騎士としての矜持がそれを許さない。
魚人が暴れているなら、前線でそれに立ち向かい、戦えない者を助けるのが騎士の役目なのだから。
それでも、中断してしまったミーケルとの“暇つぶし”をエルヴィラは思い返し――目を潤ませつつ、ミーケルとの約束に思いを馳せる。
「魚人なんかさっさとやって、またミケといちゃいちゃするんだ。絶対するんだ」
エルヴィラは、決意も新たにぎゅっと拳を握りしめた。
“飛空”の魔法薬をひと息に飲んだエルヴィラは、さっそく窓から空へと浮かび上がった。
そのまま高みからぐるりと見回して、いちばんの騒ぎになっている場所を探す。
そのすぐ後には、ミーケルも上がってきた。
「ああ、やっぱり海側が大変みたいだね」
ミーケルが指差した方向に目を凝らすと、確かに多くの武装船が出て戦いが始まっているようだ。
「よし、あっちだな」
「たぶん、今回も率いてるやつがいると思うよ。そいつを叩けば、すぐ引いていくんじゃないかな」
「そうなのか?」
振り返るエルヴィラに、「そうだよ」とミーケルは頷いた。
「でも、率いてるのが魚人とは限らないこともあるから、気をつけて」
「わかった」
一直線に飛んで行くエルヴィラの後を追いながら、ミーケルは慌てて付け足す。
「いくら魔道具があるからって、うかつに水に入るんじゃないよ」
「わかった」
脇目も振らず突進していくエルヴィラの姿に、ほんとうにわかっているのかと、ミーケルは少し心配になった。
水中を自在に泳ぎ回る魚人を相手に水上で戦うのはとんでもなく不利だ。
水の中から船に穴を開けさえすれば簡単に船は沈むし、人間は水の中では身動きどころか呼吸さえままならない。
ちょっと引きずり込んでしばらく押さえていれば、それだけで死んでしまう。
河口から海にかけて、そんな船や人間がたくさん浮かんでいた。町の魔術師や居合わせた冒険者が善戦しているようだが、魚人の数もまだまだ多い。
「ずいぶんいるね」
「そうなのか?」
「大潮に乗って、大軍で略奪に来たのかもしれない」
「そんなことするのか……」
船に取り付き、三又槍を振りかざす魚人が見える。町のものたちがそれに応戦しているが、魚人は次々と船へと取り付いていく。
「でも、おかしいな」
「何がだ?」
「この町は人魚たちと協定を結んでいるはずなのに、人魚が来ていない」
戦場を見回したミーケルが呟く。つられてエルヴィラも見回すが、確かに水中にも水上にもそれらしき姿はまったく見えない。
「たしかに、全然いないぞ」
ミーケルは「嫌な感じだな」と顔を顰める。その間にも魚人たちが傍若無人に暴れ回り、また船がひとつ沈む。
エルヴィラは、く、と唇を噛んだ。
「とにかく助太刀してくる。
ミケは人魚が来ない原因とか親玉とかがわかったら教えてくれ」
原因がわかったらどうするのかという質問も聞かず、エルヴィラはあっという間に戦場へと突っ込んでいった。
猪突猛進というのはああいうのを言うんだなと、ミーケルは実感する。
「なんとなく考えてることはわかるけど、そこまでする義理があるのかな」
ミーケルは小さく肩を竦めて、空中にとどまったままリュートを構えた。
「“これなるは深淵なる海の底より浮かび上がりし魔のものを退じた、かの英雄パシアスの勲なり”」
リュートを爪弾き、すう、と大きく息を吸って朗々とした声を張り上げる。
英雄を讃える歌に詩人の魔法を乗せる。
ミーケルの声は風に乗り、人々の耳へと届く。
まるで歌に勇気付けられたように、戦うものたちの腕に力がこもる。
詩人の魔法は、基本的に聞く人々の力を底上げするようなものばかりだ。
詩人ひとりでは、もちろんたいした働きはできない。力を尽くすひとがたくさんいてこそ、詩人の力も大きく発揮できるというものだ。
上空で歌いながら、ミーケルは視線を巡らせて周囲を観察する。
人魚が現れないのには、何か理由があるはずだし、どこかにこいつらの指揮を取るものがいるはずだ。
――ふと、さらに遠方の、海の上に浮き上がった妙な船か筏のようなものに目が行った。すでに幾人かがそこへと向かっているようだ。
ミーケルはリュートを爪弾く手は止めず、船乗りたちに混ざって戦うエルヴィラのそばへと降りる。
「エルヴィラ、海のほうだ。そっちに何かあった」
「何?」
「誰かか向かってるようだけど、どうにも旗色が悪そうだった」
向かってくる魚人を切り捨てて、エルヴィラはふわりと宙に浮き上がる。
「よし、なら、そっちへ行ってくる!」
ミーケルがそれ以上何か言う間もなく、エルヴィラは矢のように飛び去ってしまう。
「――ああもう」
ミーケルはひとつ溜息を吐いて、エルヴィラの後を追った。
*****
魚人
魚の胴体に人間のような手足の半魚人みたいな種族。
たいてい、もっと悪くて強い海棲生物の手下をやっている。
人魚
上半身が人間、下半身が魚。男ならマーマンだし女ならマーメイドと呼ばれるお馴染みの種族。
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