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聖女の町
エルヴィラの戦績は
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エルヴィラは、意を決して直接攻撃へと転身することに決めた。
女は度胸だと、いつか読んだロマンス小説にも書いてあったじゃないか。
「さ、サイラス殿には、その……決まったお相手はいるのだろうか」
「はい?」
いきなりの質問にサイラスが目を丸くするが、エルヴィラは必死に言葉を繋ぐ。
「そ、その、サイラス殿はとても紳士だし、それにお強いし……なんというか、その、とても人気がおありなのではないかと思って」
「いや、それは買いかぶりですよ」
はははとサイラスは笑ってのける。
「そんなはずは……」
もし本当に誰も決まった人がいないというなら、自分がそこに――勝利の予感に、エルヴィラはごくりと喉を鳴らした。
「で、でも、サイラス殿、それなら、その、私が、その、あなたの決まった人に立候補しても、いい――」
もじもじと、どうにか将来を考えたお付き合いをしたいと伝えようと、エルヴィラは懸命に言葉を探す。
が。
「あなたのは、ただの憧れですよ」
相変わらずの笑顔のまま、けれど、そこに困惑を滲ませて、サイラスは断言する。
「そ、そんなこと……」
「会って昨日今日という短い間に――ということなどあり得ないとは言いませんが、あなたのは違うでしょう?」
違う? 何が違うのだろう。
エルヴィラは呆然とサイラスの言葉を待つ。
「それがわかるくらいには、私も人生経験を積んでいるつもりですが」
「そんな」
苦笑するサイラスに、エルヴィラはただただ愕然としま。どうしてそうじゃないとはっきり言い返せないのか。
「あなたは――思ったのですが、あなたの理想とする騎士像を、私に重ねているのではありませんか?」
「騎士像?」
騎士像。
理想の男性像でもなく、騎士像を?
「間違っていたら申し訳ないが、私にはそう感じられたのですよ」
「そ、んな」
男性への憧れですらなく、単なる理想の騎士への憧れ?
これが?
サイラスのふんわりとした微笑みに抉られて、エルヴィラは心臓から血が流れてるみたいだと感じていた。
違うと言いたいのに言葉が出てこない。
「そんな、はず――」
「エルヴィラ殿、カーリス家で、たぶんあなたは大事に、けれどまずは高潔な騎士たれと育てられてきたのではないですか?
あるべき騎士像を刷り込まれて、そうあれと」
そうなのだろうか。
よくわからない。
「あなたはまだ若いのだし、せっかく吟遊詩人殿の護衛騎士となったのです。周りをよく見て、もっといろいろな経験を積むといい」
「は……い……」
苦しくて死にそうだ。
なのに、これは本当の恋じゃないのか。
じゃあ、本当のって何だ?
ばたんと扉が開閉し、「ん?」とミーケルが顔を上げると、エルヴィラの背中が控えの間に消えるところだった。
「ちょ、どうしたの」
少し慌ててミーケルは後を追う。これはつまり失敗したのだろうなと考えながら。
狭く暗い部屋の中で、エルヴィラは俯いたままじっと佇んでいた。
ちらりと確認して、ミーケルは部屋に置いてある蝋燭に火を灯した。小さな灯りが揺らめきながら、部屋の中をほんのりと明るくする。
「へえ、使わなかったのか」
ミーケルは驚いたように卓上の瓶に視線を止めた。中身は入ったままだ。
「使えなかった」
ぽそりと小さく呟くエルヴィラに、ミーケルはわずかに目を瞠る。
「どうして?」
「なんか、私のは、違うからって、言われた」
「ふうん?」
しょぼしょぼと項垂れるエルヴィラの言葉を受けて、ミーケルはまじまじとその顔を見つめた。何が違うと言われたのかは知らないが、それなら。
「じゃ、諦めるんだ?」
「う……、諦め……うっ」
握られたエルヴィラの手が、微かに震える。
なんだかんだ、実は彼女なりに本気だったのかなとミーケルは少し笑んで、掛けるべき言葉を探した。
「エルヴィラ……」
「うう……本物じゃないって、じゃ、何が――っ」
「え?」
「もう、もう……わかんないっ!」
目に涙を溜めたまま、エルヴィラはいきなり卓上から瓶を掴み上げて乱暴に蓋を取り払う。
瓶から薔薇のように芳しい甘い香りが漂いだす。
「な、何する――!?」
止める間もなく、エルヴィラはそれをひと息にあおってしまった。
「ちょ、ちょ、待て――待てうわこっち見るな!」
慌てて隠れようと身を翻したが、一瞬遅かった。ミーケルが背を向けるよりも一瞬早く、顔を上げたエルヴィラと目が合ってしまったのだ。
「あ」
たちまちかあっと真っ赤になったエルヴィラが、わなわなと震えだす。
ミーケルは思わず身構えて、万が一ここで襲いかかられた時には、どうやって逃げ出そうかと考えた。
だが、そんなミーケルをよそに、エルヴィラはそのまま部屋を出て走り去る。
「――え?」
ミーケルは呆然と、開け放たれたままの扉をただ見つめた。
「初戦敗退で逆ギレ……か? なんだそれ」
女は度胸だと、いつか読んだロマンス小説にも書いてあったじゃないか。
「さ、サイラス殿には、その……決まったお相手はいるのだろうか」
「はい?」
いきなりの質問にサイラスが目を丸くするが、エルヴィラは必死に言葉を繋ぐ。
「そ、その、サイラス殿はとても紳士だし、それにお強いし……なんというか、その、とても人気がおありなのではないかと思って」
「いや、それは買いかぶりですよ」
はははとサイラスは笑ってのける。
「そんなはずは……」
もし本当に誰も決まった人がいないというなら、自分がそこに――勝利の予感に、エルヴィラはごくりと喉を鳴らした。
「で、でも、サイラス殿、それなら、その、私が、その、あなたの決まった人に立候補しても、いい――」
もじもじと、どうにか将来を考えたお付き合いをしたいと伝えようと、エルヴィラは懸命に言葉を探す。
が。
「あなたのは、ただの憧れですよ」
相変わらずの笑顔のまま、けれど、そこに困惑を滲ませて、サイラスは断言する。
「そ、そんなこと……」
「会って昨日今日という短い間に――ということなどあり得ないとは言いませんが、あなたのは違うでしょう?」
違う? 何が違うのだろう。
エルヴィラは呆然とサイラスの言葉を待つ。
「それがわかるくらいには、私も人生経験を積んでいるつもりですが」
「そんな」
苦笑するサイラスに、エルヴィラはただただ愕然としま。どうしてそうじゃないとはっきり言い返せないのか。
「あなたは――思ったのですが、あなたの理想とする騎士像を、私に重ねているのではありませんか?」
「騎士像?」
騎士像。
理想の男性像でもなく、騎士像を?
「間違っていたら申し訳ないが、私にはそう感じられたのですよ」
「そ、んな」
男性への憧れですらなく、単なる理想の騎士への憧れ?
これが?
サイラスのふんわりとした微笑みに抉られて、エルヴィラは心臓から血が流れてるみたいだと感じていた。
違うと言いたいのに言葉が出てこない。
「そんな、はず――」
「エルヴィラ殿、カーリス家で、たぶんあなたは大事に、けれどまずは高潔な騎士たれと育てられてきたのではないですか?
あるべき騎士像を刷り込まれて、そうあれと」
そうなのだろうか。
よくわからない。
「あなたはまだ若いのだし、せっかく吟遊詩人殿の護衛騎士となったのです。周りをよく見て、もっといろいろな経験を積むといい」
「は……い……」
苦しくて死にそうだ。
なのに、これは本当の恋じゃないのか。
じゃあ、本当のって何だ?
ばたんと扉が開閉し、「ん?」とミーケルが顔を上げると、エルヴィラの背中が控えの間に消えるところだった。
「ちょ、どうしたの」
少し慌ててミーケルは後を追う。これはつまり失敗したのだろうなと考えながら。
狭く暗い部屋の中で、エルヴィラは俯いたままじっと佇んでいた。
ちらりと確認して、ミーケルは部屋に置いてある蝋燭に火を灯した。小さな灯りが揺らめきながら、部屋の中をほんのりと明るくする。
「へえ、使わなかったのか」
ミーケルは驚いたように卓上の瓶に視線を止めた。中身は入ったままだ。
「使えなかった」
ぽそりと小さく呟くエルヴィラに、ミーケルはわずかに目を瞠る。
「どうして?」
「なんか、私のは、違うからって、言われた」
「ふうん?」
しょぼしょぼと項垂れるエルヴィラの言葉を受けて、ミーケルはまじまじとその顔を見つめた。何が違うと言われたのかは知らないが、それなら。
「じゃ、諦めるんだ?」
「う……、諦め……うっ」
握られたエルヴィラの手が、微かに震える。
なんだかんだ、実は彼女なりに本気だったのかなとミーケルは少し笑んで、掛けるべき言葉を探した。
「エルヴィラ……」
「うう……本物じゃないって、じゃ、何が――っ」
「え?」
「もう、もう……わかんないっ!」
目に涙を溜めたまま、エルヴィラはいきなり卓上から瓶を掴み上げて乱暴に蓋を取り払う。
瓶から薔薇のように芳しい甘い香りが漂いだす。
「な、何する――!?」
止める間もなく、エルヴィラはそれをひと息にあおってしまった。
「ちょ、ちょ、待て――待てうわこっち見るな!」
慌てて隠れようと身を翻したが、一瞬遅かった。ミーケルが背を向けるよりも一瞬早く、顔を上げたエルヴィラと目が合ってしまったのだ。
「あ」
たちまちかあっと真っ赤になったエルヴィラが、わなわなと震えだす。
ミーケルは思わず身構えて、万が一ここで襲いかかられた時には、どうやって逃げ出そうかと考えた。
だが、そんなミーケルをよそに、エルヴィラはそのまま部屋を出て走り去る。
「――え?」
ミーケルは呆然と、開け放たれたままの扉をただ見つめた。
「初戦敗退で逆ギレ……か? なんだそれ」
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