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聖女の町
このまま勢いで押して……
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「で、首尾はどうだったの」
「あ、明日、食事の約束を、した」
悪党を一網打尽にし、もろもろの収拾がついたところで領主家を辞して宿に戻ると、ミーケルは開口一番そう尋ねた。
紅潮した顔でふわふわ覚束ない足取りの、どこか夢見心地のエルヴィラは、まだ信じられない心持ちだった。
あの悪党どもからたったひと太刀の擦り傷を受けてしまったことが、こんな結果に繋がるなんて。
サイラスは聖騎士の癒しの技で傷を治してくれたうえに、念のためにと“解毒”の魔法薬までも使ってくれたのだ。
なんという優しいひとだろうか。
これは絶対脈があるに違いない。
エルヴィラの野生の勘がそう言ってる。
ミーケルは、目にハート形を浮かべたようなエルヴィラに大きな溜息を吐いた。
なんでここで溜息なのか、解せぬ。
という顔のエルヴィラが、ミーケルを見上げる。
「じゃあ、明日に備えて最終手段を渡しておこうか」
「最終手段?」
訝しむエルヴィラに仰々しく頷いたミーケルが、服の隠しから取り出したのは、手のひらに隠せるくらいの小さな瓶だった。
中にはほんのり薔薇色の液体が揺れている。
「これは?」
「俗にいう“惚れ薬”。正式名称は“恋の秘薬”。これを飲むと最初に見た相手に惚れるという、正真正銘の魔法薬だ」
「な……なん、だと」
不思議そうに首を傾げていたエルヴィラの目が、驚愕に見開かれる。
そういう薬があると噂には聞いたことがあった。
しかし、実物を目にするのは初めてだ。
「君がどんな手段を取ってでもと思うなら、これを使うといい」
「う……」
震える手で受け取って、エルヴィラはじいっと瓶に見入った。
これを使えば、サイラスは――
「ただ、ひとつ注意をしておくと、それは万能じゃない」
「え?」
「永遠には続かないってことだ。
そうだね、聖騎士には神の加護もあるから、効果が続くのは長くても十日ってところだろう。その間に彼を本当に落とせば君の勝ちだ」
「本当に落とす?」
「“恋は一瞬、愛は永遠”って言うだろう?
これは、いっときだけ仮の恋に落とす薬でしかない。その効果が続いている間に、恋を愛に変えることができれば君の勝利というわけだ」
恋と愛。
何が違うのかよくわからない。
だが、ミーケルがそう言うのだから、きっと違うものなんだろう。
「なんとなく、わかったと思う」
「じゃ、健闘を祈る」
エルヴィラが本当に手段を選ばないかどうかはわからない。
だがこれで決まってくれればミーケルにはうれしい限りだ。この面倒くさい女騎士とは晴れておさらばし、自由を満喫できる。
できれば決まってほしい。
ミーケルは結構切に願っていた。
* * *
「あ、あの、お待たせ、しました」
翌日、約束の場所へと赴くと、既にサイラスが待っていた。教会の騎士服ではないから、おそらく平服なのだろう。エルヴィラも普段の騎士服とは違う、簡素だが身体にぴったりしたワンピースだ。
例によって、ミーケルから「ごてごて飾りすぎ気合の入れすぎは、普通に引くからやめろ」という指導が入っての選択である。
「いえ、私も先ほど来たばかりですから。
ではどこへ行きましょうか。何か希望はありますか?」
あくまでも紳士的ににこやかに微笑むサイラスが眩しくて直視できず、ついついエルヴィラは視線を逸らしてしまう。
「ええと、その、ク……主人から、聞いていたところがあって、そこが、いいかと――」
「エルヴィラ殿、畏まった話し方がし辛いのでしたら、普段通りに話してくださって構いませんよ」
「え、えっ! そ、そんな、ことは……その、主人の評判がって、怒られる、し」
「私はそんなことは思いませんから、大丈夫です」
微笑みとともにそんなことを言われて、ぼん、とエルヴィラの顔が真っ赤になる。
どうしよう、サイラスが紳士過ぎてときめきが止まらない。今からこんなにばくばくしてて、心臓が保つのだろうか。
サイラスは、そんなエルヴィラを微笑ましそうに眺める。
「あ、では、その、お言葉に甘えて……」
こくこくと頷きながら、やっぱりサイラスは大人でカッコイイひとだと、エルヴィラは感激していた。
もしかしたら、ベルナルドよりも素敵かもしれない。
そうこうするうちに目当ての店へと辿り着いた。
扉をくぐり、案内された席へと座る。
それから供された料理を楽しみ、おしゃべりを楽しみ……エルヴィラは夢の中にいるようだった。
やっぱりサイラスが自分の運命の人なんだ――ぼうっとなった頭のまま、エルヴィラはそんなことまで考える。
この幸せな気持ち。
まるでベルナルドと言葉を交わせた時のようではなかろうか。
ならばこの勢いに乗って――!
「あ、明日、食事の約束を、した」
悪党を一網打尽にし、もろもろの収拾がついたところで領主家を辞して宿に戻ると、ミーケルは開口一番そう尋ねた。
紅潮した顔でふわふわ覚束ない足取りの、どこか夢見心地のエルヴィラは、まだ信じられない心持ちだった。
あの悪党どもからたったひと太刀の擦り傷を受けてしまったことが、こんな結果に繋がるなんて。
サイラスは聖騎士の癒しの技で傷を治してくれたうえに、念のためにと“解毒”の魔法薬までも使ってくれたのだ。
なんという優しいひとだろうか。
これは絶対脈があるに違いない。
エルヴィラの野生の勘がそう言ってる。
ミーケルは、目にハート形を浮かべたようなエルヴィラに大きな溜息を吐いた。
なんでここで溜息なのか、解せぬ。
という顔のエルヴィラが、ミーケルを見上げる。
「じゃあ、明日に備えて最終手段を渡しておこうか」
「最終手段?」
訝しむエルヴィラに仰々しく頷いたミーケルが、服の隠しから取り出したのは、手のひらに隠せるくらいの小さな瓶だった。
中にはほんのり薔薇色の液体が揺れている。
「これは?」
「俗にいう“惚れ薬”。正式名称は“恋の秘薬”。これを飲むと最初に見た相手に惚れるという、正真正銘の魔法薬だ」
「な……なん、だと」
不思議そうに首を傾げていたエルヴィラの目が、驚愕に見開かれる。
そういう薬があると噂には聞いたことがあった。
しかし、実物を目にするのは初めてだ。
「君がどんな手段を取ってでもと思うなら、これを使うといい」
「う……」
震える手で受け取って、エルヴィラはじいっと瓶に見入った。
これを使えば、サイラスは――
「ただ、ひとつ注意をしておくと、それは万能じゃない」
「え?」
「永遠には続かないってことだ。
そうだね、聖騎士には神の加護もあるから、効果が続くのは長くても十日ってところだろう。その間に彼を本当に落とせば君の勝ちだ」
「本当に落とす?」
「“恋は一瞬、愛は永遠”って言うだろう?
これは、いっときだけ仮の恋に落とす薬でしかない。その効果が続いている間に、恋を愛に変えることができれば君の勝利というわけだ」
恋と愛。
何が違うのかよくわからない。
だが、ミーケルがそう言うのだから、きっと違うものなんだろう。
「なんとなく、わかったと思う」
「じゃ、健闘を祈る」
エルヴィラが本当に手段を選ばないかどうかはわからない。
だがこれで決まってくれればミーケルにはうれしい限りだ。この面倒くさい女騎士とは晴れておさらばし、自由を満喫できる。
できれば決まってほしい。
ミーケルは結構切に願っていた。
* * *
「あ、あの、お待たせ、しました」
翌日、約束の場所へと赴くと、既にサイラスが待っていた。教会の騎士服ではないから、おそらく平服なのだろう。エルヴィラも普段の騎士服とは違う、簡素だが身体にぴったりしたワンピースだ。
例によって、ミーケルから「ごてごて飾りすぎ気合の入れすぎは、普通に引くからやめろ」という指導が入っての選択である。
「いえ、私も先ほど来たばかりですから。
ではどこへ行きましょうか。何か希望はありますか?」
あくまでも紳士的ににこやかに微笑むサイラスが眩しくて直視できず、ついついエルヴィラは視線を逸らしてしまう。
「ええと、その、ク……主人から、聞いていたところがあって、そこが、いいかと――」
「エルヴィラ殿、畏まった話し方がし辛いのでしたら、普段通りに話してくださって構いませんよ」
「え、えっ! そ、そんな、ことは……その、主人の評判がって、怒られる、し」
「私はそんなことは思いませんから、大丈夫です」
微笑みとともにそんなことを言われて、ぼん、とエルヴィラの顔が真っ赤になる。
どうしよう、サイラスが紳士過ぎてときめきが止まらない。今からこんなにばくばくしてて、心臓が保つのだろうか。
サイラスは、そんなエルヴィラを微笑ましそうに眺める。
「あ、では、その、お言葉に甘えて……」
こくこくと頷きながら、やっぱりサイラスは大人でカッコイイひとだと、エルヴィラは感激していた。
もしかしたら、ベルナルドよりも素敵かもしれない。
そうこうするうちに目当ての店へと辿り着いた。
扉をくぐり、案内された席へと座る。
それから供された料理を楽しみ、おしゃべりを楽しみ……エルヴィラは夢の中にいるようだった。
やっぱりサイラスが自分の運命の人なんだ――ぼうっとなった頭のまま、エルヴィラはそんなことまで考える。
この幸せな気持ち。
まるでベルナルドと言葉を交わせた時のようではなかろうか。
ならばこの勢いに乗って――!
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