上 下
15 / 152
聖女の町

このまま勢いで押して……

しおりを挟む
「で、首尾はどうだったの」
「あ、明日、食事の約束を、した」

 悪党を一網打尽にし、もろもろの収拾がついたところで領主家を辞して宿に戻ると、ミーケルは開口一番そう尋ねた。

 紅潮した顔でふわふわ覚束ない足取りの、どこか夢見心地のエルヴィラは、まだ信じられない心持ちだった。
 あの悪党どもからたったひと太刀の擦り傷を受けてしまったことが、こんな結果に繋がるなんて。

 サイラスは聖騎士の癒しの技で傷を治してくれたうえに、念のためにと“解毒”の魔法薬までも使ってくれたのだ。
 なんという優しいひとだろうか。
 これは絶対脈があるに違いない。
 エルヴィラの野生の勘がそう言ってる。

 ミーケルは、目にハート形を浮かべたようなエルヴィラに大きな溜息を吐いた。

 なんでここで溜息なのか、解せぬ。
 という顔のエルヴィラが、ミーケルを見上げる。

「じゃあ、明日に備えて最終手段を渡しておこうか」
「最終手段?」

 訝しむエルヴィラに仰々しく頷いたミーケルが、服の隠しから取り出したのは、手のひらに隠せるくらいの小さな瓶だった。
 中にはほんのり薔薇色の液体が揺れている。

「これは?」
「俗にいう“惚れ薬ラブ・ポーション”。正式名称は“恋の秘薬エリクサー・オブ・ラブ”。これを飲むと最初に見た相手に惚れるという、正真正銘の魔法薬だ」
「な……なん、だと」

 不思議そうに首を傾げていたエルヴィラの目が、驚愕に見開かれる。
 そういう薬があると噂には聞いたことがあった。
 しかし、実物を目にするのは初めてだ。

「君がどんな手段を取ってでもと思うなら、これを使うといい」
「う……」

 震える手で受け取って、エルヴィラはじいっと瓶に見入った。
 これを使えば、サイラスは――

「ただ、ひとつ注意をしておくと、それは万能じゃない」
「え?」
「永遠には続かないってことだ。
 そうだね、聖騎士には神の加護もあるから、効果が続くのは長くても十日ってところだろう。その間に彼を本当に落とせば君の勝ちだ」
「本当に落とす?」
「“恋は一瞬、愛は永遠”って言うだろう?
 これは、いっときだけ仮の恋に落とす薬でしかない。その効果が続いている間に、恋を愛に変えることができれば君の勝利というわけだ」

 恋と愛。
 何が違うのかよくわからない。
 だが、ミーケルがそう言うのだから、きっと違うものなんだろう。

「なんとなく、わかったと思う」
「じゃ、健闘を祈る」

 エルヴィラが本当に手段を選ばないかどうかはわからない。
 だがこれで決まってくれればミーケルにはうれしい限りだ。この面倒くさい女騎士とは晴れておさらばし、自由を満喫できる。
 できれば決まってほしい。
 ミーケルは結構切に願っていた。


 * * *


「あ、あの、お待たせ、しました」

 翌日、約束の場所へと赴くと、既にサイラスが待っていた。教会の騎士服ではないから、おそらく平服なのだろう。エルヴィラも普段の騎士服とは違う、簡素だが身体にぴったりしたワンピースだ。
 例によって、ミーケルから「ごてごて飾りすぎ気合の入れすぎは、普通に引くからやめろ」という指導が入っての選択である。

「いえ、私も先ほど来たばかりですから。
 ではどこへ行きましょうか。何か希望はありますか?」

 あくまでも紳士的ににこやかに微笑むサイラスが眩しくて直視できず、ついついエルヴィラは視線を逸らしてしまう。

「ええと、その、ク……主人あるじから、聞いていたところがあって、そこが、いいかと――」
「エルヴィラ殿、畏まった話し方がし辛いのでしたら、普段通りに話してくださって構いませんよ」
「え、えっ! そ、そんな、ことは……その、主人あるじの評判がって、怒られる、し」
「私はそんなことは思いませんから、大丈夫です」

 微笑みとともにそんなことを言われて、ぼん、とエルヴィラの顔が真っ赤になる。

 どうしよう、サイラスが紳士過ぎてときめきが止まらない。今からこんなにばくばくしてて、心臓が保つのだろうか。

 サイラスは、そんなエルヴィラを微笑ましそうに眺める。

「あ、では、その、お言葉に甘えて……」

 こくこくと頷きながら、やっぱりサイラスは大人でカッコイイひとだと、エルヴィラは感激していた。
 もしかしたら、ベルナルドよりも素敵かもしれない。

 そうこうするうちに目当ての店へと辿り着いた。
 扉をくぐり、案内された席へと座る。



 それから供された料理を楽しみ、おしゃべりを楽しみ……エルヴィラは夢の中にいるようだった。
 やっぱりサイラスが自分の運命の人なんだ――ぼうっとなった頭のまま、エルヴィラはそんなことまで考える。

 この幸せな気持ち。
 まるでベルナルドと言葉を交わせた時のようではなかろうか。
 ならばこの勢いに乗って――!
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...