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地母神の町

何事も準備が肝心なので

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 髪を掻き分けたり耳を引っ張ったりしながら、ミーケルはエルヴィラのあちこちを確認した。しまいには、服を剥いてその下まで確認しようとしたので、エルヴィラは必死で抵抗した。

「──不合格」
「え、なんでだ!?」
「髪、適当すぎる。あちこち洗い残しもある。特に耳の後ろ、首の後ろ、背中……お前は本当に女なのか。もう少し気を遣え。
 ……おいまさか、顔も適当なのか?」
「え……ちゃんと洗った……と思う」

 ミーケルが眉間に皺を作ってキリキリと歯を軋ませるのを見て、エルヴィラは「ひっ」と息を飲んだ。
 自分はそんなに悪いことをしたのかと、怯えて後退る。

「ありえない」
「な、何が」
「こんな女がいるとかありえない――お前本当は女装した男だろう。今日び、女冒険者だってもう少しマシだ」
「な、何を言うんだ、私のおっぱい見たくせに!」

 平民で貧乏暮らしをしているならともかく、侯爵家に出仕できるほどの腕と身分と教養があるはずなのに、なんなんだこいつは。

 ミーケルは思わず眩暈を感じずにいられない。
 仮にも女だというなら、もっと身嗜みに気を遣うものではないのか。こんな生き物を女と呼ぶのは女に対する冒涜じゃないのか。

「お前、騎士のくせに、身支度は何もかも侍女に任せきりだったとかか?」
「え? そんなことはないぞ。ちゃんと自分の面倒を自分で見られるようでなくては、騎士は務まらん」

 ではやはりこいつが雑でズボラなだけなのか。

「――洗い方を教えてやる」
「え、いや、それは――」
「うるさい。つべこべ言わず従え。夫が欲しいんだろう?」
「で、でも」
「とっとと、“脱げ”」

 いきなり身体が勝手に服を脱ぎ捨てた。
 なんだこれ。まさか魔法なのか?
 エルヴィラの身が竦む。

「な、な、な……」
「ほら、来い」
「ひっ」

 襟首を掴まれ、引きずられるようにして風呂に連れ込まれた。エルヴィラは涙を潤ませながら抵抗したが、無駄だった。

「まずは髪」

 浴槽の隣にエルヴィラを座らせると、ミーケルは傍らから櫛を取り、髪を丁寧に先から解しつつ、整えていく。

「ただ水被って石鹸使えばいいってもんじゃない。まずは櫛で解せ。先から丁寧にだ。いきなり元から櫛を通したって絡まってぶちぶち切れるだけなんだよ。それに髪が傷む」
「え、ああ」
「解した髪を洗うのは、そっと泡で満遍なく撫でるくらいでいい。だが頭自体はしっかり、けれど爪を立てずに擦るんだ」

 口調と表情とは逆に、じっくりと指の腹で頭を揉むように優しく擦られる。
 何これ気持ちいい。
 あまりの気持ちよさにうっかりうとうと眠りそうになり、エルヴィラはまたミーケルに怒られた。



 それから、顔も洗い布と石鹸で丁寧に擦れとか、身体もきちんと満遍なく洗い布を使ってとか……とくに肘膝足裏は洗った後すぐに香油を擦り込むとか、ものすごく面倒なことまでをいちいち説明されつつ実際にやらされた。
 いつもの三倍以上の時間を風呂に費やしたエルヴィラは、疲労困憊のあまりミーケルに文句を言う気力もない。

 なのに、風呂が終わった後まで顔に擦り込むクリームだとか髪油だとかあれこれをさらに厳しく指導され、エルヴィラは騎士の鍛錬よりも過酷なことがあったんだなと遠い目になっていた。

 夫とかもういいかな、なんてことまで考え始めるほどに。

 うん、剣は使えるんだし、カッコイイ女冒険者とかに転身して、ちょっとイケメンで強い戦士とかクールなインテリの魔術師とかと一緒に冒険していい感じになって、そんで所帯持ったりでもいいんじゃないだろうか。

 間違ってもこのクソ詩人のように、小姑っぽく小煩くて、しかもエロいことディープキスばっかりするチャラいのはダメだ。
 うん。こんなしち面倒臭いことしなきゃいけないくらいなら――

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