上 下
4 / 152
岩塩の町

これが話し合い、だと?

しおりを挟む
「その、話し合いって……」
「うん?」

 相変わらず笑みを絶やさず、ミーケルはにこにこと首を傾げる。

「話し合いって、まずは何から」
「そうだね、まずは、お互いの理解を深めようか」
「理解?」

 確かに誤解があってはまずいと思う。
 だが、この現状で何をどう誤解しているというのか。エルヴィラは怪訝な目でにミーケルを見上げた。

「理解って、何の理解を深めるんだ」

 不審げなエルヴィラに、ミーケルはさらに笑う。
 それからいきなり屈んで耳元に口を寄せると、「それはもちろん」と囁いた。

「──っひ?!」

 い、今、こいつは耳を齧らなかったか!?

「も、もちろんって、もちろんって!?」

 ミーケルは顔を寄せたまままた首を傾げた。

「深める理解なんて、ひとつしかないでしょう?」
「んっ!?」

 いつぞやのようにいきなりぶちゅっとキスをされ、またもや舌の進入を許してしまった。
 口の中を動き回るぐにぐにとした弾力のあるものに、背筋をぞわぞわとした何かが走る。
 神よ、二度目もこれなんですか!?
 エルヴィラは頭の中で悲鳴をあげる。

「ん、ん、んんっ、んーっ!?」

 だんだんと息が苦しくなって、意識もぼんやりとしてきた。

 ロマンス小説のヒロインたちは、この手のキスでものすごく恍惚としているが、これ、そんなにいいものだろうか。

 いや待て、とエルヴィラは我に返って暴れる。
 そういう問題じゃない。

「んっ、んっ、んんんんーっ!」

 しかし、椅子に座ったまま、のし掛かられるような体勢ではうまく振りほどくこともできない。
 押し返すことも、なんか無理。

「あれ、布なんか巻いちゃって」

 必死で気づかなかったが、いつの間にか前をはだけられてさわさわと身体を触られていた。

「ひ、な、なんで……っ!? は、話し合いって」
「だから、大人の話し合いでしょう?」

 ミーケルはふふっと笑ってまたエルヴィラの口を塞ぐ。

「む、んっ!?」

 大人? 大人って、大人って――。
 ふと、胸の圧迫がふわりと軽くなる。直接触れる感触がする。

「こんなに綺麗で柔らかいおっぱいなのにぎゅうぎゅうに押し潰すなんて、もったいないことするなあ。
 潰れたまま固まっちゃったらどうするの」

 きゅ、と柔らかく揉むように掴まれた。
 エルヴィラは息を呑む。
 なんで、どうしてこんなことになっているのか。

「うっ……な、な」

 鎖骨のあたりにキスを落とされて、もう限界だった。

 なんで? なんで?
 自分はそんなに悪いことをしたのか?

「――う、うぅ」

 ひくっとしゃくりあげるように息を吸い込んで、エルヴィラはぎゅっと唇を噛んだ。
 何か一言でも口にした瞬間に、溜まったいろんなものが決壊しそうだ。
 これはとてもまずい状況だ。

「んん? ――って!」

 急にエルヴィラのようすが変わったことに気付いて、ミーケルが顔を上げた。
 そのすぐ目の前の光景にぎょっとして、目を丸くする。

「ちょっ、何、どういうこと?」

 顔を真っ赤に染めたエルヴィラが、唇をぎゅうっと噛み締めて唸りながらだらだら涙を流していた。
 ミーケルはしばしぽかんとエルヴィラの顔を凝視して、それからはあっと大きく息を吐いて立ち上がる。

「――なんか興が削がれたな」

 半眼になったミーケルはつまらなそうに言い捨てた。ベッドの上から毛布を取ると、エルヴィラの頭の上からばさりと被せてしまう。

「さすがに、泣いてる子を無理やり押し倒すのは趣味じゃないんだよねえ。
 ──あのさ、君、何しに来たの? 責任て、じゃあ何のことさ」
「あ、う、都、で、私の、はじめて、を」
「その“はじめて”って何のこと? 君こそ、今が初めてなんでしょ?
 そんな初心ウブい反応って今時ないよ。奪って欲しいのかと思ったら、違うみたいだし」
「……だって、だって」
「何? それとも、今ちょっとビビっちゃっただけだから、やっぱり続きがしたい?」

 わずかに眉を顰め、口元を歪めるように口角あげたミーケルは、毛布の下でびくっと震えるエルヴィラを鼻で笑う。

「僕としてはヤるでもヤらないでもどっちでもいいんだけど」
「や、や、や、やるって」
「大人の話し合い」

 毛布越しに抱き寄せられて、耳のあたりで低く囁かれた。
 エルヴィラはまた「ひっ」と竦み上がる。

「そっ、それ、たぶん、話し合いじゃ、ないしっ!」
「ええ? 話し合いだよ?」

 くっくっと喉で笑うミーケルに、毛布の中でエルヴィラは完全に途方に暮れてしまった。

 もうどうしていいのかわからない。
 こんなこと、騎士典範にだって戦神の教典にだって書いてなかった。

「そもそもさ」

 なおも笑いながら、ミーケルは続ける。

「責任責任って言うけど、君、僕に何をさせたいの? 処女のくせにここまで来てやっぱやめって、僕にどういう責任を求めてるのさ」
「な、だって、お前のせいで……」
「僕のせいで?」

 もぞもぞと身じろぎをして、エルヴィラは毛布から顔だけを覗かせる。
 ミーケルはやっぱり笑っていた……さっきまでとは違う、人を嘲るような笑顔だ。

 濡れた目をぐしぐしと擦りながら、エルヴィラはなんとか言葉を探す。

「せっかく得た姫の護衛騎士という役目がなくなって」
「うん?」
「お前が私にしでかしたことで、私が純潔でないという話になって」
「うん、で?」
「父上に、家が被った諸々の責任を取れと、勘当された」

 ミーケルは目を眇めてじっとエルヴィラを見つめた。

「それが全部僕の責任だって?」
「そうだ」

 じっと見つめられて、エルヴィラはまた落ち着かなくなる。
 咎めているのはこちらのはずなのに、なぜ自分が咎められているような気になるのだろうか。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...