真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

文字の大きさ
上 下
52 / 56
5.吸血鬼と私

7.吸血鬼会議

しおりを挟む
 ポカンとしたままどうぞくどうぞくと考えて、あ、とようやく気が付いた。

「ええと、どうするって、私も吸血鬼になる方法があるからどうかってこと? でも、吸血鬼って感染うつらないんじゃなかった?」
「ただ血を飲むだけでは感染りません。けれど、同族として迎える方法はちゃんとありますよ……律子さんが望むなら、ですが」
「え……」

 私が望むなら――って、意外に重い選択な気がする。

 ミカちゃんはいつもの笑みを浮かべているけど、それは社交辞令の外向きの笑みだ。落ち着いて青に戻った目は、どことなく不安げに揺れているようでもあった。なら、私もちゃんと考えなきゃいけないだろう。
 けれど……。
 そんなに不安なら、私の意思なんか訊かないでさっさとやっちゃって、事後承諾ってことにすればいいのに。私のことだから、なっちゃったものは仕方ないなあなんて適当に諦めて、吸血鬼ライフをどう謳歌しようって考え出すに決まってるんだから。

「んー」

 目を瞑って眉間に皺を寄せる私を、ミカちゃんがじっと見つめている。

「今すぐ決心とかは、ちょっと無理かなあ」

 てへっと笑うと、ミカちゃんも笑い返すように目を細めた。

「だいたい、こんな、朝ご飯何にしたい? みたいな聞き方されても脳味噌が仕事してくれないし、ちゃんと考えられないって」
「律子さんがぼんやりしたまま頷いてくださればと思ったんですが」

 笑いながら言うミカちゃんは、果たして本気なのかどうなのか。
 私も釣られて笑って、呆れた口調で返す。

「どさくさ狙いさせたら、ミカちゃんの右に出るものはないね」
 ミカちゃんは笑いながら、黙って私にキスをした。



 私を紹介する長老会議というのは、やっぱり夜に開かれるとのことだった。
 皆、基本的に夜行性なんだから当然か。
 部屋の窓からずーっと続く森を眺める。いまは夏だから、完全に日が沈むのは相当遅くなってからだろう。

「ねえ、ミカちゃん」
「はい」
「ミカちゃんて、ずーっと昔はこの辺りに住んでたの?」
「そうですね……もう少し東で、しょっちゅう国境の変わる場所でした」
「ふうん」

 今でこそスーツの似合う資産階級って顔してるけど、時代が時代なら厳つい鎧姿だったりしたんだろうか。

「どうしましたか?」
「んー、ミカちゃんが鎧姿で戦ったりするのって想像できないなと思ったの」

 ミカちゃんがくすりと笑う。

「世が世なら、律子さんを姫君のようにドレスと宝石で飾り立ててお迎えするところなのですが」
「えー。それはないよ。ドレスってちゃんと胸とお尻がたっぷりでお腹ほっそりの白人じゃないと似合わないんだよ」
「コルセットでちゃんと締めてあげますよ」
「え、それすごく苦しそう」

 思わず自分のお腹を見下ろす私を、ミカちゃんはくすくす笑いながらお姫様抱っこで抱き上げる。

「わ、わ、ちょっ、ミカちゃん!」
「律子さんには細身に仕立てたものが似合いますよ。肩周りはとても華奢ですし、スカートは柔らかい生地でたっぷりと、けれどあまり膨らませず腰に沿って流れるように落ちるデザインで」

 ミカちゃんは珍しくはしゃいでる。これは仲間内にいよいよ私のお披露目ってことで、テンションだだ上がりってことなんだろうか。

「それってもろに体型わかるやつじゃん。ハードル高すぎだよ。お腹の厚みがバレちゃうって!」
「大丈夫ですよ。律子さんはかわいいですから」
「それミカちゃんの欲目!」
「そんなことはありません」

 私には、ここ最近、ミカちゃんの審美眼がとてもまずいことになってるとしか思えないんだけど。



 日が沈み、空がようやく完全に真っ暗になった。ボーンボーンと廊下の大きな柱時計が鳴り響き、日付が変わる時刻を知らせる。

 ミカちゃんが用意してくれた、ちょっと気取ったワンピースに着替える。髪の毛をきちんとまとめて、いつもよりちょっと派手に化粧をして、爪もきれいに塗って、ちょっと甘い香りの香水まで付けて、完璧に装う。
 全部がミカちゃんプロデュースだ。

「おかしくないかな?」
「いつも以上にかわいいですよ」

 冠婚葬祭ですらこんなに着飾ったことがないのに、本当に大丈夫だろうか。ミカちゃんの返事はアテにならない気がするんだけど。

 迎えに来た元神父さんの案内とミカちゃんのエスコートで廊下を進む。このエスコートというのも慣れないものだなと思うけど、いつもの倍くらい踵が高い靴を履いていると、なるほど、いいシステムだ。
 爪先立ちになるくらい高くて細いヒールで歩くなんて、私にはミカちゃんのエスコートがなければ無理だろう。あっという間に転んで足首捻挫しそうだし。
「“閣下ロード”と律子嬢です」
 ギイっと開いた扉の向こうは大きな広間で、その真ん中に、これまたでっかい円卓が置かれていた。
 その円卓を取り囲む六つの椅子の、そのうちふたつが空席だ。四つの椅子には既に誰かしらが着席していた。

 ミカちゃんの影から、私はこっそり部屋を見渡した。
 わずかに白髪混じりな黒髪の、美女を三人従えた見た目アラフォーのダンディおじさまは、“男爵バロン”だろう。双子の美少年を侍らせた、某セレブ姉妹の姉の方を彷彿とさせる“夫人マダム”という美魔女もいる。もうひとりは、ブルネットにいわゆるゴスロリっぽいフリフリドレスで着飾った、見た目まだ高校生くらいの“お嬢さんレディ”だ。彼女の後ろには、かっちりしたスーツ姿の男性がひとり、姿勢良く立っていた。
 もちろん、アロルドさんもいる。
 あらかじめミカちゃんが教えてくれた、三人のいかにもな呼び名は通称らしい。名前も教えてもらったけど、私には覚えきれなかった。
 ちなみに、アロルドさんの通称は“商人マーチャント”で、ミカちゃんの通称は“閣下ロード”なんだそうだ。
 そのままなんだな、とつい感心してしまった。

 ミカちゃんに促されて、空いた席のひとつに向かう。
 椅子はひとつなのにどうするのかと思えば、ミカちゃんは私をひょいと横抱きに抱えてそのまま座ってしまった。
「ね、後ろに立ってるんじゃなくていいの?」
「律子さんを立たせたままになんてしませんよ」
 こそっと耳打ちすると、ミカちゃんはだだ甘く微笑み返してきた。

『それで、“閣下”。今日の招集はその娘が要件かしら? あなたもとうとう下僕サーヴァントを迎えようという気になったと?』
『いえ』

 当たり前だが言葉がわからない。たぶん英語……かなと思うけれど、早口すぎて聞き取れない。
 “夫人”の言葉に、ミカちゃんはにっこりと笑って返していた。どっちもにこやかな表情なのに、なぜか緊張で冷や汗が滲む。

『“下僕”などではありませんよ、“夫人”』

 “サーヴァント”と聞こえた気がして見上げると、ミカちゃんが「大丈夫ですよ」と囁いて頭にキスを落とす。こんな人前なのに。
 “夫人”と“男爵”がほんのりと怪訝そうな顔になった。“お嬢さん”が興味なさそうに頬杖をつくと、ミカちゃんと私を交互に見て口を開いた。

『まさか、“花嫁”とでも言うつもりかしら』

 淡々としているようで、声色はどこか馬鹿にいているようだった。ミカちゃんはそれで気を悪くしたようすもないけれど……。

『そうですよ』

 まるで「よくできましたね」と犬にでも言うような調子で、いつも天使を煽る時のような笑みを浮かべるミカちゃんは、もしかして実は怒ってる?
 言い返された“お嬢さん”も思い切り眉を顰めて、なぜか私をじろりと睨んだ。

 吸血鬼は、仲が悪いんだろうか。

 たしかにミカちゃんは、皆好き勝手してて普段バラバラだと言ってたけど、バラバラなのと険悪なのでは随分違うんじゃないのか。
 だから、あんなに警戒していたのか。

『あの“閣下”が、まさか人間の女にうつつを抜かす日が来るとはね』

 くっくっと“男爵”が笑い出す。後ろの女性たちもさざめくように笑い出して、これはどう反応すればいいのだろうか。

『それとも、やっと“甘露”を手に入れたかと、祝いを送るべきかな』
『いいえ。彼女は“甘露”ではありませんよ』

 “男爵”が驚いた顔になる。なんだろう。ミカちゃんが私と結婚するというのはそんなにすごいことなんだろうか。

『では、“甘露”でもないのに花嫁として迎えると? おやおや、これは酔狂な。さすがの“閣下”も、長く人間たちに混じりすぎたということか。随分と俗世に馴染んでしまったように見える』
「ミカ……あ、いや、閣下殿。お前、随分買い被られてるぞ。お前がそんな俗なこと言い出すとは思われてなかったみたいだ」

 あ、やっとわかる言葉で喋ってくれた、と思ったらアロルドさんだった。

「――あなたに“閣下殿”などと呼ばれると気持ち悪いですね。それに、その呼び方では敬称が二重になっているようですが」
「あ、そうか?」

 アロルドさんがちらりと私を見てにやりと笑う。アロルドさんはこの中じゃ若手のほうだと聞いてるけど、それでも何百年も生きてるとかなんとか……以前聞いた、大航海時代だかその後だか何だかに船団を作って海を渡った吸血鬼というのはアロルドさんなんだと、後からミカちゃんが教えてくれた。
 若い分、かなりチャレンジャーな吸血鬼らしい。

「じゃあ閣下、確認するが、ここでお前がその人間を“花嫁”に迎えることを否決されたら、どうする?」
「そんなこと、決まっているでしょう。否決などさせませんが」

 どこまでも当然のことのように微笑むミカちゃんは、いったい何を企んでいるのか。私にすら、無言の圧力のようなものを感じる。

「み、ミカちゃん……あの、あんまり無茶しないでね?」
「大丈夫ですよ、律子さん」

 そこはかとなく心配になる私に、ミカちゃんはいつものように笑って返すけれど、その大丈夫は、どのくらい大丈夫なのだろうか。

「――昼のうちに、日本の支部に問い合わせたんだよな。そっちに“天使”はいるか、って」

 え、と思う間も無く、アロルドさん以外の三人がぎょっとしたようにアロルドさんへと顔を向ける。

『“天使”、ですって?』

 もともと青白い顔色をますます白くして呟く“夫人”の後ろから、双子が心配そうに腕を回して抱き締めた。

『まさか“閣下”は、天の教会と手を結んだのか?』
『それこそまさかですが。あの教会が今さら私たちと仲良くしようなど、あり得ないことでしょう』

 また、ミカちゃんは煽るような笑いを浮かべる。ミカちゃんにも、吸血鬼仲間と仲良くする気はないんだろう。

『単に、私の“花嫁”が天使のひとりと親しくしているというだけの話ですよ』

 くすくす笑いながら、ミカちゃんがまた私にキスをする。膝の上に抱っこされてるだけでむちゃくちゃ恥ずかしい状態なのに、そのうえキスとか、ミカちゃんは平気なのか……いや、ミカちゃんはわりと臆面なかったか。
 “夫人”も鼻白んだようにわずかに目を逸らした。美少年侍らせた色気たっぷりセレブマダムという雰囲気なのに、意外にこういうの苦手? などと変なことばかり考えてしまう。だって、ミカちゃんがこんなところでベタベタいちゃいちゃしようとするから、私もちょっと正気じゃいられない。

「みっ、ミカちゃん、恥ずかしいんだけど」
「律子さんはかわいいから大丈夫です」

 それ、大丈夫って言うんだろうか。ミカちゃんは、だだ甘パワーで長老の皆さんにこの結婚を頷かせるつもりなんだろうか。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...