真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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5.吸血鬼と私

3.吸血鬼付き合い、とは

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 ミカちゃんの言葉どおり、ホテルを出てから約二時間と少し。山というより森の中を延々と車で走った先に、こじんまりとしたお城が現れた。
 歴史に詳しければ、この様式は何世紀ごろのもので云々と蘊蓄を垂れられるのだろうけど、あいにく、私の世界史の知識は中学で止まっている。
 北欧の地域でどんな出来事があったかすらも怪しいレベルだ。せいぜいヴァイキングがいたな、ってくらいで。

「古そうなお城だね」
「そうですね。たしか、もともとは十四世紀か十五世紀ごろに築城されたものだと聞いてますよ。だいぶ改築を繰り返して、中身は新しくなっていますが」
「え、お城って改築できるの!?」
「もちろんです。でないと、不便でしかたないでしょう? 最近は歴史的建造物の保存やらで、改築も自由にならないとは聞いてますが」

 くっくっと笑うミカちゃんに、それもそうかと感心する。
 石はものすごく冷えるというし、こんな寒い土地で昔のまま暮らすなんて、北海道より試されるんじゃなかろうか。

 連れられて向かった玄関は、身長の倍くらいの大きさの両開きの扉だった。その気になれば、車に乗ったままくぐれそうだ。
 ちょうど顔くらいの位置に、重たそうな金属のドアノッカーもある。てっきりそれで叩くのかと思いきや、ミカちゃんは扉の横にちんまりと取り付けられたインターフォンのブザーを鳴らした。
 風情はどこに行った。
 マイクに向かってよくわからない言葉で話し始めるミカちゃんの横で、なんとなくがっかりした私は、お城の外壁を眺めやる。蔦が這い苔むした石のお城は、地震が来たらあっという間に崩れそうだが、きっと、このあたりには地震なんてないんだろう。

 取り留めのないことを考えていたら、扉がギィッと重たい音を立てて開いた。
 背の高い黒ずくめの男性が、ミカちゃんに一礼する。それからちらりと私を見て何かを言うが……身振りから察するに入れと言っているのだろうか。

 城の中は薄暗くて、ひんやり冷えた空気が満ちていた。
 入ってすぐは大きなホールだった。正面には二階へ上がる大きな階段が伸びている。本当に映画の舞台のようで、ぽかんと眺めてしまう。
 これ、映画なら絶対何かのフラグが立ってるところだ。ここに名探偵とかいなくて本当に良かった。

 男性の案内で歩き出すミカちゃんの後に、私も続く。ミカちゃんは私の手をしっかり握っている。
 先頭を歩く男性は、黒っぽい色の髪をきっちり分けて撫で付けた、真面目そうな印象のひとだった。
 西洋人の年齢はいまひとつよくわからないけれど、たぶん三十くらいじゃないだろうか。四十ってことはないだろう。どこかで見かけたような、黒くて長い、足首まであるずるずるした服を着ている。
 この人も吸血鬼なんだろうか。

 二階へ上がって、扉のたくさん並んだ廊下を進んだ先の、客室らしきところに着いた。ホテルにでも泊まりに来たような気分だ。
 ミカちゃんが男性と言葉を交わしている間、私は部屋の中をぐるりと見回す。暖炉に、ソファに、猫足のコーヒーテーブルに、チェストに……絵に描いたような“お城の部屋”に、なんだかわくわくしてしまう。
 寝室は奥の扉だろうか。天蓋付きのベッドだったりするのかな。どこまで勝手に見て回っていいのだろうか。
 話し終わって男性が部屋を出ていくと、「律子さん」とミカちゃんがぎゅうっと抱きついてきた。

「ん……ガイドブックに載ってるみたいなお城の部屋だよ、すごいね」

 キスをされながらも興奮気味に喋る私に、ミカちゃんがくすりと笑う。

「気に入りましたか?」
「きれいだしすごいけど、なんか落ち着かないっていうか、触って大丈夫なのか心配になっちゃう。花瓶とか割っちゃったら大変なことになりそう」
「大丈夫ですよ。さあ、座りましょうか」
「あ、うん」
 きれいな蔦模様の生地のソファは、どう見ても高級品だ。庶民が座って、本当に平気なのか。
 けれど、ミカちゃんは躊躇する私の手をそっと引いて「遠慮などいりませんよ」と座らせる。

「ねえ、ミカちゃん」
「なんですか?」
「さっきの人も、吸血鬼なの?」

 ふう、とひと息吐いたところで尋ねる私を、ミカちゃんが見返した。

「少し違います。彼は最長老の下僕サーヴァントですから、吸血鬼ではありません」
「サーヴァント? じゃ、吸血鬼じゃないけど、人間でもないとか? だから、あんなずるずるした格好してるの?」
「人間から、少し外れたものと言いますか……それから、あの服装はキャソックですよ。教会などで見たことはありませんか? 彼は元神父なんです」
「――へ? 神父?」

 目を丸くする私に、ミカちゃんは頷く。
 神父って、カソリックのお坊さんだっけ? なのに、なんで吸血鬼の下僕業なんてしているのだろう。

「話では、ずいぶん昔に最長老が堕としたのだと聞いてます。今ではいちばんのお気に入りで、だからここを任されているのだとか」
「は? え? 落とした? 落とす?」
「はい。誘惑して、堕としたんです」

 誘惑……誘惑……と考えて、あ、と思う。
 いやまあ、確かに、ミカちゃんに噛まれるとすごく気持ちいいし、誘惑されちゃう気持ちはわかるけど。

「あー、その“落とす”なんだね。てことは、最長老って女の人なの?」
「いいえ、男性ですよ」

 ふぇ、と変な声が出てしまった。
 男色ってやつ? 吸血鬼の男って、美女を襲うのが定番じゃなかったっけ。

「まさかのビーでエルってこと……いや、単に両刀なだけとか?」
「さあ? けれど、最長老はその辺りの好みにはうるさくないのでしょうね」
「好み……そうか、嗜好の問題なんだ」

 そうだ、恋愛とか関係ないんだ。主に、血の……食べ物の好みなんだし、男も美味ければストライクゾーンに入るってことか。

「処女の血じゃないとやだとかって、物語だけなのかな……」
「もちろん、そういった好みはありますよ。けれど、あまりこだわり過ぎても“栄養”を摂れずに滅んでしまいますから、皆ほどほどです。
 今残っている者ならなおさら、好き嫌いは身を滅ぼすと知っていますし」
「好き嫌い……」

 人参かピーマンみたいな言いっぷりに、やっぱりがっかりした気持ちになってしまった。映画や小説でよくあるあれは、そうか、好き嫌いなのか。
 ブラム・ストーカーの吸血鬼って、かなり美化されてるんだな。

「ああ、顔合わせは明日の夜ですので」
「明日?」
「はい、他の長老会の方々は今夜到着するとのことです」
「夜……あ、そうか。夜行性なんだっけ。ミカちゃんが昼間普通にしてるから、忘れてた。じゃあ、ミカちゃんももう休んだほうがよくない?」
「大丈夫ですよ、私は慣れてますから。
 それより……」
「ん?」

 ミカちゃんは、スーツケースを開けるとごそごそと中を探って、小さな袋を取り出した。手渡されて、なんだろうと袋を覗くと……。

「え、これって、もしかして」
「はい、いつかの“護符”です」
「でも、こんなの持ってたら、ミカちゃんが」
「律子さんのための御守りですよ。これは効果も確認済みですからね」

 去年の夏、天使の仲間のナイアラからもらった御守りだった。ミカちゃんも直接は触れないという、霊験あらたかで効果バッチリな御守りだ。

「私もなるべく側に付いているつもりですが、絶対とは言えません。ですから、私がいない時にはこれを身につけるようにしてください」
「でも、そんなことして長老会とかに怒られない?」

 確かに御守りとしては効果バッチリだけど、こんなもの付けてて反感を買ったりしないだろうか。
 ミカちゃんの立場だってあるんじゃないのか。

「大丈夫です。私は長老会に従ってはいますが、信用はしていません。
 長老方の中に、興味本位に律子さんに手を出そうなどと考える輩がいないとも限りませんから、当然の対策です」
「え、そういうものなの」
「もともとはバラバラに好き勝手をしていたものばかりです。現代という環境の都合上、手を組んでいるだけなんですよ」

 吸血鬼の事情ってやつなのか。
 よくある宮廷劇みたいに、蹴落とし合いなんかがあったりするのだろうか。

「ん、わかった。じゃあ、念のため持っておくけど……ミカちゃんと一緒の時は付けなくていいよね」
「はい。けれど、常に携帯はしておいてくださいね」
「うん」

 ちょっと顔を顰めて、袋ごと小さなポーチに入れる。ちょっとした小物は全部これに入れて携帯してるし、ここに入れておけば大丈夫だろう。
 それを確認して、ミカちゃんはまた私に抱き付いてくる。

「明日が終われば、もう顔合わせも何も必要はありませんから」

 はしゃいでるように見えて、ミカちゃんは不安だったんだろうか。
 長老というからには、やっぱり強い吸血鬼なんだろうか。
 前に、カレヴィさんが、ミカちゃんは吸血鬼としても古参だって言ってたけど、それより昔からいるってこと?

「どうしましたか?」
「んー、なんか、実はここに来るのって大ごとだったのかなと思って」
「……確かに、ここしばらく人間を伴侶として連れて来たものは居りませんが、これまで全く無かったわけではありませんよ」
「じゃあさ、その長老の吸血鬼ってどういう感じなの?」
「そうですね」

 ミカちゃんは、しばし考える。

「今回集まる同族は五人ですが、皆、プライドが高く、基本的に同族以外を見下しています」
「え」
「ですが、そもそもが、他者への関心をさほど持っているわけではありません。良くも悪くも自分が中心という者が多いというだけです。
 そうですね……律子さんに興味を持つかどうかも、その場になってみなければなんとも言い難いかと」

 ミカちゃんは、どう説明したものかという顔だ。たしかに、吸血鬼といってもいろいろいるんだろう。
 なら、御守りとかも、本当に念のためってことなんだろうか。

「ああ、そのうちのひとり、アロルドは私の共同経営者でもありますから、律子さんに興味を持ちそうですね」
「え、ちょっと待って。共同経営者って、ミカちゃんの会社関係のひと!?」
「はい」
「そういうことは最初に言って!」

 焦る私に、ミカちゃんはきょとんと驚いた顔をする。
 共同経営者って、今後もおおいに関わるかもしれない相手ということじゃないか。普段のミカちゃんが、あんまり吸血鬼同士のお付き合いみたいなものを匂わせたりしないから、すっかり油断していた。

「ですが、律子さん」
「ですがじゃなくって、会社関係なら、ちゃんと挨拶しといたほうがいいよね? だって、ミカちゃんがお世話になってるんでしょ!?」
「不要ですよ。そもそも、私自身だって、ここ数十年は直接顔を合わせていません。律子さんが関わることはありませんよ」
「いやいやいや、人付き合いってそういうものじゃないよね!?」

 人付き合い? それとも吸血鬼付き合いというべきか。仕事で関わるなら、知っておくべきことじゃないのか。
 それとも、吸血鬼の時間感覚だと、数十年どころか百年会わなくても平気だから人間はスルーでオッケーとか、ミカちゃんがいつの間にか結婚して離婚してたとかあっても全然気にならないとか、そういうことなのか。
 頭を抱える私に、ミカちゃんがくすくすと笑う。

「そんなに気負う必要はありませんのに」
「気負うのとはちょっと違うし! 私からすると、ミカちゃんの仕事に関わってるひとなのに知らないのはどうなのって思うんだよ。
 あっ、そういえば、私ってミカちゃんが会社役員してるってことくらいしか知らなかった! もしかして、ミカちゃんのこともよく知らないんじゃない!?」

 今さらのように混乱し始める私に、ミカちゃんはやれやれと肩を竦めた。

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