真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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4.ミカちゃんとご近所さん

12.乙女の脳内お花畑

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 瑠夏さんの結婚式の翌週、私とミカちゃんはふたりで、実家に結婚しますの報告をしに行った。

「よかったよかった。毎日爺ちゃんにお願いしてた甲斐があったもんだ」

 ほんのりと涙ぐむ婆ちゃんを前に、ミカちゃんが「どうりで視線が」と小さく呟いた。婆ちゃんのお願いで、爺ちゃんが見張りにきていたのだろうか。

「本当に、ミカさんには感謝しかないわあ。もう、皆に自慢しなくっちゃ。金髪のこんなかっこいい息子ができるって」
「うむ」

 お母さんはテンション高く喜んでいる。近所の神社を通るたび、私が首尾よく片付きますようにお参りしてたんだと言って。
 よくわからないけど、お父さんも賛成らしい。

「お母さん、そういうのやめてよ。お父さんもお母さんのこと止めてよ」
「あ、姉ちゃんとミカさん、あとで写真撮ろうぜ」
あきらも何考えてるの!」
「だってアコ姉とかに頼まれてるし」

 見せびらかし用だ。間違いなく見せびらかし用だ。
 皆、外国人の親戚ができると周りに見せびらかすんだ。

「皆、はしゃぎすぎ! もう、みっともないなあ!」

 とうとう堪りかねて大きな声を出したら、ミカちゃんがまあまあと宥めるように背中をさすった。

「だって、律子は絶対嫁き遅れて嫁かず後家になって、仕事人間になるんだと思ってたんだもの」
「え、お母さん?」

 そんな風に思われてたなんて。
 まあ……否定できないんだけどさ。

「それがこんなかっこいいできた旦那さんもらうことになるなんて、夢にも思ってなかったのよ。やっと親孝行してくれたんだって喜んでもいいじゃない」
「う……」

 いやまあ確かに、ミカちゃんはとてもできた主夫だと思うけど。

「ああ、それであんた、式とかどうするの。どこでやるつもりなの? ミカさんのご両親に挨拶とかもどうするの。
 決めてくれないと、お母さんたちだって準備があるんだからね」
「あ」

 そうか、忘れてた。ミカちゃんの親とかって、そもそもいるのかどうか確かめるのを、すっかり忘れていた。

 というか、吸血鬼の親族って、どうなってるのだろう。
 ちらりとミカちゃんを見るとにっこりと笑い返してきた。

「はい、残念ながら私の両親はいないのですが、お世話になっている伯父のような方がおりますので、こちらへ来た機会にでもと考えております」

 笑顔でそつなく返すミカちゃんを、さすがだと思う。
 やはりミカちゃんは、とてもできた配偶者なんじゃないだろうか。

「私側の親族への披露のために一度渡航する必要はありますが、律子さんのご親族の方々へのお披露目はこちらでやろうかと」
「あらあら、それじゃ苦労したんだねえ」

 婆ちゃんがもごもごと頷いた。
 たぶん、婆ちゃんが考えてるのと違う苦労ならしてると思うけど。

「えーとね、だから、うちの親戚相手の披露宴はこっちでやるよ」
「式もこちらで構いませんよ」
「え、でも」
「お婆さんもお母さんも、律子さんの花嫁姿を楽しみにしていらっしゃったのですし、こちらでやったほうがよいでしょう?」

 たちまち色めきだったお母さんと婆ちゃんがあれやこれやと喋り出す。

「律子は白無垢とウェデイングドレスと、どっちが似合うかしらねえ」
「お母さんは両方見たいわね。色打掛も色ドレスも、今はたくさん種類があるんでしょう? あんたの振袖だって、何回も袖通してないのよ。着ないともったいないから、どうしようね」

 案の定、お母さんと婆ちゃんはドレスが着物がああだこうだと好き放題に言い始めた。絶対こうなると思ってた。
 特に、お母さんはこういうイベントが大好きだから。

「待ってよお母さん、そんなに何度もお色直ししてたら、座ってる時間が無くなっちゃうって! それに予算だってあるんだからさあ!」
「予算のことなら気にせずとも、大丈夫ですよ。せっかくの機会なのですし、こういうものは花嫁の気の済むようにやったほうが良いと聞いてますから」
「ミカちゃんも、お母さんたち煽るのやめて!」

 お母さんと婆ちゃんだけじゃなく、どうやらミカちゃんもノリノリだったらしい。一緒になってドレスの形やら何やらと話し出している。
 皆、着るのは私で、私は絶世の美女でもなんでもない、ただの日本人だということを忘れてやしないだろうか。

「もー、とにかく、式どうするかとかはミカちゃんと相談して決めるから、あんまり期待しすぎないでよ。頼むからさあ」

 はあ、と溜息を吐くと、お母さんが少し不満そうに口を尖らせた。

「だって、お母さん楽しみなのよ」
「そのうちドレス選びだなんだってやらなきゃならないんだし、その時はちゃんとお母さんと婆ちゃんも呼ぶって」
「お母さん絶対行くからね。抜け駆けは無しよ」

 ……娘のドレス選びの抜け駆けって、なんだろう。
 散々煽っていたミカちゃんは、横で面白そうに笑ってるだけだ。


 * * *


「こんな雑誌もあるんですね」

 帰宅すると、ミカちゃんはすぐに分厚い雑誌を取り出した。帰り際、お母さんに押し付けられた結婚情報誌だ。
 人を殴り殺せそうな厚さと重量の、その半分以上がドレスだ指輪だ式場だ、などの広告だ。結婚業界って景気がいいんだなあと、つい感心してしまう。
 おまけに、雑誌を眺めるミカちゃんの目が、とても真剣な気がする。ブツブツと、私にはどんなドレスが、などと呟いてる気がする。

「あのさ、ミカちゃん」
「はい?」

 雑誌から顔を上げて、ミカちゃんが首を傾げた。

「まずは、ちゃんと予算を決めよう。
 こういうのには分相応というものがあると思うしさ、なんていうか、一瞬だけのイベントに湯水のようにお金を使ってしまうのはどうかと思うんだ。
 お互いの貯金額と相談して、ちゃんと折半になるように決めて、今後の生活もあるんだし……え、ミカちゃん?」

 ふと気付くと、ミカちゃんが驚いたような困ったような顔で私をじっと見つめていた。どことなく不満そうな顔にも見える。

「あの、ミカちゃん? どうしたの?」
「律子さんの欲のないところはとても好ましいと思うのですが、せめてこういうものくらいは私に出させてもらえませんか」
「え、だって」
「それ程までに、私の甲斐性を疑っているんですか? 私の資産額をお見せしたほうがいいですか」
「え、いやだってさ」
「だってではありません。お母さんもお婆さんも楽しみにしてるんですよ」

 顔をしかめてぐいぐい迫るミカちゃんの迫力に、私の腰が引けてしまう。

 普通、逆なんじゃないだろうか。
 頭の中にお花畑ができて、あれこれドレスや着物を着たがって、挙句の果てにふたりの写真と名前入り記念品の引き出物なんか付けちゃって、皆に生温かい視線で見られるのは、普通、花嫁のほうなんじゃないのか。
 それに、ミカちゃんてもっとクールキャラじゃ……いや、そんなことはないか。花見のときの自撮りも、ミカちゃんのほうが大喜びでノリノリだったし。

 ――ミカちゃんて、乙女だったんだなあ。

「あー、その、ええと、じゃあミカちゃんはどんな風にしたいの?」
「もちろん、律子さんに似合うドレスや着物をあつらえて、一世一代の晴れ舞台にふさわしく飾ります」
「え」
「律子さんやご家族に恥をかかせてはいけませんから、もてなしもしっかりと……宴にふさわしい場を用意しましょう。
 さすがにすぐは難しいですが、一年ほど時間をかければ万事つつがなく準備は可能ですよ。さっそく、明日にでもいくつか心当たりを回って見ましょうか。
 律子さんはどのようなドレスがお好みですか。私はこの、レースをふんだんに使ったトレーンの、豪奢なものが似合うと思います。もっとも、これでは首が少々詰まり過ぎですから、もう少し襟元を開けてもよいでしょうね」

 ミカちゃんがキラキラしている。
 今まで見たこともないくらい、キラキラしている。
 というか、まさかミカちゃんはドレスをフルオーダーするつもりなんだろうか。
 結婚式という限られた、せいぜい頑張ったところで二時間程度着ていられればいいものを、わざわざフルオーダーで作るつもりなのか。

「ミカちゃん、やっぱり、まず始めにちゃんと意識合わせをしようか」
「意識合わせですか?」
「今、ミカちゃんと私の意識はすごく乖離してると思うんだ。お互いの常識が違い過ぎてるっていうか、まずはその擦り合わせが必要じゃないかな」
「擦り合わせですか?」

 やっぱりミカちゃんは不満そうな顔になる。

「律子さん」
「え、なに、ミカちゃん」
「ここでの生活費については、ほぼすべて律子さんが負担していますよね。ですが、それについて私が異論を唱えたことがありましたか」
「いや……ないけど」
「せめて私に半分負担させてほしいと言っても、律子さんは首を縦に振ってくれませんでした。ですが、ここはもともと律子さんのお住まいですし、私が転がり込んだようなものですからと、律子さんの意見を尊重したんです」
「えっと……はい」

 ものすごく真剣な顔で、ミカちゃんがぐいぐい迫ってくる。それはもう、のしかからんくらいにぐいぐいと。

「せめて、こういうことくらい、私のわがままを聞いてくださってもいいと思いませんか? ねえ、律子さん」
「いや、その……だってさ」
「だって、何でしょう」
「結婚式って、いいとこ半日だよ。半日で終わって、しかもドレスも打掛もそれっきり二度と着ないのにオーダーとか、もったいないじゃない?」

 ね、と念を押す私を、「そうですか?」と胡乱げな目のミカちゃんが見返す。

「私はちっとももったいなくありませんが。何より、律子さんをこれ以上ないくらいに着飾らせる機会なんて、結婚式を逃したらなかなかありませんよ」
「あ、あのさ、それにミカちゃん。私、ぶっちゃけ日本人の十人並だし、体型も日本人的で厚みがあるわけじゃないんだよ。ミカちゃんみたいな北欧系美人とは違って、ドレスに着られて終わりだって」

 あははと笑う私に、ミカちゃんの眉根がぎゅうっと寄る。眉間にくっきり皺を刻んだミカちゃんが、「律子さん」と低く私を呼んだ。

「えーっと、なに?」
「そこまで言うのでしたら、私は断固律子さんを飾ります。有無は言わせません。絶対に着飾らせます。
 私の全力で律子さんを美しく飾り、招待した者を皆唸らせてみせましょう」
「え、ちょっと、ミカちゃん?」

 なんでそこで火がつくのか。
 そこは私の言葉を汲んで、ミカちゃんが引くところじゃないのか。

 だらだらと背中に冷や汗をかく私に、ミカちゃんは「明日はさっそく職人巡りといきましょうか」とにっこり微笑んだ。
 どうやら、ミカちゃんの中で私を派手派手に飾り立てることは決定事項になってしまったらしい。
 こうなったミカちゃんは止まらない、気がする。


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