真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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4.ミカちゃんとご近所さん

1.また面倒くさいのがいた

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 どうしてこうなった。

 お母さんたちが抜き打ちでアパートへ来た時に私がずっと考えてたことだけど、たぶん、今は目の前の人外が全力でそう考えているはずだ。

「あ、中生ふたつお願いしまーす」

 私の目の前に座っている女の子……瑠夏るかさんという、イケメン天使の彼女さんが店員にぶんぶんと手を振って追加注文をする。
 その横に座るイケメン天使は不機嫌な顔をあまり隠そうともせず、ぐいと生ビールをあおっている。

 ちなみに、金髪碧眼のイケメンがふたりもいるこのテーブルは、さっきからちらちらと視線を集めまくっている……主に女の子の視線を。



 そもそもの始まりは、週末で冷蔵庫が空っぽだったことだ。

 買い物もなんだか面倒だねとミカちゃんと話をして、なら、たまには外食もいいんじゃないかと出掛けることになった。隣駅の近くをぶらぶら歩いて、良さそうなところにでも入ろうか、と。
 だから、日がだいぶ傾いた頃合を見計らい、ミカちゃんとふたり、家を出て駅に向かったのだ。

 ところが、いつものコンビニ前で女連れのイケメン天使に遭遇してしまった。本当に偶然、ばったりと。

「あっ」
「……あ」

 うわ、めんどくさいのに会っちゃったよ、と思ったけれど、既にお互いがお互いに気づいてしまったあとだった。視線もばっちり合ったし、今さら気づかなかったふりはできない。現に、イケメン天使がずんずんとこっちへ向かってきている。
 ミカちゃんの身体が緊張するのを感じて、私は内心こっち来るなと念じていたのに。

「あー、ええと、こんにちは」
「君は……」
「え、カイルの友達?」

 仕方なくイケメン天使に軽く挨拶をすると、彼のあとについてきていた女の子が驚きの声をあげた。
 思わず横を見上げると、ミカちゃんはすごく嫌そうな顔をしていた。うん、不本意だよね。わかる。
 友達というよりもむしろ、“ライバル”とルビを振ってない宿敵と言うべきじゃないかとも思うし。

「カイル、いつの間にこっちに友達作ってたの? 紹介してよ。やだなあ、黙ってるなんて」

 屈託無くそう述べる彼女に、カイルと呼ばれたイケメン天使はなんだか困ったような顔になる。
 イケメン天使もたぶん不本意なんだろう。

「……はじめましてお嬢さん。私はミカ・エルヴァスティと申します。こちらは律子さんです。
 彼とはちょっとした知り合いでして……あなたは彼の良人とお見受けしましたが?」

 イケメン天使が困っていると見て、すかさずミカちゃんがいい笑顔になった。そのまま流れるような丁寧かつ優雅な所作で、彼女に挨拶をする。さすがだ。さすが百戦錬磨。先手必勝か。

「わあ、日本語お上手なんですね! 私は長嶺ながみね瑠夏るかっていいます。カイルとお付き合いしているんです」

 えへへと笑って少し照れながら言う彼女……瑠夏さんの言葉に、ちょっと驚いた。
 天使も彼女作ったりするんだ。
 へえ。
 西の教会って妻帯アウトじゃなかったっけ?

「昨今の聖なるものは、地上の娘を娶ろうとするものなのですね」

 ぼそりとミカちゃんが呟き、ちらりとイケメン天使……天使カイルを見遣ってにやりと笑う。さすがミカちゃんは煽るのもうまいな、と思わざるを得ない笑顔だった。
 しかも瑠夏さんが見てない隙を狙うとか。
 たちまち天使カイルの顔が渋面になる。たぶん、ミカちゃんの呟きが聞こえたんだろう。声量のコントロールもさすがだ。

「あっ、せっかくだし、これから一緒にご飯でもどうですか? こっちのカイルの友達とか初めてだから、もっとお話ししたいです」
「ちょっ、ルカ……」
「私は構いませんよ。ね、律子さん」

 慌てて止めようとする天使カイルに、にっこり了承するミカちゃん。
 だめだ天使カイル負けてる。こういう勝負はミカちゃんに分があるんだろう。諦めろ、天使カイル

「私も全然問題ないですよ」

 だから、私もいい笑顔を作ってそう頷いた。



 そういうわけで、今、変な組み合わせの4人で居酒屋のテーブルを囲む事態となっている。
 雰囲気は良くないが、私は敢えて無視しているし、天使の彼女は気付いてないのかまったく頓着していない。

「……聖なるものとか天使とか、そもそも僕は生粋の天使じゃなくて、半分だけなんだ。だから変な呼び方をするな。カイルという名前だってある」

 ミカちゃんにひたすら“聖なるもの”、私に“天使”と連呼されて、店員にチラ見されまくるのに参ったのか、天使、いや、カイルがとうとうそんなことを言い出した。

「いえいえ、天上のものの名を直接呼ぶなど恐れ多くて」

 まさに慇懃無礼そのものの口調と表情でミカちゃんが言う。瑠夏さんは「んん?」という顔でふたりを見比べる。
 若干心配そうな色を浮かべる瑠夏さんに私は笑って、まあまあと手を振った。

「ほら、トムとジェリーみたいな例もあるし。これで結構仲がいいんだと思いますよ」

 私はミカちゃんの背を「どうどう」と宥めつつぽんぽん叩きながら、ものすごく適当に言った。

「だからこれも挨拶みたいなものなんですよ。親愛の情を示してるみたいな? ね、ミカちゃん」

 そんな私の言葉に、ミカちゃんもにっこりと頷く。
 正直、私は先日のカイルとのことを少しだけ根に持っているのだ。人に無断で変な力使うとか、失礼だろうと。
 だからカイルがどう思うとか、そこらへんはかなりどうでもいい。

「なるほど! でも、ミカさんと律子さんて、カイルの種族のことまで知ってるんですか?」
「ええ、よく存じておりますよ」

 瑠夏さんの質問に、ミカちゃんはしれっと笑って答えてのける。私もにこにこ笑いながら一緒にうなずく。
 カイルはそれも面白くなさそうだった。

「わあ! なら、なら、私、律子さんとカイルのことまでいろいろ話ができるってこと? うれしい!」
「――ルカ?」
「あっ……!?」
「律子さん?」

 言われて私もそうかと気がついた。
 これもしかして、初めてペトラちゃんとかナイアラ以外に、人間と、ミカちゃんのことで女子トークができるということではないだろうか。
 そのことに思い至り、ぽんと手を打って、サムズアップを返す。

「願ってもないですよ!」

 瑠夏さんと私、何か通じ合うものを感じてじっと目を合わせた。
 同志だ。同志を発見した。

「……乾杯!」
「……乾杯!」

 中ジョッキを合わせ、ふたりとも心からにっこりと笑う。たぶん今すごく気持ちが通じ合ってる。
 やっと見つけた人間の同志!

「今度、ふたりで飲もう」
「いいですね。カラオケとかもどうですか?」
「やった!」

 呆気に取られるミカちゃんとカイルをそっちのけで、私は瑠夏さんと意気投合した。
 ふたりスマホを取り出し、さっそく連絡先を交換する。
 ミカちゃんが何か言いたそうにしているがスルーだ。カイルの顔にも解せないと書いてあったがスルーだ。

「いやあ、今までペトラちゃんしか話せる相手なかったし、なんか嬉しいですねえ」
「私も! 話せるのってカイルの仲間だから、あんまりいろいろ言うのも悪いかなって思っちゃって」

 やっぱり屈託なく笑う瑠夏さんに、カイルが不安げな目を向ける。
 ミカちゃんはひとつ溜息を吐いた後、面白そうに見ているだけだ。

「……ルカ、僕にそんなに不満があったんだ……」
「えっ、そういうんじゃなくって、でもやっぱり女子同士じゃないと話せないこともあるしさ、ねえ律子さん?」

 瑠夏さんの言葉に、私も大きく頷いた。付き合う相手が天使でも吸血鬼でも、たぶん悩みとか話したいことは同じはずだ。

「そうそう。ペトラちゃんと話すのもいいんだけど、さすがに種族違うとちょっと通じないこともあってね。それに、ペトラちゃんと話せるのって、ミカちゃんがお風呂入ってる間くらいだから」
「ペトラちゃんて?」
「あ……ええと、うちの対害虫警備を引き受けてくれてる……アシダカグモのお嬢さん。すっごい奥ゆかしくて乙女なんだけど……クモ、だめだったかな?」
「ううん、クモなんて、どろぐちゃのわけわかんない魔物に比べたらぜんっぜんかわいいと思う」

 どろぐちゃの魔物。
 ああそうか、カイルは魔物退治が仕事とかいう話だったっけ。
 まあ、魔物のことはどうでもいいや。

「魔物退治も大変なんだね。
 そういえば、天使なんかと、どこで知り合ったの?」

 ふと気になって何気なく尋ねると、瑠夏さんは何故だか目を泳がせてから横のカイルを見上げた。

「ええと、その……神託で……」
「しんたく?」
「我が神が神託とともにルカを僕に託したんだ」

 信託銀行で会ったということだろうか、などときょとんとする私に、カイルがドヤ顔で口を出す。
 あ、瑠夏さんの顔が引き攣った。

「なるほど、神が仰るから、というわけですか。さすが聖なるものは違いますね」

 にこにこと話を聞くだけだったミカちゃんが、ふんと鼻で笑いながらカイルを見遣る。
 本当に、ミカちゃんの煽り方は堂に入っている。

「なっ、それだけのはず、ないだろう!」
「なら、そのような物言いしかできない言葉知らずというわけですね」
「お前! さっきから黙っていれば!」
「ちょっ、カイルわかってるから! カイルがそうなの今に始まったことじゃないってわかってるから!」
「瑠夏さんそれフォローになってない」
「あっ」

 つまり、ふたりは似た者同士ということなのか。なるほど。
 私はまたひとつ大きく頷いた。



「律子さんがあんなに乗り気になるとは思いませんでした」

 帰ってきてシャワーを浴びながら、ミカちゃんがそんなことを言う。
 なんかおもしろくて、ついたくさん飲んじゃったから、全部任せられる楽さがありがたい。

「だって、ミカちゃんのこと気兼ねなく話せる女子の友達、欲しかったんだよね」
「ですが、天のものに付いてる人間ですし……」
「大丈夫じゃないかな。見てた感じ、天使のほうが尻に敷かれてたからね。
 天使も、思ってたより残念だったしねえ」
「……なるほど」

 ミカちゃんがくすりと笑った。
 それに、もしなにかあっても、あの残念天使にミカちゃんが負ける気がしないから大丈夫だ、と私は心の中だけで考えた。
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