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3.ミカちゃんと私
10.ヤバいのはお呼びじゃない
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私は今日もミカちゃんに抱き込まれている。なんかもう本当に毎日毎日飽きないな、と思う。
いったい、血以外の何がそんなにミカちゃんのツボを突いたのか、未だによくわからない。ペトラちゃんは気にしても仕方ないというけれど、私は気になるのだ。
いつものように首にキスをし始めるミカちゃんは、さすが吸血鬼というか、いつもいつも執拗に首や喉へのキスを繰り返してくる。時には軽く牙を掠らせたり刺してみたり、きっと本当は、血を吸いたくてたまらないんだろうと感じることもある。
だけど、コトの最中にうっかり私が「吸って!」なんて言ってしまっても、ミカちゃんは月に一度だけの約束だと言って吸おうとしない。焦らしているのか、それとも歯止めが効かなくなってはまずいと考えているのか……改めて考えると、両方の気がしてくる。
「ん……ね、ミカちゃん」
「なんですか?」
「なんで、こういうこと、するの?」
「嫌ですか?」
はあ、と息を吐く私を啄ばみながら、ミカちゃんが笑う。
「質問返しとか、ずるい」
口を尖らせてみたけど音を立ててまた首筋を吸われて、ついびくっとしてしまう。だんだん息も荒くなってくる。
「ね、なんで? 食料だから、味見?」
「食事でもないものを、いちいち抱いたりすると思いますか?」
そう言ってまたキスをするミカちゃんは、本当にずるい。
「ふっ、普通は、食べるとき、しか、しないもの、なの?」
ふ、ふ、と息を漏らしながら、私はさらに訊く。だって。
「……それが、手っ取り早い手段であれば」
キスをしながら返されて、やっぱりそうか、となんだか納得したような気落ちしたような、よくわからないもやもやが生まれる。
これじゃ、まるで。
「気になるの、ですか?」
ふ、と笑ってミカちゃんが私の顔を覗き込んだ。
「なんとなく、どうなんだろうって、思っただけ」
はあ、と吐息を漏らす私の口を、ミカちゃんが塞ぐ。ちゅくちゅくと舌を吸い、咥内を舐る。だんだん頭がぼうっとしてきて、ほんとだめだ。いつもこれで流されてしまうのだ。
「ん、んふぅ」
こんなんじゃだめだといくら考えても、ミカちゃんの手に馴らされた身体はすぐ反応して、あっという間にぐだぐだに蕩けてしまう。
「で、でも……んっ、私は食料……、なんだよ、ね」
あちこちにキスを落とされながら、なおも尋ねると、ミカちゃんは目を眇めて、おでこがぶつかるくらいにまで顔を近づけた。
「律子さんは、食料で、いたいのですか?」
ちゅ、ちゅ、と音を立てて口を啄ばまれる。
「……わ、かんない」
ミカちゃんの手にあちこちに弄られて、さらに息が荒くなる。
「なぜ、そんなに気にするのですか」
「ん、うっ」
くちゅ、と脚の間に指を入れられ、びくびくと腰が震える。
「だ、って……ぁ、んあっ!」
充血した花芽をぐっと押され、背中に電流が走る。
「だって?」
「あ、あっ、だ、て、月いちの、約束で、来たんだし……ああっ」
「律子さんが血を飲まれたくないなら、約束は無しでもいいんですよ」
湿った音を立てながら、ミカちゃんの指が中を掻き回す。
「でも……んぁ、あ、それ、じゃ、また外で、怖いの、来ちゃ……んっ」
「では、飲まずに、過ごします」
ぼうっとなった頭でミカちゃんを見上げると、なんだかとても真剣な顔で私を見つめていた。
「それじゃ、ミカちゃんが、しんじゃう」
「かまいません」
「だめ、だよ」
いつも、すごく余裕な態度で私を煙に巻くようなことばかり言うのに、どうしてそんな顔をするんだろう。
「ミカちゃん、ね、私の、全部って……、っん、なに……?」
掻き回されながら尋ねると、ミカちゃんは、ちゅうっと口を吸って、「何だと思いますか?」と笑った。
「は、あっ……あの、ね」
はあ、と私は大きく息を吐く。
「私の、血と、身体は、んっ、たぶん、もうミカちゃんの、だよ」
ミカちゃんは、かすかに目を瞠ったように見えた。
「気持ちは、っう、よく、わかんない」
「そうですか」
ミカちゃんが目を伏せる。
「でっ……でもね、ん、私、ミカちゃんのこと、けっこう、好きだ……んぅ、あ、あっ──ああっ!」
ミカちゃんの指にぐいと抉られて、思わず仰け反ってしまう。
「あ、や、あ、そこ、そんな……あっ」
奥まで掻き混ぜられて、ゆっくりと貫かれて、頭が沸騰してしまう。
「あ、だめ、あ、あっ……ああっ!」
ぐちゅぐちゅと音を立てて動くミカちゃんが、なんだかいつもよりも激しい気がする。
は、は、と息を荒げて大きく動く。
噛み付くように口を貪られて首を食まれて、私もどんどんわけがわからなくなってしまう。
「あ、あ、ミカちゃん、いっ、ちゃう……あ、いくっ、ああああっ!」
びくびくと痙攣し、奥まで穿ったミカちゃんをぎゅうぎゅう締め上げる。
「っは、あっ」
私の中で脈打つようにどくどくと震えるミカちゃんと、わたしを抱き締めて呻き声を上げるミカちゃんの両方を感じて、なんだかいつもよりも強い充足感を得る。
思わず抱き締め返して、なんだか普通の恋人同士みたいだと思ってしまう。
錯覚だとわかっているけど、なんとなく、今だけならいいかなと考える。
って、これが絆されてるということなのだろうか。
仕事帰りの電車の中で、私は暗くなり始めた空を眺めていた。
今の私は、通勤電車の中で、すっかり日課になってるひとり反省会真っ最中だ。毎日朝晩の通勤電車の中で、ひとり悶々と「またやっちゃったよ」とひたすら昨夜の反省会をするのだ。
反省だけなら猿にもできるよな、なんてことも考えながら。
議題はもちろん、前回の月いちから、半ばというよりほぼ強引に始まってしまったミカちゃんとの関係についてだ。最近の状況なんて、もう、どう考えても私がちょろすぎだろう。
……つまり、これがいわゆる“身体から落とされる”というやつなのか。
頭を抱えてしゃがみこみそうになるのをぐっと堪え、溜息を吐く。このひとり反省会も、ペトラちゃんとの女子トークも、いい加減無意味だもんなあ。
だって、うだうだ考えたところで、どうせ今日だって、寝る時間になったらミカちゃんにごそごそされた挙句、ついその気になってやっちゃうんだし。
やっぱり私、ちょろいじゃないか。
「よう、律子ちゃん」
「あ、リッコひさしぶり!」
駅を降りて、いつものコンビニの前で、いつものようにアイスを齧るカレヴィさんとナイアラに声を掛けられた。
「さいきんみなかったよ。どうしてたの?」
小首を傾げてナイアラに聞かれて、「あー、うん、ちょっとね」と曖昧に笑ってしまう。
会わなかったのは当たり前だ。私がふたりに会わないように、コンビニを避けてたんだから。
……今日はうっかり通っちゃったけど。
「んん? なにか、あったね?」
ナイアラは私の笑いになんて誤魔化されず、突っ込んできた。こういう時、ナイアラって結構ひとを見ているなと思う。
「……あー、なるほど」
「カレヴィ、なにかわかった?」
カレヴィさんは「律子ちゃん、ミカの臭いがぷんぷんしてるからな」とひとり頷いた。
「……えっ?」
「ミカの臭い?」
私はカレヴィさんの言葉にぎょっとして、ナイアラは訝しげに私を見る。
カレヴィさんはさすが“人狼”だというだけあって、鼻が鋭いんだろうか。彼の言うミカちゃんの臭いって、まあ、たぶん、そういうことなんだろうし。
ナイアラは目を眇めて、じーっと探るように観察するように私を見つめた。
「リッコ、みいられてる?」
「へ?」
「……ねんのため、ちゃんとみておこうか」
ナイアラは携帯を出すと、いきなり誰かに電話をかけて外国語で話をしだした。
「ええと、ナイアラ?」
いったい何が始まるのかと思いつつ、恐る恐る声をかけると、「ちゃんとわかるの、よんだから、まってて」と腕を掴まれた。
「わかるって、何が?」
「みいられてるか、どうか」
「ナイアラ、急に何だよ……君は」
数分後現れたのは、以前夏祭りで遭遇したイケメン天使だった。なんとなく、ヤバいの来たと身構えてしまう。
ちらりと私を見たイケメン天使は、ナイアラに視線を戻して外国語で喋り始める。英語じゃないし、どこの言葉なんだろうか。カレヴィさんを見ると、面白そうに肩を竦めるだけだった。この人ってつくづく肝心な時の役に立たないな。
イケメン天使はナイアラとひとしきりふたりで話した後、おもむろに私の手を取った。
そのまま目を眇めて、ぶつぶつと何かに祈りでも捧げてるかのようになり……ぴりっとするような、何かが来るのを感じて……。
あ、これダメなやつだ。
以前ナイアラから受け取った御守りと、同じ感じがする。
「だめ!」
無理やり手を振りほどくと、イケメン天使は驚いた顔で私を見た。
「何故だ。やはり君は魅入られ……」
「そうじゃなくて、私、この前みたいに、ミカちゃんのこと傷付けたくないの!」
前にミカちゃんがやさぐれた原因と同じもの再びだとわかっていて、誰がおとなしくするか。
「だいたい、魅入られてるとか何? なんであなたがミカちゃんをいいか悪いか決めるの。天使が正しいって誰が決めたの? 正しいかどうかなんて主観で変わるものでしょ? ちょっと横暴なんじゃない?」
イケメン天使は、なんだかものすごい衝撃を受けたという表情になった。カレヴィさんがお腹を抱えて笑い出す。いつもながら失礼だな。おかげでイケメン天使がムッとした顔で怒ったように眉を顰めてしまったじゃないか。
「天使の兄ちゃん、そこまでだ」
くつくつと肩を震わせ目尻に涙まで滲ませながら、カレヴィさんがイケメン天使に制止の手をあげた。
「俺、この件についてはあんたにもミカにも肩入れはしないつもりだけど、律子ちゃんの味方ではあるんだよ。無闇に喧嘩はしたくねえし、ここらで帰ってくれないかな」
「だが……」
「律子ちゃんは嫌がってるだろう?」
もう一度、カレヴィさんがゆっくりと繰り返す。
「お前、自分こそが絶対正しいって、無理強いする気か?」
にやついて嘲るようなカレヴィさんは、どう見ても煽ってる。いいのか。
「カレヴィ、でも」
「ナイアラも、よかれと思ってるんだろうが、良いことが最善とは限らないんだよ。空気読んでなあなあで流すのもここじゃありってことでな」
むう、という顔で黙り込むナイアラに、カレヴィさんはにいっと笑う。
「だいたいな、ここは日本だ。お前らの神なんぞ八百万の神の中の一柱でしかないし、正しさなんぞ神の数だけある国なんだよ。
流すのも立派な正しさだ」
さ、帰った帰ったと手を振るカレヴィさんと私を見比べてひとつ息を吐き、最後に困ったような顔をしたナイアラに「後でな」と言ってイケメン天使は帰っていった。
カレヴィさんは、自分いいこと言ったってドヤ顔しているけど、単に空気読んだ事なかれ主義なことしか言ってないんじゃないだろうか。
「……あのね、ナイアラ。心配してくれるのはありがたいけど、ミカちゃんが私に酷いことすることはないと思うんだ。だから、大丈夫だよ」
たぶん、ミカちゃんが昨晩言ってた“食事しなくても構わない”というのは本音なんじゃないかと思うし、そもそも、ミカちゃんが私を大事にしようとしてくれてるくらいはわかる。
「それに、私、そもそもミカちゃんのこと嫌いじゃないし……むしろ、好きなほうじゃないかって思うんだよね」
「ほんとに? それ、リッコのほんとう?」
「……考えてみたらさ、好意がなかったら、そもそも倒れてるのを助けたりなんてしないだろって思ったし、家に来られても全力で追い返してるよ」
どうにも微妙な顔をしたままのナイアラの横で、カレヴィさんが「やっぱ律子ちゃんておもしれえな」と笑った。
いったい、血以外の何がそんなにミカちゃんのツボを突いたのか、未だによくわからない。ペトラちゃんは気にしても仕方ないというけれど、私は気になるのだ。
いつものように首にキスをし始めるミカちゃんは、さすが吸血鬼というか、いつもいつも執拗に首や喉へのキスを繰り返してくる。時には軽く牙を掠らせたり刺してみたり、きっと本当は、血を吸いたくてたまらないんだろうと感じることもある。
だけど、コトの最中にうっかり私が「吸って!」なんて言ってしまっても、ミカちゃんは月に一度だけの約束だと言って吸おうとしない。焦らしているのか、それとも歯止めが効かなくなってはまずいと考えているのか……改めて考えると、両方の気がしてくる。
「ん……ね、ミカちゃん」
「なんですか?」
「なんで、こういうこと、するの?」
「嫌ですか?」
はあ、と息を吐く私を啄ばみながら、ミカちゃんが笑う。
「質問返しとか、ずるい」
口を尖らせてみたけど音を立ててまた首筋を吸われて、ついびくっとしてしまう。だんだん息も荒くなってくる。
「ね、なんで? 食料だから、味見?」
「食事でもないものを、いちいち抱いたりすると思いますか?」
そう言ってまたキスをするミカちゃんは、本当にずるい。
「ふっ、普通は、食べるとき、しか、しないもの、なの?」
ふ、ふ、と息を漏らしながら、私はさらに訊く。だって。
「……それが、手っ取り早い手段であれば」
キスをしながら返されて、やっぱりそうか、となんだか納得したような気落ちしたような、よくわからないもやもやが生まれる。
これじゃ、まるで。
「気になるの、ですか?」
ふ、と笑ってミカちゃんが私の顔を覗き込んだ。
「なんとなく、どうなんだろうって、思っただけ」
はあ、と吐息を漏らす私の口を、ミカちゃんが塞ぐ。ちゅくちゅくと舌を吸い、咥内を舐る。だんだん頭がぼうっとしてきて、ほんとだめだ。いつもこれで流されてしまうのだ。
「ん、んふぅ」
こんなんじゃだめだといくら考えても、ミカちゃんの手に馴らされた身体はすぐ反応して、あっという間にぐだぐだに蕩けてしまう。
「で、でも……んっ、私は食料……、なんだよ、ね」
あちこちにキスを落とされながら、なおも尋ねると、ミカちゃんは目を眇めて、おでこがぶつかるくらいにまで顔を近づけた。
「律子さんは、食料で、いたいのですか?」
ちゅ、ちゅ、と音を立てて口を啄ばまれる。
「……わ、かんない」
ミカちゃんの手にあちこちに弄られて、さらに息が荒くなる。
「なぜ、そんなに気にするのですか」
「ん、うっ」
くちゅ、と脚の間に指を入れられ、びくびくと腰が震える。
「だ、って……ぁ、んあっ!」
充血した花芽をぐっと押され、背中に電流が走る。
「だって?」
「あ、あっ、だ、て、月いちの、約束で、来たんだし……ああっ」
「律子さんが血を飲まれたくないなら、約束は無しでもいいんですよ」
湿った音を立てながら、ミカちゃんの指が中を掻き回す。
「でも……んぁ、あ、それ、じゃ、また外で、怖いの、来ちゃ……んっ」
「では、飲まずに、過ごします」
ぼうっとなった頭でミカちゃんを見上げると、なんだかとても真剣な顔で私を見つめていた。
「それじゃ、ミカちゃんが、しんじゃう」
「かまいません」
「だめ、だよ」
いつも、すごく余裕な態度で私を煙に巻くようなことばかり言うのに、どうしてそんな顔をするんだろう。
「ミカちゃん、ね、私の、全部って……、っん、なに……?」
掻き回されながら尋ねると、ミカちゃんは、ちゅうっと口を吸って、「何だと思いますか?」と笑った。
「は、あっ……あの、ね」
はあ、と私は大きく息を吐く。
「私の、血と、身体は、んっ、たぶん、もうミカちゃんの、だよ」
ミカちゃんは、かすかに目を瞠ったように見えた。
「気持ちは、っう、よく、わかんない」
「そうですか」
ミカちゃんが目を伏せる。
「でっ……でもね、ん、私、ミカちゃんのこと、けっこう、好きだ……んぅ、あ、あっ──ああっ!」
ミカちゃんの指にぐいと抉られて、思わず仰け反ってしまう。
「あ、や、あ、そこ、そんな……あっ」
奥まで掻き混ぜられて、ゆっくりと貫かれて、頭が沸騰してしまう。
「あ、だめ、あ、あっ……ああっ!」
ぐちゅぐちゅと音を立てて動くミカちゃんが、なんだかいつもよりも激しい気がする。
は、は、と息を荒げて大きく動く。
噛み付くように口を貪られて首を食まれて、私もどんどんわけがわからなくなってしまう。
「あ、あ、ミカちゃん、いっ、ちゃう……あ、いくっ、ああああっ!」
びくびくと痙攣し、奥まで穿ったミカちゃんをぎゅうぎゅう締め上げる。
「っは、あっ」
私の中で脈打つようにどくどくと震えるミカちゃんと、わたしを抱き締めて呻き声を上げるミカちゃんの両方を感じて、なんだかいつもよりも強い充足感を得る。
思わず抱き締め返して、なんだか普通の恋人同士みたいだと思ってしまう。
錯覚だとわかっているけど、なんとなく、今だけならいいかなと考える。
って、これが絆されてるということなのだろうか。
仕事帰りの電車の中で、私は暗くなり始めた空を眺めていた。
今の私は、通勤電車の中で、すっかり日課になってるひとり反省会真っ最中だ。毎日朝晩の通勤電車の中で、ひとり悶々と「またやっちゃったよ」とひたすら昨夜の反省会をするのだ。
反省だけなら猿にもできるよな、なんてことも考えながら。
議題はもちろん、前回の月いちから、半ばというよりほぼ強引に始まってしまったミカちゃんとの関係についてだ。最近の状況なんて、もう、どう考えても私がちょろすぎだろう。
……つまり、これがいわゆる“身体から落とされる”というやつなのか。
頭を抱えてしゃがみこみそうになるのをぐっと堪え、溜息を吐く。このひとり反省会も、ペトラちゃんとの女子トークも、いい加減無意味だもんなあ。
だって、うだうだ考えたところで、どうせ今日だって、寝る時間になったらミカちゃんにごそごそされた挙句、ついその気になってやっちゃうんだし。
やっぱり私、ちょろいじゃないか。
「よう、律子ちゃん」
「あ、リッコひさしぶり!」
駅を降りて、いつものコンビニの前で、いつものようにアイスを齧るカレヴィさんとナイアラに声を掛けられた。
「さいきんみなかったよ。どうしてたの?」
小首を傾げてナイアラに聞かれて、「あー、うん、ちょっとね」と曖昧に笑ってしまう。
会わなかったのは当たり前だ。私がふたりに会わないように、コンビニを避けてたんだから。
……今日はうっかり通っちゃったけど。
「んん? なにか、あったね?」
ナイアラは私の笑いになんて誤魔化されず、突っ込んできた。こういう時、ナイアラって結構ひとを見ているなと思う。
「……あー、なるほど」
「カレヴィ、なにかわかった?」
カレヴィさんは「律子ちゃん、ミカの臭いがぷんぷんしてるからな」とひとり頷いた。
「……えっ?」
「ミカの臭い?」
私はカレヴィさんの言葉にぎょっとして、ナイアラは訝しげに私を見る。
カレヴィさんはさすが“人狼”だというだけあって、鼻が鋭いんだろうか。彼の言うミカちゃんの臭いって、まあ、たぶん、そういうことなんだろうし。
ナイアラは目を眇めて、じーっと探るように観察するように私を見つめた。
「リッコ、みいられてる?」
「へ?」
「……ねんのため、ちゃんとみておこうか」
ナイアラは携帯を出すと、いきなり誰かに電話をかけて外国語で話をしだした。
「ええと、ナイアラ?」
いったい何が始まるのかと思いつつ、恐る恐る声をかけると、「ちゃんとわかるの、よんだから、まってて」と腕を掴まれた。
「わかるって、何が?」
「みいられてるか、どうか」
「ナイアラ、急に何だよ……君は」
数分後現れたのは、以前夏祭りで遭遇したイケメン天使だった。なんとなく、ヤバいの来たと身構えてしまう。
ちらりと私を見たイケメン天使は、ナイアラに視線を戻して外国語で喋り始める。英語じゃないし、どこの言葉なんだろうか。カレヴィさんを見ると、面白そうに肩を竦めるだけだった。この人ってつくづく肝心な時の役に立たないな。
イケメン天使はナイアラとひとしきりふたりで話した後、おもむろに私の手を取った。
そのまま目を眇めて、ぶつぶつと何かに祈りでも捧げてるかのようになり……ぴりっとするような、何かが来るのを感じて……。
あ、これダメなやつだ。
以前ナイアラから受け取った御守りと、同じ感じがする。
「だめ!」
無理やり手を振りほどくと、イケメン天使は驚いた顔で私を見た。
「何故だ。やはり君は魅入られ……」
「そうじゃなくて、私、この前みたいに、ミカちゃんのこと傷付けたくないの!」
前にミカちゃんがやさぐれた原因と同じもの再びだとわかっていて、誰がおとなしくするか。
「だいたい、魅入られてるとか何? なんであなたがミカちゃんをいいか悪いか決めるの。天使が正しいって誰が決めたの? 正しいかどうかなんて主観で変わるものでしょ? ちょっと横暴なんじゃない?」
イケメン天使は、なんだかものすごい衝撃を受けたという表情になった。カレヴィさんがお腹を抱えて笑い出す。いつもながら失礼だな。おかげでイケメン天使がムッとした顔で怒ったように眉を顰めてしまったじゃないか。
「天使の兄ちゃん、そこまでだ」
くつくつと肩を震わせ目尻に涙まで滲ませながら、カレヴィさんがイケメン天使に制止の手をあげた。
「俺、この件についてはあんたにもミカにも肩入れはしないつもりだけど、律子ちゃんの味方ではあるんだよ。無闇に喧嘩はしたくねえし、ここらで帰ってくれないかな」
「だが……」
「律子ちゃんは嫌がってるだろう?」
もう一度、カレヴィさんがゆっくりと繰り返す。
「お前、自分こそが絶対正しいって、無理強いする気か?」
にやついて嘲るようなカレヴィさんは、どう見ても煽ってる。いいのか。
「カレヴィ、でも」
「ナイアラも、よかれと思ってるんだろうが、良いことが最善とは限らないんだよ。空気読んでなあなあで流すのもここじゃありってことでな」
むう、という顔で黙り込むナイアラに、カレヴィさんはにいっと笑う。
「だいたいな、ここは日本だ。お前らの神なんぞ八百万の神の中の一柱でしかないし、正しさなんぞ神の数だけある国なんだよ。
流すのも立派な正しさだ」
さ、帰った帰ったと手を振るカレヴィさんと私を見比べてひとつ息を吐き、最後に困ったような顔をしたナイアラに「後でな」と言ってイケメン天使は帰っていった。
カレヴィさんは、自分いいこと言ったってドヤ顔しているけど、単に空気読んだ事なかれ主義なことしか言ってないんじゃないだろうか。
「……あのね、ナイアラ。心配してくれるのはありがたいけど、ミカちゃんが私に酷いことすることはないと思うんだ。だから、大丈夫だよ」
たぶん、ミカちゃんが昨晩言ってた“食事しなくても構わない”というのは本音なんじゃないかと思うし、そもそも、ミカちゃんが私を大事にしようとしてくれてるくらいはわかる。
「それに、私、そもそもミカちゃんのこと嫌いじゃないし……むしろ、好きなほうじゃないかって思うんだよね」
「ほんとに? それ、リッコのほんとう?」
「……考えてみたらさ、好意がなかったら、そもそも倒れてるのを助けたりなんてしないだろって思ったし、家に来られても全力で追い返してるよ」
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