真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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3.ミカちゃんと私

7.これ、無理だ

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 日曜日になっても身体はもったりと重たかった。

「ん……」

 ぼんやりと薄目を開いて、寝返りを打とうと身じろぎをする。

「お目覚めですか」
「え」

 耳元で不意打ちのように囁かれて、はっきりと目が覚めた。慌てて起き上がろうと手をついたのに、力が入らなくてぱたりと突っ伏してしまう。

「まだ疲れが取れていないようですね」

 背後からぎゅうっと抱き竦められた。おさまっていた熱が増したように感じて、思わず身体を丸めてしまう。
 そうやって丸まった私をぐいと引き寄せて、ミカちゃんが笑う。

「ミカちゃん、私に、何かした?」
「いいえ。いつもより少しだけ時間を掛けて血をいただいただけですよ」

 ミカちゃんは他には何もしていないと言いつつ、首に……あの、牙を突き立てられた場所にキスをした。
 ひんやりとした唇の感触に、つい息を吐いてしまう。
 なぜか、動悸が激しくなる。
 何かがおかしい気がする。

「どうかしましたか?」

 そしらぬ顔で尋ねる声が、いつもよりよく響く。
 顔を上げる私を、ミカちゃんが覗き込んだ。

「ミカちゃん、目が、赤い……」
「いつもと同じですよ?」

 くすりと笑ったミカちゃんの口元にちらりと牙が覗いた。
 私の喉がごくりと鳴る。そうだ、あの牙を突き立てられると……。
 口元をじっと見つめる私の首に、ミカちゃんがもう一度キスをしてぺろりと舐めた。まるで、血を吸い終わった時のように。

「脈がずいぶん速くなっていますが、どうしましたか?」

 絶対にわかったうえで投げている質問に、つい顔に血が上る。

「どうも、しない」

 ふて腐れたように返す私の首に、またキスをする。
 同じところに、これで何度目だろうか。
 動悸はまだ続いている。治るどころか、増しているようにも感じる。

「お腹は空いていませんか?」
「あんまり、空いてない」
「食欲が落ちているようですね。消化の良いものを用意しましょうか」

 ミカちゃんは、そのまま寝ていてくださいと言い置いて、楽しげに台所へと向かった。
 動悸が止まらず、おまけに身体の奥から生まれるじくじくとした悶えるような感覚を持て余して、私はベッドの上でじっと丸くなっていた。

「さあ、できましたよ」
「あ、ありがとう」
「ああ、律子さんは、そのままで」

 ミカちゃんが作ってくれたのは雑炊だった。野菜や鶏肉をたっぷりとくたくたになるまでよく煮込んで、最後にご飯を入れて卵を落とした雑炊。
 慌ててベッドから起き上がろうとしたところを、ミカちゃんに押しとどめられた。え、と困惑する間もなく、ひょいと抱き上げられてしまう。

「ミカちゃん、なに?」
「怠いのでしょう? ですから、お手伝いします」

 ミカちゃんの目が、またきらりと赤く光る。

「自分で、食べられるから」
「遠慮なさらず」

 ミカちゃんの膝の上で背中から抱え込まれた。しっかりと押えられていて、退くに退けない状態だ。

「さあ、どうぞ」

 片手を伸ばしてスプーンで掬い、ふうふうと冷ました雑炊を口元に持ってこられて……ちょっとさすがにこれはと戸惑っていたら、さらに促された。

「さあどうぞ。……昨晩は口移しで食べたことを、もうお忘れですか?」
「あっ」

 あれは、と言いかけて口を開いた瞬間を狙ってスプーンを突っ込まれて、なし崩しにもがもがと食べてしまう。

「うう……なんで……」
「さあ、もうひと口」

 どうしよう、このままじゃ本気でいいようにされてしまう。

「律子さん、口を開けてください」
「ま……」

 待って、と言おうとして、やっぱりまたスプーンを突っ込まれた。
 これでは埒があかない。

 ――とはいっても、膝の上からは逃れられず、給餌からも逃れられずだ。
 結局、食べきるまでずっと口を開くたびにスプーンを突っ込まれ続けた。
 口の端に付いてしまった米粒を、そっと指先ですくって舐め取りながら、ミカちゃんは楽しそうに笑う。

「往生際が悪いですよ、律子さん」
「でっ、でも……」
「逃げられると、お思いですか?」

 赤く底光りのする目で覗き込まれて、気持ちが萎えていく。
 動揺する私の胸の中心線を、つ……とミカちゃんの指になぞられて、また動悸が激しくなった。心臓の上で止まった指が、とんとんとそこを叩く。

「また、脈が速くなっていますね」

 ミカちゃんは、背中からすっぽりと抱え込むように腕を回した。そのまま首筋に顔を埋め、またぺろりと舐める。
 くすくすと笑って、愛おしげに首を舐めている。

「いい加減、諦めてください」
「でも、だって」
「諦めて、私を欲しいとひと言おっしゃればいいのですよ」

 きっと、どれだけ私が否定しようと、根をあげて首を縦に振るまでこのまま囁き続けるんだ。ミカちゃんはこれまでもこれからも何百年と生きる長寿な吸血鬼で、人間とは時間の感覚が違うから、いつまでも待ち続けられるのだ。
 首筋に唇を当てたまま、上目遣いに私を見上げる赤い目は、やっぱり笑みを浮かべている。
 時折ぴりっとするのは、首の薄い皮膚の上を牙がかすめるせいだ。その度に心臓はどきりと大きく跳ね上がり、私は思わず息を吐いてしまう。

「だって、ミカちゃんは」
「私は、律子さんを」

 私の血が美味しいから、私に執着してるだけなんじゃないの?
 ミカちゃんに遮られて、私の言葉は続かなかった。
 ミカちゃんは、私の顎をくいと持ち上げて軽く喉をむ。

「律子さんのすべてを、欲しいと思っていますよ」

 低く低く囁いて、ミカちゃんは私の顔を自分の方へと向かせる。唇を塞ぎ、舌を絡め、口内を蹂躙し……私はいいように翻弄されるばかりだ。
 やっぱりだめだ、これはどうにも逃げられない。
 私は何を間違えちゃったんだろう。
 離れなくちゃと思うのに、身体はぐにゃぐにゃだ。

「何をもがいているんですか?」

 考えたくないけれど、私が感じてるこれは、やっぱり快楽なのだろう。

 “単に食事をしているだけなのに、気持ちがいいとかおかしい”

 ずっとそう考えていたのに。
 カレヴィさんの言うことだって笑い飛ばしたし、ちゃんと食事を提供しているのに魅了の力なんて必要ないって真剣に考えたことなかったし。
 それに、最初の二回は、必要な分だけ飲んですぐに終わっていたのだ。

「でもね、ミカちゃん、やっぱり、こういうのって、双方の合意あってだし、穏やかにことを進めてこそだと思うの」
「だから、律子さんがひとつ頷くだけでよいということでしょう?」

 この先、私がどんなに悪足掻きしたところで、こうしてのらりくらりと返されるだけなのかもしれない。
 ミカちゃんに、言葉で敵う気がしない。
 なんだか笑ってしまいそう。

 そうしている間に、私の身体の熱はどんどん高まっていった。
 私の同意があるまで、ミカちゃんはこのままひたすら、つまり、性的な意味での肝心なコトはうまく避けて、私が根を上げるまで愛撫し続けるつもりなのだ。
 カレヴィさんの言うとおりだった。ミカちゃんは、何百年もこうやって食事を獲ってきた、百戦錬磨の吸血鬼なのだ。
 熱くてたまらない。

「何を考えているのですか?」
「何をって、別に、何でもなくて……」
「そうですか」

 ふふ、と笑いながらミカちゃんが私の頬を撫でる。うなじにキスを落として、擽るように首筋を撫で下ろす。
 そのまままた鼓動を確かめるように、心臓の上に手を置いてぐいと力を入れて抱き締める。
 
「も、いい加減、離れてもいいんじゃないかなって」
「本当に、離れていいのですか?」

 ミカちゃんの唇が、うなじから首筋へと移って行く。時折、ちくりという刺激を感じて、私はつい身悶えてしまう。

「や……」
「嫌なのでしたら、振り払ってください。そこで終わりにしますから」

 ミカちゃんが首筋を甘く食む。
 牙は立てず、唇だけで。
 それなのに、私は吐息とともに身体を捩らせてしまう。びくっと背が震えて、動けなくなってしまう。

 ――本当に困るのは、嫌だと感じないことなのだ。
 ただ、食料である私が捕食者のミカちゃんとそういう仲になることへの抵抗があるだけなのだ。

 汗が、つ、と顎を伝う。

 首筋にひやりとしたミカちゃんの舌を感じた。
 ミカちゃんに首を噛まれた時に走った、あの感覚を思い出してしまう。

「ぁ……」
「どうしましたか?」

 明らかに変わった私の声色に笑って、ミカちゃんは「欲しいと言うだけでいいんです」と、繰り返し耳に囁いた。

「ぅ、あ……」

 昨日からずっと、その・・熱が身体の奥で燻り続けていたことに、とうとう気づいてしまった。ミカちゃんに噛まれて吸われて、それで全部終わって消えたはずの熱が、まだ残っていた。
 その熱が、今度こそ、身体の奥から火を噴いた。

「ふ……ぁ……」
「楽になりたいのでしょう?」

 抑えていた吐息が荒い息に変わる。小さく声を漏らす私に、ミカちゃんがもう一度「楽になりたいのでしょう?」と囁く。

「律子さんが望むなら、楽にしてあげますから」
「で、も」

 火に焼かれて、身体の中心がずくずくと疼き始める。一度意識してしまうと、もう忘れて無かったことにするなんてできなかった。

「楽になるのは、悪いことではありません」
「ぅ、はっ……で、でも、ミカ、ちゃん……」

 また汗が首を伝う。
 呼吸はどんどん浅く速くなる。
 牙が掠るだけでは物足りなくて、もっとそれ以上が欲しくなる。

 私は、既にミカちゃんに魅入られてしまっていたんだろうか。

「ねえ、律子さん……はい、と頷くだけで、楽になれるのですよ?」

 ちくり、と耳朶をミカちゃんが噛む。その“ちくり”が、身体の奥で疼くものにとどめを刺した。

「う、あっ、あああ……」

 がくがくと腰が揺れて、大きく息を吐く。
 熱く熱く、熱の籠もった息を吐く。
 息も絶え絶えに、喘ぐことしかできない私に、ミカちゃんの赤い目が嬉しそうに細まった。

「律子さん、今、楽にしてあげましょうね」

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