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3.ミカちゃんと私
4.今日から本気出す
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荒ぶるミカちゃんがすっかり落ち着いて、さらに数日。
空気を読んでかあまり姿を見せなかったペトラちゃんも、ようやくまた一緒に女子トークに付き合ってくれるようになった。
「ひねもすのたりのたりかなとか、世はすべてこともなしとかって、つまりこういうことだよね」
あら、律子さんの気持ちもようやく落ち着いたのかしら。
ペトラちゃんがにっこりと微笑む。
「落ち着いた……うーん、落ち着いたって言っていいのかな。なんか、前に戻ったみたいかなとは思ってるんだ。
ところで、次の月いちが近いけど、ミカちゃんて大丈夫だと思う?」
まあ、そうなのね。それで、何が心配なのかしら?
ペトラちゃんが首を傾げた。
心配というか何というか、言葉にするのはどうにも難しい。
「どう言えばいいのかな。もう変に拗らせたりしてないかなってあたり?」
ふふ、ミカさんもいい大人なのだから、それはないと思いたいわね。
ペトラちゃんがくすくすと笑う。
「――また、女子トークですか?」
「わ、びっくりした!」
急に話しかけられて飛び上がった私を、ミカちゃんがくすりと笑う。
ペトラちゃんも、いつもどおりさっと隠れてしまった。
「大袈裟に驚かないでください」
「だって、びっくりしたんだもん」
後片付けを終えたミカちゃんが、エプロンを外しながら来たところだった。
「あ、そうだミカちゃん」
「はい」
「次の月いちのって、予定だと今度の木曜日だけど、それでいいの?」
ミカちゃんはちょっと驚いたように目を瞠って、それから少し考える。
「律子さんの予定次第ですが、平日よりも次の週末にしませんか?」
「週末?」
「はい」
ミカちゃんがにっこりと微笑んで私の隣に座った。
「律子さんがお休みの時のほうが良いでしょう? 夏バテの原因になってもいけませんしね」
「そうかな?」
「十分注意はしておりますが、まったく影響がないという保証はありませんよ。通常の献血でも突然体調を崩される方がいるわけですから、なるべくお仕事などに影響のない日を選んだほうがよいですよね」
「そっかあ」
なるほど。まんいち体調崩しちゃったら、ミカちゃんにもお世話をかけることになってしまうしね。
ミカちゃんは、本当に細かいところまで気がつくな。
「じゃ、次の週末だ」
テレビのチャンネルを変えながら壁のカレンダーをちらりと確認すると、ミカちゃんがふっと笑った。
「とても、楽しみです」
「ん? ミカちゃん?」
「あなたは、本当に美味しいので」
「え……ちょ、え?」
ミカちゃんがなぜか色気をダダ漏れに溜息まで吐いた。
いったい何事かと驚いて思わず顔を見上げると、急に襟元に顔を寄せて、私の首をぺろりと舐める。
「みみみ、ミカちゃん?」
「週末が、あまりにも待ち遠しくて」
うっとり笑うミカちゃんは、もしかしてすごくお腹が空いてるのだろうか。
そんなに待ち遠しいほど飲みたかったのだろうか。
――私はちょっとだけビビってしまった。
週末まで、あっという間だった。
その週最後の仕事を終えて家路を歩いていると、いつものコンビニでいつものようにカレヴィさんがアイスを食べているのを見つけた。
「あ、カレヴィさん。また待ち合わせ?」
「よう、今帰りか」
「いつも思うんですけど、なんでここのコンビニなんですか?」
「ん? ここ、都合がいいんだよ。
ナイアラの世話になってる家がここからあっちに行ったとこらしくてな、ちょうどこのコンビニ挟んで俺のアパートと逆になるんだ」
「へえ?」
コンビニがあるのは駅から近い交差点だ。まっすぐ行けば私のアパートだし、皆、結構近くに住んでるんだな、と思う。
「ナイアラって、どこかに下宿でもしてるんですか?」
「いや、こっちに遊びに来たときだけ、その家に世話になってるそうだ」
「遊びに来てる時はって、しょっちゅうこっちにいるような気がするけど」
「今はたいした仕事もなくて暇なんだとさ」
仕事……魔物退治って言ってたっけ。
普通の狩りみたいにシーズンとかあるんだろうか。
たぶん、フリーランスでもあるんだろうけど、自由業はいろいろ大変そうだし、やっぱり毎年確定申告とかもするんだろうか。
魔物退治って、どんなものが経費で落ちるんだろう。
「あ、そうだ。カレヴィさんにちょっと聞きたいことがあったんですよ」
「ん?」
「ミカちゃんて、ご飯の時に私の首を齧るじゃないですか」
「まあ、そうだな」
「――その時に、私がですね、こう、なんとも言えない気持ちになるんですけど、吸血鬼の牙に齧られるのってなんか特別な効果でも受けるんですかね?」
とたんに、カレヴィさんがブフォっとアイスを噴き出した。そのままゲホゲホと噎せてしまう。
「り、律子ちゃん、俺のことなんだと思ってる? やめて? 頼むからそうやっておじさんのMP削りに来るの止めて?」
「え?」
想定外の反応を返されてぽかんとする私に、カレヴィさんはどんどん胸を叩きながら、涙を滲ませて咳き込んだ。
「あのな律子ちゃん、そういう話は女同士だけにしといたほうがいいよ」
「え? え?」
意味がわからなくて混乱している私をじっと見て、カレヴィさんが「あー」と呻きながら自分のこめかみをぐりぐりと揉み解す。
「律子ちゃんがわかってないみたいだから説明するけどな、吸血鬼のいちばんの能力ってのは、“魅了”なんだよ。俺らみたいな別種族が“誘惑者”って呼ぶくらいには、めちゃくちゃ魅了に長けてるんだ」
魅了、と呟く私に、カレヴィさんは大仰に頷いてみせる。
「ミカ見てりゃわかるだろ?
大抵の吸血鬼はあれみたいな美男美女だ。特に異性を落とす能力は半端ない。あの目でちらっと視線を合わせただけで大抵のやつはふらふらついてくし、牙で齧ることすら、相手を魅了するための助けになる」
「え、うん……」
確かに、ミカちゃんは相当なイケメンだと思う。十人中十人……いや、百人中百人が認めるレベルの、王子様系イケメンだ。
でも、見るだけで?
齧るのも魅了?
「なんでそんな能力持ってるかって、そのほうが餌にありつけるからなんだ。
律子ちゃんもわかるよな?
食われて気持ちいいとなりゃ、その刺激が癖になって、もっと食ってほしい、自分を常備食にしてほしいって言い出す餌も現れる。それに、諸々エロいことしてる最中のほうが血を吸い易いってのも、簡単に想像できるだろう?」
「あ、ああ――そっか!」
はあ、とカレヴィさんはあからさまに安心したように息を吐いた。
「だから、まあ、あいつらはそうやって異性を落として、ベッドに誘い込んで餌を獲るわけだ。だから、吸血鬼は男女のことにかけては他種族の追随を許さないレベルでプロだってことでもある」
そのはずなのに、古参でそこらへん百戦錬磨のはずのミカ相手に、未だ落ちてない律子ちゃんてのも半端ないけどな。
カレヴィさんは、さらに小さくぶつぶつと何かを呟いた。
ああだからか、と私もようやく納得した。
なんでか知らないけど、ミカちゃんは時々色気がだだ漏れてて、そのまま外出たらヤバそうだなって思うことはあったんだ。
「でも、カレヴィさんの言うそんな感じはぜんぜんしなかったんだけどな」
「なんでぜんぜんしないなんて言えるのか、俺のほうが驚きだよ」
カレヴィさんは、呆れたようにまたアイスを齧った。
そんなこと言われても、しないものはしないんだから仕方ない。
「たしかに血を吸う時のミカちゃんってなんか色気があるなーとは思ってたんだ。でも、単にご飯食べるだけなのに色気っておかしいじゃない?」
「律子ちゃんてマジですげえな。
普通はそこでころっとやられて、好きにしてーってなっちゃうモノなんだぞ。人間だろうが人外だろうが、下手すると性別年齢まで関係なしでな」
「ええ?」
私は心底驚いた。
ミカちゃんにご飯あげてそんな風になったことなんて、ないと思うんだけど。
「だって、食事行為にいちいち色気感じてるほうが頭おかしいじゃないですか。カレヴィさんだって、肉買う時にいちいち“この肉エロいな”とか考えるわけじゃないですよね。あずきバーエロいとか思わないですよね」
カレヴィさんがまたブフォッとアイスを噴く。
「いやまあ、いかに俺の種族だって肉の塊にそんなん感じてたらただの変態だけどさあ?
でもそれとはちょっと違うだろ。律子ちゃん、もしかして友達から変わってるって言われてねえか?」
「ええ、そんなことないですよ?」
カレヴィさんに変だと言われ、ついムキになって否定する。
だって、本当にそんなことなかったし。
「別にいいけど、ミカが荒れてたのって、やっぱ律子ちゃんのその鋼の鈍感力のせいだろうな」
「鋼って、なんですかそれ」
あまり人聞きがいいとも思えない単語に私の眉間が寄ると、カレヴィさんはへらへらと笑った。
「つまり、律子ちゃんの焦らしプレイがミカの想定を超えてたってことだ」
「ええ?」
そんなのあるわけない、と思ったけれど、どうもカレヴィさんはツボに入ってしまったらい。ひいひいとお腹を抱えて笑うばっかりだ。
本当に失礼だな。
「もう、そんなのミカちゃんが本気出してないだけですよ。
本気出さなくたってご飯提供してるんだし、本気出す必要がないってことじゃないですか……じゃあ、そろそろ行きますからね!」
笑いながら手を振るカレヴィさんに別れを告げて、私はアパートへと戻る。
そうだよ。わざわざそんな変なことしなくたってちゃんとご飯は提供してるんだし、ミカちゃんの魅了とか色気とか必要ないに決まってる。
私の焦らしだとか何だとかなんて、カレヴィさんの妄想でしかないのだ。
「ただいまあ」
「お帰りなさい」
いつものように玄関を開けると、ふわりと美味しそうな匂いが漂った。
これまたいつものようにミカちゃんが出迎えて、私のカバンを受け取ってくれる
「暑かったでしょう。先にお風呂をどうぞ。その間に食事を用意しておきますから」
「うん、ありがとう」
ひとりの時の夏場はいつもシャワーだったけど、今はミカちゃんがちゃんと沸かしてくれるので、とてもありがたい。
湯船に浸かると、エアコンで結構冷えてたんだなあと、しみじみ感じるのだ。
ふんふんと鼻歌交じりに汗を流して風呂を出ると、夕食の準備がすっかりできていた。いつもながらおいしそうだ。
いただきまーすと食べながら、やっぱり日常っていいなあと思う。
仕事して美味しいご飯で1日を締めくくって寝る。こういう穏やかな毎日というのは本当に宝だよ。ここしばらく気まずかったり荒ぶってたりで休まらなかったから、余計なんだろうな。
食事も後片付けも終わって、もうあとはテレビを見て寝るだけになったところで、ミカちゃんが隣に座った。
「律子さん、今夜でお願いしてもいいですか?」
「ん? いいよ?」
月いちのは明日の朝かと思ってたけど、今夜のうちに済ませたいと言われて了承する。お腹も空いてたみたいだし、土日フルにごろごろできれば、私が体調を崩すこともないだろうしな。
ミカちゃんは、「ありがとうございます」とにっこり微笑んで私の前に座り直すと、いきなり抱き締めてきた。
「へ? なんかいつもと体勢が違うけど、どしたの、ミカちゃん」
「折角なので、本気で堪能させていただこうと思いまして」
「ほ、本気で?」
「はい、本気で、です」
くすりと笑ったミカちゃんの目は赤く染まってて……つまり今までのは本気じゃなかったってこと?
コンビニ前でカレヴィさんと話してた内容が今更のように頭に戻ってきたけれど、ミカちゃんにしっかり抱き竦められた身体はびくとも動かない。
私いったいどうなるの?
本気でって何?
ミカちゃんが、私の首にちゅっと音を立ててキスをした。
空気を読んでかあまり姿を見せなかったペトラちゃんも、ようやくまた一緒に女子トークに付き合ってくれるようになった。
「ひねもすのたりのたりかなとか、世はすべてこともなしとかって、つまりこういうことだよね」
あら、律子さんの気持ちもようやく落ち着いたのかしら。
ペトラちゃんがにっこりと微笑む。
「落ち着いた……うーん、落ち着いたって言っていいのかな。なんか、前に戻ったみたいかなとは思ってるんだ。
ところで、次の月いちが近いけど、ミカちゃんて大丈夫だと思う?」
まあ、そうなのね。それで、何が心配なのかしら?
ペトラちゃんが首を傾げた。
心配というか何というか、言葉にするのはどうにも難しい。
「どう言えばいいのかな。もう変に拗らせたりしてないかなってあたり?」
ふふ、ミカさんもいい大人なのだから、それはないと思いたいわね。
ペトラちゃんがくすくすと笑う。
「――また、女子トークですか?」
「わ、びっくりした!」
急に話しかけられて飛び上がった私を、ミカちゃんがくすりと笑う。
ペトラちゃんも、いつもどおりさっと隠れてしまった。
「大袈裟に驚かないでください」
「だって、びっくりしたんだもん」
後片付けを終えたミカちゃんが、エプロンを外しながら来たところだった。
「あ、そうだミカちゃん」
「はい」
「次の月いちのって、予定だと今度の木曜日だけど、それでいいの?」
ミカちゃんはちょっと驚いたように目を瞠って、それから少し考える。
「律子さんの予定次第ですが、平日よりも次の週末にしませんか?」
「週末?」
「はい」
ミカちゃんがにっこりと微笑んで私の隣に座った。
「律子さんがお休みの時のほうが良いでしょう? 夏バテの原因になってもいけませんしね」
「そうかな?」
「十分注意はしておりますが、まったく影響がないという保証はありませんよ。通常の献血でも突然体調を崩される方がいるわけですから、なるべくお仕事などに影響のない日を選んだほうがよいですよね」
「そっかあ」
なるほど。まんいち体調崩しちゃったら、ミカちゃんにもお世話をかけることになってしまうしね。
ミカちゃんは、本当に細かいところまで気がつくな。
「じゃ、次の週末だ」
テレビのチャンネルを変えながら壁のカレンダーをちらりと確認すると、ミカちゃんがふっと笑った。
「とても、楽しみです」
「ん? ミカちゃん?」
「あなたは、本当に美味しいので」
「え……ちょ、え?」
ミカちゃんがなぜか色気をダダ漏れに溜息まで吐いた。
いったい何事かと驚いて思わず顔を見上げると、急に襟元に顔を寄せて、私の首をぺろりと舐める。
「みみみ、ミカちゃん?」
「週末が、あまりにも待ち遠しくて」
うっとり笑うミカちゃんは、もしかしてすごくお腹が空いてるのだろうか。
そんなに待ち遠しいほど飲みたかったのだろうか。
――私はちょっとだけビビってしまった。
週末まで、あっという間だった。
その週最後の仕事を終えて家路を歩いていると、いつものコンビニでいつものようにカレヴィさんがアイスを食べているのを見つけた。
「あ、カレヴィさん。また待ち合わせ?」
「よう、今帰りか」
「いつも思うんですけど、なんでここのコンビニなんですか?」
「ん? ここ、都合がいいんだよ。
ナイアラの世話になってる家がここからあっちに行ったとこらしくてな、ちょうどこのコンビニ挟んで俺のアパートと逆になるんだ」
「へえ?」
コンビニがあるのは駅から近い交差点だ。まっすぐ行けば私のアパートだし、皆、結構近くに住んでるんだな、と思う。
「ナイアラって、どこかに下宿でもしてるんですか?」
「いや、こっちに遊びに来たときだけ、その家に世話になってるそうだ」
「遊びに来てる時はって、しょっちゅうこっちにいるような気がするけど」
「今はたいした仕事もなくて暇なんだとさ」
仕事……魔物退治って言ってたっけ。
普通の狩りみたいにシーズンとかあるんだろうか。
たぶん、フリーランスでもあるんだろうけど、自由業はいろいろ大変そうだし、やっぱり毎年確定申告とかもするんだろうか。
魔物退治って、どんなものが経費で落ちるんだろう。
「あ、そうだ。カレヴィさんにちょっと聞きたいことがあったんですよ」
「ん?」
「ミカちゃんて、ご飯の時に私の首を齧るじゃないですか」
「まあ、そうだな」
「――その時に、私がですね、こう、なんとも言えない気持ちになるんですけど、吸血鬼の牙に齧られるのってなんか特別な効果でも受けるんですかね?」
とたんに、カレヴィさんがブフォっとアイスを噴き出した。そのままゲホゲホと噎せてしまう。
「り、律子ちゃん、俺のことなんだと思ってる? やめて? 頼むからそうやっておじさんのMP削りに来るの止めて?」
「え?」
想定外の反応を返されてぽかんとする私に、カレヴィさんはどんどん胸を叩きながら、涙を滲ませて咳き込んだ。
「あのな律子ちゃん、そういう話は女同士だけにしといたほうがいいよ」
「え? え?」
意味がわからなくて混乱している私をじっと見て、カレヴィさんが「あー」と呻きながら自分のこめかみをぐりぐりと揉み解す。
「律子ちゃんがわかってないみたいだから説明するけどな、吸血鬼のいちばんの能力ってのは、“魅了”なんだよ。俺らみたいな別種族が“誘惑者”って呼ぶくらいには、めちゃくちゃ魅了に長けてるんだ」
魅了、と呟く私に、カレヴィさんは大仰に頷いてみせる。
「ミカ見てりゃわかるだろ?
大抵の吸血鬼はあれみたいな美男美女だ。特に異性を落とす能力は半端ない。あの目でちらっと視線を合わせただけで大抵のやつはふらふらついてくし、牙で齧ることすら、相手を魅了するための助けになる」
「え、うん……」
確かに、ミカちゃんは相当なイケメンだと思う。十人中十人……いや、百人中百人が認めるレベルの、王子様系イケメンだ。
でも、見るだけで?
齧るのも魅了?
「なんでそんな能力持ってるかって、そのほうが餌にありつけるからなんだ。
律子ちゃんもわかるよな?
食われて気持ちいいとなりゃ、その刺激が癖になって、もっと食ってほしい、自分を常備食にしてほしいって言い出す餌も現れる。それに、諸々エロいことしてる最中のほうが血を吸い易いってのも、簡単に想像できるだろう?」
「あ、ああ――そっか!」
はあ、とカレヴィさんはあからさまに安心したように息を吐いた。
「だから、まあ、あいつらはそうやって異性を落として、ベッドに誘い込んで餌を獲るわけだ。だから、吸血鬼は男女のことにかけては他種族の追随を許さないレベルでプロだってことでもある」
そのはずなのに、古参でそこらへん百戦錬磨のはずのミカ相手に、未だ落ちてない律子ちゃんてのも半端ないけどな。
カレヴィさんは、さらに小さくぶつぶつと何かを呟いた。
ああだからか、と私もようやく納得した。
なんでか知らないけど、ミカちゃんは時々色気がだだ漏れてて、そのまま外出たらヤバそうだなって思うことはあったんだ。
「でも、カレヴィさんの言うそんな感じはぜんぜんしなかったんだけどな」
「なんでぜんぜんしないなんて言えるのか、俺のほうが驚きだよ」
カレヴィさんは、呆れたようにまたアイスを齧った。
そんなこと言われても、しないものはしないんだから仕方ない。
「たしかに血を吸う時のミカちゃんってなんか色気があるなーとは思ってたんだ。でも、単にご飯食べるだけなのに色気っておかしいじゃない?」
「律子ちゃんてマジですげえな。
普通はそこでころっとやられて、好きにしてーってなっちゃうモノなんだぞ。人間だろうが人外だろうが、下手すると性別年齢まで関係なしでな」
「ええ?」
私は心底驚いた。
ミカちゃんにご飯あげてそんな風になったことなんて、ないと思うんだけど。
「だって、食事行為にいちいち色気感じてるほうが頭おかしいじゃないですか。カレヴィさんだって、肉買う時にいちいち“この肉エロいな”とか考えるわけじゃないですよね。あずきバーエロいとか思わないですよね」
カレヴィさんがまたブフォッとアイスを噴く。
「いやまあ、いかに俺の種族だって肉の塊にそんなん感じてたらただの変態だけどさあ?
でもそれとはちょっと違うだろ。律子ちゃん、もしかして友達から変わってるって言われてねえか?」
「ええ、そんなことないですよ?」
カレヴィさんに変だと言われ、ついムキになって否定する。
だって、本当にそんなことなかったし。
「別にいいけど、ミカが荒れてたのって、やっぱ律子ちゃんのその鋼の鈍感力のせいだろうな」
「鋼って、なんですかそれ」
あまり人聞きがいいとも思えない単語に私の眉間が寄ると、カレヴィさんはへらへらと笑った。
「つまり、律子ちゃんの焦らしプレイがミカの想定を超えてたってことだ」
「ええ?」
そんなのあるわけない、と思ったけれど、どうもカレヴィさんはツボに入ってしまったらい。ひいひいとお腹を抱えて笑うばっかりだ。
本当に失礼だな。
「もう、そんなのミカちゃんが本気出してないだけですよ。
本気出さなくたってご飯提供してるんだし、本気出す必要がないってことじゃないですか……じゃあ、そろそろ行きますからね!」
笑いながら手を振るカレヴィさんに別れを告げて、私はアパートへと戻る。
そうだよ。わざわざそんな変なことしなくたってちゃんとご飯は提供してるんだし、ミカちゃんの魅了とか色気とか必要ないに決まってる。
私の焦らしだとか何だとかなんて、カレヴィさんの妄想でしかないのだ。
「ただいまあ」
「お帰りなさい」
いつものように玄関を開けると、ふわりと美味しそうな匂いが漂った。
これまたいつものようにミカちゃんが出迎えて、私のカバンを受け取ってくれる
「暑かったでしょう。先にお風呂をどうぞ。その間に食事を用意しておきますから」
「うん、ありがとう」
ひとりの時の夏場はいつもシャワーだったけど、今はミカちゃんがちゃんと沸かしてくれるので、とてもありがたい。
湯船に浸かると、エアコンで結構冷えてたんだなあと、しみじみ感じるのだ。
ふんふんと鼻歌交じりに汗を流して風呂を出ると、夕食の準備がすっかりできていた。いつもながらおいしそうだ。
いただきまーすと食べながら、やっぱり日常っていいなあと思う。
仕事して美味しいご飯で1日を締めくくって寝る。こういう穏やかな毎日というのは本当に宝だよ。ここしばらく気まずかったり荒ぶってたりで休まらなかったから、余計なんだろうな。
食事も後片付けも終わって、もうあとはテレビを見て寝るだけになったところで、ミカちゃんが隣に座った。
「律子さん、今夜でお願いしてもいいですか?」
「ん? いいよ?」
月いちのは明日の朝かと思ってたけど、今夜のうちに済ませたいと言われて了承する。お腹も空いてたみたいだし、土日フルにごろごろできれば、私が体調を崩すこともないだろうしな。
ミカちゃんは、「ありがとうございます」とにっこり微笑んで私の前に座り直すと、いきなり抱き締めてきた。
「へ? なんかいつもと体勢が違うけど、どしたの、ミカちゃん」
「折角なので、本気で堪能させていただこうと思いまして」
「ほ、本気で?」
「はい、本気で、です」
くすりと笑ったミカちゃんの目は赤く染まってて……つまり今までのは本気じゃなかったってこと?
コンビニ前でカレヴィさんと話してた内容が今更のように頭に戻ってきたけれど、ミカちゃんにしっかり抱き竦められた身体はびくとも動かない。
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