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2.推定食料と彼氏志望
6.ミカちゃんのスイッチ
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ナイアラが御礼にと持参した酒は、素晴らしい香りだった。
口に含んだとたん、アルコールと一緒に鼻へと抜ける香りは果実のように甘くさわやかで、ほんのりと柔らかい。
「こんなの初めて飲んだよ」
こくりと一口飲んで、律子が感心したように、ほう、と息を吐く。
蒸留酒なだけに度数は強い。飲んだ瞬間に喉が焼けるような感覚もあるくらいなのに、口当たりは良くすいすい飲めてしまう。
「すごいね。妖精の蒸留酒だっけ? そんなのあるんだね」
「私も、醸造ならともかく、蒸留酒を造る妖精の話など初めて聞きました」
「ミカちゃんも知らないことがあるんだ」
「あたりまえです。私は全知ではありませんよ」
おそらくワインを蒸留したものだろう。
ブランデーのような甘い香りとアルコールの強い刺激が調和していて、少し濃いめの味付けの料理にもよく合っている。
「ミカちゃんのおつまみもさすがだね」
「お気に召しましたか」
ミカがにこやかに小皿へと料理を取り分ける。そのようすに、これなら久しぶりに心穏やかに過ごせそうだなと、律子はほっとした。
ここしばらく続いていたミカとの攻防も、ひとまずは落ち着きを見せたということか。名実ともに彼氏ポジションとなることを諦めたのかどうかはわからないが、このまま何事もなく日々が過ぎたらいいのに。
「律子さん、どうかしましたか?」
ほ、と息を吐いたことを見咎めてか、皿を差し出したミカが尋ねる。
「なんでもないよ」
「そうですか?」
慌てて首を振る律子は、どう見てもなんでもないようには見えなかった。胡乱げなミカの視線を感じて、律子の背に冷や汗がにじむ。
皿を受け取りながらへらりと笑ってなんとか取り繕ったつもりが、全然取り繕えてなかったらしい。
じっと見つめられた律子は、ついおろおろと視線を泳がせてしまう。
「ちょ、ちょっとね、前に戻ったみたいだなって、思っただけ」
「以前にですか」
「うん」
いつものように微笑むミカの顔を、律子は上目遣いに見上げた。取り分けられた料理を口に入れて、「これ、おいしいね」と笑顔を作る。
――けれど、後が続かない。どうしよう。
どうにも居心地が悪くて、律子はもぞもぞと身じろぎをする。
ミカは諦めたように溜息を吐いた。
「とりあえず、それは横に置いておきましょう」
「……うん」
片付けた座卓の上を拭き上げながら、ミカはちらりと律子を見やった。
いい感じにほろ酔いなのか、律子はリモコンを振り回して鼻歌を歌いながらテレビのチャンネルを変えている。
「――律子さんは、そんなに“オカン”がよいのですか」
ふぇ? と間抜けな声をあげてから、律子はミカを振り返った。
しばし呆然として、それからあわあわしつつ言葉をひねり出す。
「お、オカンがいいっていうか、前にも言ったけど、いろいろ世話を焼いてくれるのが、お母さんみたいだなって」
何が“母”だと呆れ顔のミカの視線に、律子はますます慌ててしまう。
「じゃなかったら、やっぱり律子飼育だよ」
「そこで、なぜ今度は“飼育”となるのですか」
首を傾げるミカに凝視されて、律子は決まり悪そうに目を逸らす。
「だって、ミカちゃんは、私が美味しい栄養源だから、世話を焼いて面倒見てるんでしょう? それって、つまり、飼育と一緒でしょう?」
律子の言葉に、今度こそ、ミカはすうっと目を細めた。
「律子さんは本当に飼育されたいのですか?」
「え?」
「あくまでも“飼育”と言い張るのであれば……家畜と同等の扱いがよろしいのであれば、そのようにいたしましょうか?」
「え、家畜と同等の扱いって?」
ミカの言葉に律子は困惑する。突然、何を言い出すのか。
「私に“飼育”されているのだと仰ったのは、律子さんですよ?」
「だって……なんか、そう感じるんだもん」
ふ、と笑って、ミカは座卓を回り込んだ。
膝をついて、ぐいと顔を寄せて、にいっと口の端を吊り上げる。困惑するばかりの律子は、ミカのただならぬ雰囲気に、つい、じりっと後退った。
「本当の“家畜”の扱いを知っていて、そう仰るわけではないのですか?」
「本当の、って?」
「はい、本当の“家畜”ですよ」
血を搾り取るだけのために律子を確保したいのであれば、どこかに閉じ込めてしまえばいい。監禁して意思を奪い、ただ健康状態にだけ気を遣って生かしておけば、それで済む。律子に自由を残す必要など皆無なのだから。
そもそも、自由を残すほうが厄介や面倒は増えるというものだ。
最初は優しく無害を装って近づき、頃合いを見て意思を奪い、最終的に自らのものとする――それこそがいつもの手順で、今回がイレギュラーなだけだ。
「ね……ミカちゃん、今日はどうしたの? 顔が怖いよ?」
怯えたような表情の律子がおずおずと尋ねた。
いつもならどこか冗談めかした調子を崩さないのに、今日に限って、おかしいくらいミカが真剣なのだ。
どこまでが、いつものように律子をからかってのことなのかがわからない。
「怖い、ですか?」
こくこくと必死に頷く律子に、ミカは、ふっと表情を緩めた。
なぜ、自分は律子から自由意志を奪わないのか。
ミカは自問自答する。
こうして頑なにミカを拒絶する態度も、ふらふらと余計なものに引っかかっては気を揉ませることも、律子に自由意志を残すからいつまでも続くのだ。
なのに、そうとわかっていても現状を望んでいるのは、他でもない、ミカ自身だ。律子が人形のようになってしまうことは、ミカの本意ではない。
どうして今更、そんなことが気になるのか。
これまでにもいろいろな人間の血を奪ってきた。
時には、気に入った人間の血を長く確保するためにと、まさに家畜のように閉じ込めて飼ったことだってあるのに、だ。
それを気に病んだことだって、いちどたりともなかったのに……そこまで考えて、ミカは瞠目する。
そこに思い至ったことに驚愕し……くつくつと笑いだす。
──なるほど、足りないものか。
心は現象に引き摺られる。
どうやらそれは、ミカ自身も例外ではなかったらしい。
ことここに及ぶまで気付かないとは、なんという間抜けだろうか。
「どうしたの、ミカちゃん」
黙りこくっていたと思ったら、急に顔を覆って笑い出したミカを、律子は目を丸くして覗き込んだ。
その律子を指の隙間からちらりと覗いて、ミカはなおも笑い続ける。
「いえ、自分に少し驚いただけです」
「え?」
ひとしきり肩を震わせて笑って、ミカはふうっと大きく息を吐いた。
それから、またいつかのように迫り始めるミカに、律子はさらに後退る。
「え、あの、ミカちゃん?」
「律子さん」
笑みを湛えて、けれどどこか常ならぬ真剣さを帯びたミカの顔から目を離せず、律子はごくりと唾を飲み込んだ。
「私のものに、なってください」
「え?」
律子は唖然とした表情で顔を上げた。
いきなり何を言い出すのかと。
「律子さんが欲しいと、申しました」
「ミカちゃん?」
「私には貴女が必要です。どう考えても、手放すことはできません」
「急に、なんで」
くすくす笑いながら、さらにミカが迫る。
ほとんどのし掛かられて、律子はこれじゃ壁ドンではなくて床ドンだ、なんてどうでもいいことを考えてしまう。
そして、ミカの目が、赤い。
はっきりと熱を宿したように赤い。吸血鬼の本性が完全にダダ漏れたミカにのし掛かられて、律子は焦る。
「急ではありませんよ。これまでだって何度も申していたでしょう?」
「けっ、けど」
「けども、でもも、いりません。“はい”とだけ仰いなさい」
「でっ……」
「それはいらないと、申しました」
完全に押し倒された体勢のまま、ミカの顔が近づいてくる。
「みっ、ミカちゃん……」
言葉を放とうとした唇が塞がれた。
うう、と呻く声だけを漏らしながら、唇を貪られる。
「律子さん、“はい”と」
「みっ……」
「“はい”と仰いなさい」
低く囁いて、またミカは唇を塞いだ。
差し入れたミカの舌が律子の口内を蹂躙する。
「頷くだけでも構いません。さあ」
はあはあと荒く喘ぐだけで精一杯の律子に、ミカが優しく微笑む。
「律子さんが、欲しいのです」
きつく抱きしめて、ミカは、律子の耳に口を寄せる。
「私に、律子さんを、ください」
ますます逃げられないとばかり感じて、どうすればいいかわからない。
律子はただだらだらと冷や汗を流すのみだ。
「ミカちゃん、あの、そんな、急に」
「ですから、急ではないと申しているでしょう?」
首筋に食むようなキスをされて、びくりと震えてしまう。
「だって、だって、こんなの……」
「ではどのようであればよろしいのですか?
部屋を埋め尽くす薔薇を贈りましょうか。それとも、貴女の身を飾る宝石を目の前に積み上げれば、本気だとわかっていただけますか?」
いったい何がスイッチだったのだろう。
律子は焦る頭で必死に考えるけれど、何も浮かばない。
いったい何がどうすれば、ミカがこんなことになってしまうのか。
飼育員のスキンシップじゃなかったのか。
月イチの栄養補給やいつものスキンシップの時とは、表情や声はもちろん、何もかもがまったく違う。
「待って、待ってよ、なんでミカちゃ……なっ……」
うっ、と言葉が詰まった。
言葉にならない言葉を発するように、ぱくぱくと数度口を開け閉めした律子の目から、とうとうぽろりと雫が零れおちる。
涙はどんどんあふれ、すぐにぼろぼろと滝のように流れだす。
律子の本気の泣き顔を間近に目にして、ミカがぎくりと固まった。
「――律子さん?」
「みっ、ミカちゃんの、バカ!」
律子は渾身の力でミカを突き飛ばし、ベットへと飛び込んだ。
そのまま頭からすっぽり布団に包まると、丸まって身体を震わせながら、うっうっと嗚咽を漏らし始める。
「律子、さん」
まさか、と呟いて、ミカは為すすべもなく、ただ呆然と座り込んでいた。
口に含んだとたん、アルコールと一緒に鼻へと抜ける香りは果実のように甘くさわやかで、ほんのりと柔らかい。
「こんなの初めて飲んだよ」
こくりと一口飲んで、律子が感心したように、ほう、と息を吐く。
蒸留酒なだけに度数は強い。飲んだ瞬間に喉が焼けるような感覚もあるくらいなのに、口当たりは良くすいすい飲めてしまう。
「すごいね。妖精の蒸留酒だっけ? そんなのあるんだね」
「私も、醸造ならともかく、蒸留酒を造る妖精の話など初めて聞きました」
「ミカちゃんも知らないことがあるんだ」
「あたりまえです。私は全知ではありませんよ」
おそらくワインを蒸留したものだろう。
ブランデーのような甘い香りとアルコールの強い刺激が調和していて、少し濃いめの味付けの料理にもよく合っている。
「ミカちゃんのおつまみもさすがだね」
「お気に召しましたか」
ミカがにこやかに小皿へと料理を取り分ける。そのようすに、これなら久しぶりに心穏やかに過ごせそうだなと、律子はほっとした。
ここしばらく続いていたミカとの攻防も、ひとまずは落ち着きを見せたということか。名実ともに彼氏ポジションとなることを諦めたのかどうかはわからないが、このまま何事もなく日々が過ぎたらいいのに。
「律子さん、どうかしましたか?」
ほ、と息を吐いたことを見咎めてか、皿を差し出したミカが尋ねる。
「なんでもないよ」
「そうですか?」
慌てて首を振る律子は、どう見てもなんでもないようには見えなかった。胡乱げなミカの視線を感じて、律子の背に冷や汗がにじむ。
皿を受け取りながらへらりと笑ってなんとか取り繕ったつもりが、全然取り繕えてなかったらしい。
じっと見つめられた律子は、ついおろおろと視線を泳がせてしまう。
「ちょ、ちょっとね、前に戻ったみたいだなって、思っただけ」
「以前にですか」
「うん」
いつものように微笑むミカの顔を、律子は上目遣いに見上げた。取り分けられた料理を口に入れて、「これ、おいしいね」と笑顔を作る。
――けれど、後が続かない。どうしよう。
どうにも居心地が悪くて、律子はもぞもぞと身じろぎをする。
ミカは諦めたように溜息を吐いた。
「とりあえず、それは横に置いておきましょう」
「……うん」
片付けた座卓の上を拭き上げながら、ミカはちらりと律子を見やった。
いい感じにほろ酔いなのか、律子はリモコンを振り回して鼻歌を歌いながらテレビのチャンネルを変えている。
「――律子さんは、そんなに“オカン”がよいのですか」
ふぇ? と間抜けな声をあげてから、律子はミカを振り返った。
しばし呆然として、それからあわあわしつつ言葉をひねり出す。
「お、オカンがいいっていうか、前にも言ったけど、いろいろ世話を焼いてくれるのが、お母さんみたいだなって」
何が“母”だと呆れ顔のミカの視線に、律子はますます慌ててしまう。
「じゃなかったら、やっぱり律子飼育だよ」
「そこで、なぜ今度は“飼育”となるのですか」
首を傾げるミカに凝視されて、律子は決まり悪そうに目を逸らす。
「だって、ミカちゃんは、私が美味しい栄養源だから、世話を焼いて面倒見てるんでしょう? それって、つまり、飼育と一緒でしょう?」
律子の言葉に、今度こそ、ミカはすうっと目を細めた。
「律子さんは本当に飼育されたいのですか?」
「え?」
「あくまでも“飼育”と言い張るのであれば……家畜と同等の扱いがよろしいのであれば、そのようにいたしましょうか?」
「え、家畜と同等の扱いって?」
ミカの言葉に律子は困惑する。突然、何を言い出すのか。
「私に“飼育”されているのだと仰ったのは、律子さんですよ?」
「だって……なんか、そう感じるんだもん」
ふ、と笑って、ミカは座卓を回り込んだ。
膝をついて、ぐいと顔を寄せて、にいっと口の端を吊り上げる。困惑するばかりの律子は、ミカのただならぬ雰囲気に、つい、じりっと後退った。
「本当の“家畜”の扱いを知っていて、そう仰るわけではないのですか?」
「本当の、って?」
「はい、本当の“家畜”ですよ」
血を搾り取るだけのために律子を確保したいのであれば、どこかに閉じ込めてしまえばいい。監禁して意思を奪い、ただ健康状態にだけ気を遣って生かしておけば、それで済む。律子に自由を残す必要など皆無なのだから。
そもそも、自由を残すほうが厄介や面倒は増えるというものだ。
最初は優しく無害を装って近づき、頃合いを見て意思を奪い、最終的に自らのものとする――それこそがいつもの手順で、今回がイレギュラーなだけだ。
「ね……ミカちゃん、今日はどうしたの? 顔が怖いよ?」
怯えたような表情の律子がおずおずと尋ねた。
いつもならどこか冗談めかした調子を崩さないのに、今日に限って、おかしいくらいミカが真剣なのだ。
どこまでが、いつものように律子をからかってのことなのかがわからない。
「怖い、ですか?」
こくこくと必死に頷く律子に、ミカは、ふっと表情を緩めた。
なぜ、自分は律子から自由意志を奪わないのか。
ミカは自問自答する。
こうして頑なにミカを拒絶する態度も、ふらふらと余計なものに引っかかっては気を揉ませることも、律子に自由意志を残すからいつまでも続くのだ。
なのに、そうとわかっていても現状を望んでいるのは、他でもない、ミカ自身だ。律子が人形のようになってしまうことは、ミカの本意ではない。
どうして今更、そんなことが気になるのか。
これまでにもいろいろな人間の血を奪ってきた。
時には、気に入った人間の血を長く確保するためにと、まさに家畜のように閉じ込めて飼ったことだってあるのに、だ。
それを気に病んだことだって、いちどたりともなかったのに……そこまで考えて、ミカは瞠目する。
そこに思い至ったことに驚愕し……くつくつと笑いだす。
──なるほど、足りないものか。
心は現象に引き摺られる。
どうやらそれは、ミカ自身も例外ではなかったらしい。
ことここに及ぶまで気付かないとは、なんという間抜けだろうか。
「どうしたの、ミカちゃん」
黙りこくっていたと思ったら、急に顔を覆って笑い出したミカを、律子は目を丸くして覗き込んだ。
その律子を指の隙間からちらりと覗いて、ミカはなおも笑い続ける。
「いえ、自分に少し驚いただけです」
「え?」
ひとしきり肩を震わせて笑って、ミカはふうっと大きく息を吐いた。
それから、またいつかのように迫り始めるミカに、律子はさらに後退る。
「え、あの、ミカちゃん?」
「律子さん」
笑みを湛えて、けれどどこか常ならぬ真剣さを帯びたミカの顔から目を離せず、律子はごくりと唾を飲み込んだ。
「私のものに、なってください」
「え?」
律子は唖然とした表情で顔を上げた。
いきなり何を言い出すのかと。
「律子さんが欲しいと、申しました」
「ミカちゃん?」
「私には貴女が必要です。どう考えても、手放すことはできません」
「急に、なんで」
くすくす笑いながら、さらにミカが迫る。
ほとんどのし掛かられて、律子はこれじゃ壁ドンではなくて床ドンだ、なんてどうでもいいことを考えてしまう。
そして、ミカの目が、赤い。
はっきりと熱を宿したように赤い。吸血鬼の本性が完全にダダ漏れたミカにのし掛かられて、律子は焦る。
「急ではありませんよ。これまでだって何度も申していたでしょう?」
「けっ、けど」
「けども、でもも、いりません。“はい”とだけ仰いなさい」
「でっ……」
「それはいらないと、申しました」
完全に押し倒された体勢のまま、ミカの顔が近づいてくる。
「みっ、ミカちゃん……」
言葉を放とうとした唇が塞がれた。
うう、と呻く声だけを漏らしながら、唇を貪られる。
「律子さん、“はい”と」
「みっ……」
「“はい”と仰いなさい」
低く囁いて、またミカは唇を塞いだ。
差し入れたミカの舌が律子の口内を蹂躙する。
「頷くだけでも構いません。さあ」
はあはあと荒く喘ぐだけで精一杯の律子に、ミカが優しく微笑む。
「律子さんが、欲しいのです」
きつく抱きしめて、ミカは、律子の耳に口を寄せる。
「私に、律子さんを、ください」
ますます逃げられないとばかり感じて、どうすればいいかわからない。
律子はただだらだらと冷や汗を流すのみだ。
「ミカちゃん、あの、そんな、急に」
「ですから、急ではないと申しているでしょう?」
首筋に食むようなキスをされて、びくりと震えてしまう。
「だって、だって、こんなの……」
「ではどのようであればよろしいのですか?
部屋を埋め尽くす薔薇を贈りましょうか。それとも、貴女の身を飾る宝石を目の前に積み上げれば、本気だとわかっていただけますか?」
いったい何がスイッチだったのだろう。
律子は焦る頭で必死に考えるけれど、何も浮かばない。
いったい何がどうすれば、ミカがこんなことになってしまうのか。
飼育員のスキンシップじゃなかったのか。
月イチの栄養補給やいつものスキンシップの時とは、表情や声はもちろん、何もかもがまったく違う。
「待って、待ってよ、なんでミカちゃ……なっ……」
うっ、と言葉が詰まった。
言葉にならない言葉を発するように、ぱくぱくと数度口を開け閉めした律子の目から、とうとうぽろりと雫が零れおちる。
涙はどんどんあふれ、すぐにぼろぼろと滝のように流れだす。
律子の本気の泣き顔を間近に目にして、ミカがぎくりと固まった。
「――律子さん?」
「みっ、ミカちゃんの、バカ!」
律子は渾身の力でミカを突き飛ばし、ベットへと飛び込んだ。
そのまま頭からすっぽり布団に包まると、丸まって身体を震わせながら、うっうっと嗚咽を漏らし始める。
「律子、さん」
まさか、と呟いて、ミカは為すすべもなく、ただ呆然と座り込んでいた。
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