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2.推定食料と彼氏志望
5.たりないもの
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人間とは慣れる生き物なのだと、ミカは思う。
いつものように自分に抱えられ、熟睡する律子を眺めながら。
あれほど警戒心を露わにしていたくせに、数日続けばすっかり日常へと変わる。警戒心はどこかに消えて、違和感すらも感じなくなってしまうのだ。
たとえ、どんなに深くキスをしようとも。
毎夜、隙あらば抱き込み、キスを贈り……これが普通なのだと刷り込んだ。
最初こそ、戸惑いで身を硬くしていたけれど、今ではほんの少しの困惑のみですんなりと受け入れている。
おそらくは、近いうちに困惑すらも見せなくなるだろう。
気の長さも根気も、ミカのそれと律子のそれは比べものにならないのだ。何しろ、年季も寿命も違うのだから。
このまま律子のそばに居続けることが目的とすれば、どうとでもなる。
ミカはぐっと律子を引き寄せ、ぴったりと密着した。
腕を通して心臓の鼓動が伝わり、その魅惑的なリズムに自然と笑みが漏れる。首筋にそっと触れると、そこからもどくどくという脈動が伝わり……牙を突き立てたいという衝動をじっとこらえてキスを落とすだけにとどめる。
惜しむらくは、律子が意外にも頑固なところだろうか。
あれほど押しに弱いくせに、ギリギリのところで踏みとどまって、決して首を縦に振らないのだから。
けれど、それも時間の問題だろう――ミカはくすりと笑う。
心とは現象に引き摺られるものだ。このまま事実を積み上げていけば、いつか律子も折れることは目に見えている。
なら、このまま続けていけばいい。律子がギリギリだと考えているラインを、ゆっくりと少しずつ引き上げながら。
「いってきまーす」
いつも通り、屈託なく弁当を受け取り、会社へと向かう律子を見送って、ミカはやれやれと笑った。
「さて、家事を済ませてしまいましょうか」
いつものように掃除をして洗濯をして布団を干して……ほぼルーチンとなっている一連の作業を、慣れた手でさっさと済ませてしまう。
「それにしても、“オカン”とはね」
日も傾き、ようやく今日の分の家事がすべて終わったところでひと息吐きつつ、ミカは独りごちた。
これだけべったりの生活を送っているくせに、どうりで動じないはずだ。
律子の中で“ミカはオカン”と処理され、男性という意識がすっぽり抜け落ちているとは思いもしなかった。
然もありなんということか。
しかし、遅ればせながらではあるものの、“ミカはオカンではない”という認識が、律子にもようやく芽生えてきている。
ミカから距離を置こうと画策する律子を思い出して、くすりと笑う。
あれはあれで、どうにかして檻から逃れようとする小動物のようで可愛らしい。なかなかに趣きのあるものに思えて、微笑ましくもある。
それにしても、ミカは律子を“飼育”しているのだとする頑なな主張は、なんとかならないものだろうか。
それとも、律子は本当に“飼育”してほしいというのだろうか。
あらあら、ミカさん、律子さんのことでお悩みかしら。
活動時間が近づいて、ペトラが姿を現していた。
ミカはつい苦笑を浮かべてしまう。
「ペトラさんはお見通しなんですか」
律子さんたら、ミカさんのことを怖い方だって誤解しているんだもの。
そう首を傾げるペトラに、ミカはますます苦笑する。
「誤解はどうでしょうね。律子さんの言う通りかもしれませんよ」
そうかしら。私が見てる限り、ミカさんて律子さんにとっても優しいわよ。
頬杖を突くような仕草をするペトラに、ミカは肩を竦めた。
「打算ありきでは、優しくしても通じないようですが」
ま、ミカさんも素直じゃないのね。
それでも呆れたように前脚を振るペトラに、つい、ミカは眉を寄せる。
「――やはり、子グモを巣立たせるほどの経験者であるペトラさんには、何もかもお見通しということのようですね」
別にお見通しのつもりはないのだけど。
あら、お客さんが来たみたいよ。
ペトラが姿を隠したとたんに、玄関チャイムが鳴り響いた。
「ねえ、ミカ、いるー? ナイアラだよー」
予想外の声に少し驚きつつも、ミカは玄関へと向かった。扉を開けると猫娘だというナイアラが、小さな袋を掲げてにっこりと笑っていた。
「これは珍しいですね。律子さんは仕事に行っておりますが」
「うん、きょうはね、このまえの、すいかのおれい、もってきたの」
「そうでしたか。では、少し上がって行きますか。お茶くらいは出しますよ」
「そうするー!」
遠慮も躊躇もなく上がりこむナイアラに、警戒心をまったく見せないのもどうかと、ミカは少し呆れる。
「あのね、ようせいの、じょうりゅうしゅ、なんだよ」
「妖精の蒸留酒ですか? そんなものがあるとは、初耳ですね」
「うん、かわりものがいてね、そのようせいがつくってるの。
あんまりたくさんないんだけど、まえに、ちょっとしごとをうけたことがあって、それでわけてもらったの」
気泡混じりのガラスで作られた瓶は、流れるような曲線の優美なもので、たしかに“妖精らしい”デザインだった。
けれど、どこの妖精のものなのか。見かけない形に、ミカも首を捻る。
「妖精の仕事ですか」
「そ。ええとね、コボルドのせいでひどいことになってるから、たいじしてくれっていうしごと」
「コボルドですか。今時出てくるとは珍しい」
「そうなの?」
「最近は見なくなりましたからね」
「へえ」
ともあれ、中身を確認しようと、ミカは受け取った瓶のコルクを抜いてグラスに少しだけ注いだ。
淡い桃色の酒からは、チェリーのような果物とアルコールのほどよく混ざった、ほんのりと甘い香りが立ち上る。
舐めるように口に含むと、舌にぴりりという刺激があった。なるほど、確かに蒸留酒で、しかもかなりの度数らしい。
けれど、そのくせ口当たりはあくまでも優しく甘い。
「これはなかなかに上質な酒ですね」
「でしょう? すごくひょうばんがいいから、なかなかてにはいらないの。
すいか、すごくおいしかったから、リッコとミカが、よろこぶかなって、おれいにもってきたんだ」
「ありがとうございます。律子さんもきっと喜ぶと思いますよ」
にっこりとミカが答えると、ナイアラも「よかったあ」とまた笑う。
それから、不意にじっとミカの顔を見上げて、首を傾げた。
「どうなさいましたか?」
「ミカって、リッコのこと、ちゃんとすきなの?」
「これはまた、ずいぶんと直球なのですね」
「だって、こういうのをそれとなくきくと、だいたいまちがえちゃうんだよ。まちがえたら、こじれて、たいへんなことになるもん」
目を瞠るミカにナイアラは肩を竦めて「あたし、こりたんだ」と続けた。
「それはよい心掛けかもしれません。ですが、聞かれるほうにとって、あまり歓迎できない質問かとも思いますが」
「ちゃんと、きくひとはえらんでるよ。おこらないひとだけに、って」
「それは、私を買いかぶりすぎではありませんか?」
ミカが急に目を細め、口だけを笑みの形にして覗き込んだ。
ナイアラはそれを受けて立つように、にいっと笑ってミカの目を見返す。
「そんなふうにおどかしても、こわくないからね。よるのやみは、きゅうけつきのためだけに、あるんじゃないんだよ」
「そうでしたか。そのために、古い魔法と、それに見たことのない御守りまで持っていらっしゃるんですね。どちらの教会のお手製でしょうか」
威張るように胸を反らすナイアラに、ミカはますます目を細める。
「おまけに、どうやら武器も隠し持っておられると。こなした場数も身のこなしも、昨今ではあまり見かけないほどのものとお見受けしましたが」
「わかっちゃうんだ?」
ナイアラの目が丸くなる。
「私も、それなりに長く生きておりますし」
「でもさあ、なんだかんだいって、ミカは、リッコのことだいじにしてるでしょう? リッコのはなしで、そういうかんじがしたよ」
「そう、お思いですか。律子さんが私の思惑に気付かず、ただ無邪気にそう信じているだけかもしれませんよ」
「あたしのかんは、あたるんだあ」
「今回ばかりは外れるかもしれませんね」
くすくすと笑うミカに、ナイアラの眉がぎゅうっと寄った。「すなおじゃないときらわれちゃうんだよ!」と口を尖らせる。
「ミカは、いろいろたりないって、リッコがこまってたんだからね」
「足りない、ですか?」
「そう。あたしもおもったもん。ミカはたりてないんだよ、ぜんぜん」
「そのように言われるのは、初めてですね」
困惑するミカに、ナイアラはまたにこっと笑った。
「なにがたりないか、かんがえなきゃ、だめだよ。でないと、リッコ、どっかいっちゃうからね」
「どこか、とは……」
と、急にミカの携帯が鳴った。
律子からのメールが届いたようだ。
『駅ナカのマンスリースイーツでロールケーキ買っちゃったよ!』
ちらりと確認すれば、画面にはいつもの調子で書かれた文面があった。
その内容に、ミカはつい笑ってしまう。
そのミカの顔に、ナイアラは、なあんだ思った。
リッコ、大丈夫じゃないの、と。
「ミカのたりないもの、わかった」
「はい?」
にこにこ笑うナイアラの言葉に、ミカは怪訝な表情になる。
この猫はいったい何を言い出しているのか、と。
「うちのきりこみたいちょうにたりないのは、ことばだったけど、ミカはちょっとちがうんだね。ちゃんときがつかないと、ミカは、うちのたいちょうより、おばかだったってことになるからね」
「何のことでしょう?」
「それはひみつー!」
あはは、と笑いながらナイアラは立ち上がった。
「じゃあ、あたし、そろそろかえるね」
どことなく納得のいかない顔のミカに「またね」と手を振ったナイアラは、さっさと玄関を出ていった。
なあんだ、なあんだ、リッコってば気にすることないじゃない――などと、くすくす笑いながら走り出す。
かちゃりと鍵をかけ直して、ミカは小さく吐息を漏らした。いったい何がしたかったのか……ナイアラの真意は、どうにもよくわからない。
けれど、今は置いておこう。
肩を竦めて、ミカは夕食の準備にとりかかる。
駅ナカで買い物をしたとメールが来たのだから、律子はそれほど時間をおかずに帰ってくるのだろう。
今日はナイアラの持ってきた酒がある。
それに合うつまみをいくつか用意しておこうか。
いつものように自分に抱えられ、熟睡する律子を眺めながら。
あれほど警戒心を露わにしていたくせに、数日続けばすっかり日常へと変わる。警戒心はどこかに消えて、違和感すらも感じなくなってしまうのだ。
たとえ、どんなに深くキスをしようとも。
毎夜、隙あらば抱き込み、キスを贈り……これが普通なのだと刷り込んだ。
最初こそ、戸惑いで身を硬くしていたけれど、今ではほんの少しの困惑のみですんなりと受け入れている。
おそらくは、近いうちに困惑すらも見せなくなるだろう。
気の長さも根気も、ミカのそれと律子のそれは比べものにならないのだ。何しろ、年季も寿命も違うのだから。
このまま律子のそばに居続けることが目的とすれば、どうとでもなる。
ミカはぐっと律子を引き寄せ、ぴったりと密着した。
腕を通して心臓の鼓動が伝わり、その魅惑的なリズムに自然と笑みが漏れる。首筋にそっと触れると、そこからもどくどくという脈動が伝わり……牙を突き立てたいという衝動をじっとこらえてキスを落とすだけにとどめる。
惜しむらくは、律子が意外にも頑固なところだろうか。
あれほど押しに弱いくせに、ギリギリのところで踏みとどまって、決して首を縦に振らないのだから。
けれど、それも時間の問題だろう――ミカはくすりと笑う。
心とは現象に引き摺られるものだ。このまま事実を積み上げていけば、いつか律子も折れることは目に見えている。
なら、このまま続けていけばいい。律子がギリギリだと考えているラインを、ゆっくりと少しずつ引き上げながら。
「いってきまーす」
いつも通り、屈託なく弁当を受け取り、会社へと向かう律子を見送って、ミカはやれやれと笑った。
「さて、家事を済ませてしまいましょうか」
いつものように掃除をして洗濯をして布団を干して……ほぼルーチンとなっている一連の作業を、慣れた手でさっさと済ませてしまう。
「それにしても、“オカン”とはね」
日も傾き、ようやく今日の分の家事がすべて終わったところでひと息吐きつつ、ミカは独りごちた。
これだけべったりの生活を送っているくせに、どうりで動じないはずだ。
律子の中で“ミカはオカン”と処理され、男性という意識がすっぽり抜け落ちているとは思いもしなかった。
然もありなんということか。
しかし、遅ればせながらではあるものの、“ミカはオカンではない”という認識が、律子にもようやく芽生えてきている。
ミカから距離を置こうと画策する律子を思い出して、くすりと笑う。
あれはあれで、どうにかして檻から逃れようとする小動物のようで可愛らしい。なかなかに趣きのあるものに思えて、微笑ましくもある。
それにしても、ミカは律子を“飼育”しているのだとする頑なな主張は、なんとかならないものだろうか。
それとも、律子は本当に“飼育”してほしいというのだろうか。
あらあら、ミカさん、律子さんのことでお悩みかしら。
活動時間が近づいて、ペトラが姿を現していた。
ミカはつい苦笑を浮かべてしまう。
「ペトラさんはお見通しなんですか」
律子さんたら、ミカさんのことを怖い方だって誤解しているんだもの。
そう首を傾げるペトラに、ミカはますます苦笑する。
「誤解はどうでしょうね。律子さんの言う通りかもしれませんよ」
そうかしら。私が見てる限り、ミカさんて律子さんにとっても優しいわよ。
頬杖を突くような仕草をするペトラに、ミカは肩を竦めた。
「打算ありきでは、優しくしても通じないようですが」
ま、ミカさんも素直じゃないのね。
それでも呆れたように前脚を振るペトラに、つい、ミカは眉を寄せる。
「――やはり、子グモを巣立たせるほどの経験者であるペトラさんには、何もかもお見通しということのようですね」
別にお見通しのつもりはないのだけど。
あら、お客さんが来たみたいよ。
ペトラが姿を隠したとたんに、玄関チャイムが鳴り響いた。
「ねえ、ミカ、いるー? ナイアラだよー」
予想外の声に少し驚きつつも、ミカは玄関へと向かった。扉を開けると猫娘だというナイアラが、小さな袋を掲げてにっこりと笑っていた。
「これは珍しいですね。律子さんは仕事に行っておりますが」
「うん、きょうはね、このまえの、すいかのおれい、もってきたの」
「そうでしたか。では、少し上がって行きますか。お茶くらいは出しますよ」
「そうするー!」
遠慮も躊躇もなく上がりこむナイアラに、警戒心をまったく見せないのもどうかと、ミカは少し呆れる。
「あのね、ようせいの、じょうりゅうしゅ、なんだよ」
「妖精の蒸留酒ですか? そんなものがあるとは、初耳ですね」
「うん、かわりものがいてね、そのようせいがつくってるの。
あんまりたくさんないんだけど、まえに、ちょっとしごとをうけたことがあって、それでわけてもらったの」
気泡混じりのガラスで作られた瓶は、流れるような曲線の優美なもので、たしかに“妖精らしい”デザインだった。
けれど、どこの妖精のものなのか。見かけない形に、ミカも首を捻る。
「妖精の仕事ですか」
「そ。ええとね、コボルドのせいでひどいことになってるから、たいじしてくれっていうしごと」
「コボルドですか。今時出てくるとは珍しい」
「そうなの?」
「最近は見なくなりましたからね」
「へえ」
ともあれ、中身を確認しようと、ミカは受け取った瓶のコルクを抜いてグラスに少しだけ注いだ。
淡い桃色の酒からは、チェリーのような果物とアルコールのほどよく混ざった、ほんのりと甘い香りが立ち上る。
舐めるように口に含むと、舌にぴりりという刺激があった。なるほど、確かに蒸留酒で、しかもかなりの度数らしい。
けれど、そのくせ口当たりはあくまでも優しく甘い。
「これはなかなかに上質な酒ですね」
「でしょう? すごくひょうばんがいいから、なかなかてにはいらないの。
すいか、すごくおいしかったから、リッコとミカが、よろこぶかなって、おれいにもってきたんだ」
「ありがとうございます。律子さんもきっと喜ぶと思いますよ」
にっこりとミカが答えると、ナイアラも「よかったあ」とまた笑う。
それから、不意にじっとミカの顔を見上げて、首を傾げた。
「どうなさいましたか?」
「ミカって、リッコのこと、ちゃんとすきなの?」
「これはまた、ずいぶんと直球なのですね」
「だって、こういうのをそれとなくきくと、だいたいまちがえちゃうんだよ。まちがえたら、こじれて、たいへんなことになるもん」
目を瞠るミカにナイアラは肩を竦めて「あたし、こりたんだ」と続けた。
「それはよい心掛けかもしれません。ですが、聞かれるほうにとって、あまり歓迎できない質問かとも思いますが」
「ちゃんと、きくひとはえらんでるよ。おこらないひとだけに、って」
「それは、私を買いかぶりすぎではありませんか?」
ミカが急に目を細め、口だけを笑みの形にして覗き込んだ。
ナイアラはそれを受けて立つように、にいっと笑ってミカの目を見返す。
「そんなふうにおどかしても、こわくないからね。よるのやみは、きゅうけつきのためだけに、あるんじゃないんだよ」
「そうでしたか。そのために、古い魔法と、それに見たことのない御守りまで持っていらっしゃるんですね。どちらの教会のお手製でしょうか」
威張るように胸を反らすナイアラに、ミカはますます目を細める。
「おまけに、どうやら武器も隠し持っておられると。こなした場数も身のこなしも、昨今ではあまり見かけないほどのものとお見受けしましたが」
「わかっちゃうんだ?」
ナイアラの目が丸くなる。
「私も、それなりに長く生きておりますし」
「でもさあ、なんだかんだいって、ミカは、リッコのことだいじにしてるでしょう? リッコのはなしで、そういうかんじがしたよ」
「そう、お思いですか。律子さんが私の思惑に気付かず、ただ無邪気にそう信じているだけかもしれませんよ」
「あたしのかんは、あたるんだあ」
「今回ばかりは外れるかもしれませんね」
くすくすと笑うミカに、ナイアラの眉がぎゅうっと寄った。「すなおじゃないときらわれちゃうんだよ!」と口を尖らせる。
「ミカは、いろいろたりないって、リッコがこまってたんだからね」
「足りない、ですか?」
「そう。あたしもおもったもん。ミカはたりてないんだよ、ぜんぜん」
「そのように言われるのは、初めてですね」
困惑するミカに、ナイアラはまたにこっと笑った。
「なにがたりないか、かんがえなきゃ、だめだよ。でないと、リッコ、どっかいっちゃうからね」
「どこか、とは……」
と、急にミカの携帯が鳴った。
律子からのメールが届いたようだ。
『駅ナカのマンスリースイーツでロールケーキ買っちゃったよ!』
ちらりと確認すれば、画面にはいつもの調子で書かれた文面があった。
その内容に、ミカはつい笑ってしまう。
そのミカの顔に、ナイアラは、なあんだ思った。
リッコ、大丈夫じゃないの、と。
「ミカのたりないもの、わかった」
「はい?」
にこにこ笑うナイアラの言葉に、ミカは怪訝な表情になる。
この猫はいったい何を言い出しているのか、と。
「うちのきりこみたいちょうにたりないのは、ことばだったけど、ミカはちょっとちがうんだね。ちゃんときがつかないと、ミカは、うちのたいちょうより、おばかだったってことになるからね」
「何のことでしょう?」
「それはひみつー!」
あはは、と笑いながらナイアラは立ち上がった。
「じゃあ、あたし、そろそろかえるね」
どことなく納得のいかない顔のミカに「またね」と手を振ったナイアラは、さっさと玄関を出ていった。
なあんだ、なあんだ、リッコってば気にすることないじゃない――などと、くすくす笑いながら走り出す。
かちゃりと鍵をかけ直して、ミカは小さく吐息を漏らした。いったい何がしたかったのか……ナイアラの真意は、どうにもよくわからない。
けれど、今は置いておこう。
肩を竦めて、ミカは夕食の準備にとりかかる。
駅ナカで買い物をしたとメールが来たのだから、律子はそれほど時間をおかずに帰ってくるのだろう。
今日はナイアラの持ってきた酒がある。
それに合うつまみをいくつか用意しておこうか。
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