夢魔と失恋とわたし

ぎんげつ

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本編

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 ぐだぐだにヤられて、わけがわからないままに夜通し啼かされて、ありえないぐらいイかされた。
 初めてなのに……真実、初めて知った男がコレとか、ありなのか。
 最後のほう……いや、正直に言うとかなり早いうちから脳味噌がどこかに飛んでいて、いったい何がどうしてそんなことになったのか、さっぱりだ。



 翌日は翌日で、腰が立たないどころか身体中痛いわ怠いわで起き上がることもできず、ヒリヒリする喉を抱えたまま、どうやって水を飲んだらいいのかと呆然と転がっていた。
 いい加減あらぬナニやらソレやらで汚れた身体を風呂できれいにしたいのに動けないし、部屋の中は散らかったままだし、服もそこらに脱ぎ散らかしたままだし、ぐしゃぐしゃになった模造紙も、無造作に置かれた革表紙の本もそのままだし、床には汁とか汁とか汁とかそのままだし、誰が掃除するんだよこれ、と考えただけで頭が痛くなってしまう。
 こうも完璧かつ見事な“やらずぶったくり”なんて、生まれて初めて見たと感動を覚えるくらいのひどいありさまだった。
 どうにか冷蔵庫まで這いずって、そこにあった水分と食糧を飲み食いして、動けるようになるまでどうにか生きながらえて……という体たらくだ。

 大学なんかもちろん自主休講だ。部屋から出るどころかトイレにすら難儀するありさまなのに、講義なんて出ていられるか。
 心配した友人からSNSやメールで連絡も入ったが、もちろん顔など見せるわけにもいかず、助けを呼ぶわけにもいかず……「性質タチの悪い風邪を引いてしまった」と返信しただけで終わらせてしまった。

 そんなこんなでようやく外へ出られるまでに3日かかったし、本調子と言えるほどに復活したのは、あの夜から数えてなんと1週間後だった。
 あの夢魔とやら、死ねばいいのに。
 ナントカの教会に滅ぼされてしまえ。
 エクソシストに祓われてしまえ。
 太陽の光に焼かれて灰になってしまえ。

 私の呪詛は、今やリア充などではなく、あの夢魔に向かっていた。


 * * *


「快気祝いにパンケーキおごるよー」

 伊東さんに誘われて、私は素直に頷いた。
 あのわけのわからん夜とそれから続く怒涛の1週間のおかげか、関口くんと伊東さんのことなんて、すっかりどうでもよくなっていた。

 あの夜、私の処女ごと何もかも持って行かれた結果、あのクソ夢魔以外、本気でどうでもよくなってしまったのだ。ゆえに、私が今まさに爆発しろと念じているのは、このふたりではない。あの夢魔だ。あの夢魔以外いない。



「ねえ、浅見さん」
 パンケーキを待ちながら他愛もない話をしていたはずなのに、急に伊東さんが改まったように私を呼んだ。

「……浅見さんて、本当は、関口君のこと好きだったんだよね?」

 少し言いづらそうに、伊東さんがちろりと私を見る。
 だが、私はここでその話が出てくるのかと、むしろばればれだったのかと飲んでた水を噴きそうになってしまった。

「いや、ちょっと待って。ちょっといいなーと思ってたくらいで、今や全然だから。好きとかないから気にしないでよ!」
「だって、先週居酒屋で、すぐ帰っちゃって、店を出るときもなんだか……」

 伊東さんは意外に鋭かった。だが私だって今さらどうでもいいことを蒸し返す気なんてさらさらない。

「それ、伊東さんの勘違い。あの時はマジでレポート置き忘れ思いだして焦ってたの。それだけ。ほんとそれだけだから。
 まあ、風邪のせいで結局提出遅れたし、戻っても意味なかったんだけど」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。確かにリア充め爆発しやがれとは思ったけどね、それだけ」

 伊東さんはようやく安心したのか、ほっと息を吐く。

「もしかしたらって、気になってたんだ。
 それにあれ、サプライズとか言ってたけど、私がごめんなさいだったらどうするつもりだったんだろうね」
「勝算あるからああいうことしたんじゃないかな。むしろふたりとも見世物パンダみたいでかわいそうにとも思ったけどね」
 伊東さんは「だよねえ」と苦笑を浮かべた。

「こちら、パンケーキになります」

 ようやく来たかとテーブルの上に皿のスペースを空けて……ん、この声? と私の動きが止まった。
 聞き覚えがありすぎる、腰に来る低音ボイスだ。
 ばっとウェイターを振り仰ぐと、そこにはサラサラ髪の、どこか軽薄そうでどこか酷薄そうなイケメンが立っていた。

「あ、あ……」
「お客様、いかがなさいましたか?」

 にっこりと微笑まれ、ぐっと言葉に詰まる。そんな馬鹿な。あの夢魔野郎がこんなところでおとなしくウェイターなんかやってるわけがない。

「浅見さん?」

 伊東さんが訝しむように私とウェイターを見比べる。

 微笑みを浮かべたまま、挙動不審な私に構わず、ウェイターは手際よく皿とコーヒーカップを並べていった。
 なのに、私と目が合った瞬間、ふっと小馬鹿にするような笑みを向けられて、こいつやっぱりと感じる。

 すくっと立ち上がった私は、がしっと彼の腕を掴んで店の隅へと引っ張った。

「あ、浅見さん?」

 伊東さんが目を丸くしているが、構っていられなかった。

「お前、こんなとこで何してるんだよ!」
 あくまでも小声で、キリキリ胃が痛むような気がしつつ、言い募る。
「君こそ、もう俺が恋しくなったのかな? 他の男じゃ満足できないしね」
「な、な、なっ、何を……」
「そりゃもちろん、ナニに決まってる」
「ふ、ふ、ふざけんな!」

 くくっと笑われてカッと顔に血がのぼる。

「本当だよ。君は俺意外じゃ満足できない身体なんだから、疑うなら試してみればいい。その証拠に、他の男への興味なんてきれいに失せてしまっただろう? どう? 君が言ってた関口ってやつも、もうどうでもよくなったんじゃない?」
「は……はぁ? なんで……」
「ね?」

 身体を屈め口を耳元に寄せて囁かれ、身体の奥がずくんと疼くのを感じた。
 心臓がドキドキする。

「まずは、今晩、また君のところへ行こうか?」
「な、な、お前みたいなクソに、誰が……ッ!」

 思わず繰り出した右拳をひょいと取られ、そのまま抱きすくめられてぶちゅうとキスをされた。舌まで絡められて、存分に貪られて、あの夜のことを思い出してしまう。

「ん、ん、ん……」

 ギブ、ギブと腕を叩いても離してもらえない。
 しかも、端っことはいえ店内なのに、いったいどんな羞恥プレイなのだ。

 ひとしきり舐られてようやく離れて、ごしごしと手で口元を拭う。

「あ、あの、月代つきしろくん?」

 ぜいぜいと息を吐く私とにやにやと見つめる夢魔に、このカフェのオーナーらしいおじさんがおずおずと声を掛けた。
 生意気に、そんな立派な名前があったのか。

「そのお嬢さんは、君の彼女さん?」

 そんなわけあるかと返そうとする私を押しとどめ、夢魔はとてもいい笑顔でおじさんに振り向いた。

「いえ、ご主人様です」

 店内中の人間の視線が集中する。

「浅見さん、そういう趣味だったの……」

 呆然とする伊東さんの呟きが、私の耳に刺さる。

「ねえ、ご主人様?」

 ……私は、負けない。


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