67 / 113
第三章 再会とフラクタル
6.
しおりを挟む
よほどあわてているらしく、咲良は舌をもつれさせた。
『いっ、今、これからバスに乗るんだけど、三十分くらいかかると思う。大丈夫?』
「もちろん。大丈夫、待ってるよ」
優しく声をかけた後、通話が切れるのを待ってスマホをテーブルへともどす。
全身の力が抜けきって、雅文は座っていたソファの背もたれにどさりと音を立てて寄りかかった。無性にタバコが欲しくなったが、冷めたコーヒーで我慢した。
ノートパソコンの時計表示が三十五分を示した頃、学生らしいカップルとスーツ姿の女性が入って来た。女性はバッグをかけた肩とは反対側の手の中に、何かを握りしめている。
──勝った。
雅文はまなじりに笑みを含ませ、自分に近づく咲良を見上げた。
前より長くなった髪と、前と変わらない黒い瞳。乱した呼吸に、口紅が塗られたつややかな唇が開いている。学生時代とは違い、きちんとメイクをされた大人の女性らしい雰囲気が新鮮だった。
咲良はまだ息を切らしながら、片腕を伸ばして前に立った。小さな手から見覚えのある金属性の光が漏れる。
「これ。こんなの本当にこまる……! こんな高そうな腕時計、何かあっても弁償できない」
そう言いながら、雅文が広げた手の上に持って来た腕時計を乗せる。
雅文は笑って口を開いた。
「高そうじゃなくて、高いんだ。……ありがとう、持って来てくれて」
雅文が叩いた軽口に、咲良の顔があっけに取られた。前と違って少し斜に構えた今の雰囲気に驚いたらしい。左手首に時計をもどすと、咲良の手のひらのぬくもりがじんわりと手首を包みこんだ。
「で? どうする、何が食べたい? 僕もこの辺はよく知らないけど」
明るく咲良に話しかけると、彼女はぱちぱちとまばたきした。まさか食事に誘われるとは全く思ってもいなかったらしい。だが、それを待っていたように咲良の腹がぐうっと鳴った。
雅文は声を上げて笑った。
──本当に久しぶりだ。声を上げて笑うのなんて。
思いながらもくっくっと喉の奥で笑いをこらえる。
窓の外に目をやると、向かいのにぎやかな海鮮居酒屋が見えた。大きな提灯を指でさし、真っ赤になっている咲良に言う。
「探す時間ももったいないから、あそこで良ければすぐ行こう。とりあえず、コーヒーはもう十分だ」
ノートパソコンを手早くしまい、雅文はゆっくりと立ち上がった。
『いっ、今、これからバスに乗るんだけど、三十分くらいかかると思う。大丈夫?』
「もちろん。大丈夫、待ってるよ」
優しく声をかけた後、通話が切れるのを待ってスマホをテーブルへともどす。
全身の力が抜けきって、雅文は座っていたソファの背もたれにどさりと音を立てて寄りかかった。無性にタバコが欲しくなったが、冷めたコーヒーで我慢した。
ノートパソコンの時計表示が三十五分を示した頃、学生らしいカップルとスーツ姿の女性が入って来た。女性はバッグをかけた肩とは反対側の手の中に、何かを握りしめている。
──勝った。
雅文はまなじりに笑みを含ませ、自分に近づく咲良を見上げた。
前より長くなった髪と、前と変わらない黒い瞳。乱した呼吸に、口紅が塗られたつややかな唇が開いている。学生時代とは違い、きちんとメイクをされた大人の女性らしい雰囲気が新鮮だった。
咲良はまだ息を切らしながら、片腕を伸ばして前に立った。小さな手から見覚えのある金属性の光が漏れる。
「これ。こんなの本当にこまる……! こんな高そうな腕時計、何かあっても弁償できない」
そう言いながら、雅文が広げた手の上に持って来た腕時計を乗せる。
雅文は笑って口を開いた。
「高そうじゃなくて、高いんだ。……ありがとう、持って来てくれて」
雅文が叩いた軽口に、咲良の顔があっけに取られた。前と違って少し斜に構えた今の雰囲気に驚いたらしい。左手首に時計をもどすと、咲良の手のひらのぬくもりがじんわりと手首を包みこんだ。
「で? どうする、何が食べたい? 僕もこの辺はよく知らないけど」
明るく咲良に話しかけると、彼女はぱちぱちとまばたきした。まさか食事に誘われるとは全く思ってもいなかったらしい。だが、それを待っていたように咲良の腹がぐうっと鳴った。
雅文は声を上げて笑った。
──本当に久しぶりだ。声を上げて笑うのなんて。
思いながらもくっくっと喉の奥で笑いをこらえる。
窓の外に目をやると、向かいのにぎやかな海鮮居酒屋が見えた。大きな提灯を指でさし、真っ赤になっている咲良に言う。
「探す時間ももったいないから、あそこで良ければすぐ行こう。とりあえず、コーヒーはもう十分だ」
ノートパソコンを手早くしまい、雅文はゆっくりと立ち上がった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
サイコさんの噂
長谷川
ホラー
最近ネットで大流行している都市伝説『サイコさん』。田舎町の高校に通う宙夜(ひろや)の周囲でもその噂は拡散しつつあった。LIME、Tmitter、5ちゃんねる……あらゆる場所に出没し、質問者のいかなる問いにも答えてくれる『サイコさん』。ところが『サイコさん』の儀式を実践した人々の周囲では、次第に奇怪な出来事が起こるようになっていた。そしてその恐怖はじわじわと宙夜の日常を侵食し始める……。
アルファポリス様主催第9回ホラー小説大賞受賞作。
※4話以降はレンタル配信です。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる