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番外編1 柳沢笑香の完璧な恋人

67.懐古八景 27

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 後で話に聞いた所、彼は史郎が笑香と共に在学していた一年弱、常に成績が学年で二位の結果に終わっていたらしい。
 彼も努力をしていたようだが、結局最後まで史郎の成績を追い抜くことはできなかった。きっと、彼はそのまま去った史郎にわだかまりがあるのだろう。そして今回、史郎につききりで勉強させられていた自分が、ついに首席に立ってしまった。

 笑香は史郎に聞かれないよう、ほっと小さなため息を漏らした。あれ以来、笑香は現在の自分自身の立ち位置に、かすかな揺らぎを感じ始めていた。

 もともとのんきな性格の笑香は、「柿崎笑香」だった頃から、自分の周囲の人間にやや不愉快な目に遭わされても、「多分、自分の知らない所でそれぞれ事情があるのだろう」と察することができていた。得だと言えるその能力に楽天的な性分も相まって、今まで史郎のそばにいることで他人に心無いことを言われても、大したことだと思わなかった。

 当の史郎はまったく気にかけていなかったらしいが、すべてに優れていた彼は、以前通っていた学校でひときわ目立つ存在だった。特に女子の間では抜群に知名度が高く、彼に思いをよせる人間が学内にいたことは知っていた。そして、その人数が一人や二人ではないことも。

 あの頃は生徒会の仕事をし、体育祭等のイベントごとに華やかな活躍をしていた彼は、学内で注目の的だった。ゆえに史郎の彼女である笑香は──当時はそれどころではなかったが──実は、何度か彼に関する陰口を叩かれていた。

 しかし、笑香はすでに過去にも同様の目に遭っていた。
  好むと好まざるとに関わらず、(三年間の空白があるにしても)笑香は本当に幼い頃から史郎の一番そばにいた。そのため、中学時代も面と向かって「水嶋君に近づくな」と、面識のない女子の集団に釘を刺されたことがある。とうに免疫がついていたために、笑香は親しい友人が自分を心配するほどには、自身に対する周囲の感情を心に留めていなかった。

 だが笑香は今回の旅行で、そのことを思い出してしまった。自分と彼の間に介在する、抗いようのない格差。ことさら周囲に言われるように、やはり自分は彼にふさわしくないのだろうか。

──私は何を言われてもかまわない。でも、もし私がそばにいるせいで、史郎君が嫌な目に遭うのなら。

「夕飯、何がいい? まだ食べる気はしないけど、一応何か用意しておかないと」

 史郎の声に、笑香は自分の顔を上げた。最寄りの駅にほど近い、繁華街の賑わいの中で二人はバスを降りていた。
 なごやかな調子で問いかけられ、笑香はにこりと笑って答えた。

「お母さんにも言われてるから、今日は私が作るつもりなんだけど。……何がいい?」
「じゃ、エビチリと麻婆豆腐。激辛で。自分でもちゃんと味見しろよ」

 にやにやしながら返す史郎に思わず頬をひくつかせる。自分をからかう楽しげな目つきに、彼の立場を憂慮していた自分が馬鹿らしくなって来る。
 重々承知はしているものの、唯一であり、最も重大な欠点でもある彼の性格に息をつき、笑香はゆっくり歩いている史郎の左隣に並んだ。
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