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第四章 文化祭
3.
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僕は小さく眉尻を上げた。
脈がないかと思ったが、笑香の方から乗って来るとは。
「もちろん。君の言うことをなんでも聞くよ。何がいい?」
僕が軽くうけおうと、間髪入れずに笑香は答えた。
「史郎君が、史郎君のお父さんと一緒にお母さんのお墓参り。……できる?」
今度は僕が無言になる番だった。笑香はたたみかけるように続けた。
「史郎君のお父さんには私から言うし、もちろん私も一緒に行くから。どう?」
僕は笑香から視線をそらした。
「──あいつが僕と墓参りに行くとは思えないな」
想像することもしたくない、自分の父親との墓参り。
僕は投げ出すように続けた。
「賭けは無しだ。君もその気がなさそうだし。やっぱりこんな形で無理強いするのは良くないな」
笑香はあいまいに微笑んだ。僕はゆっくりと立ち上がった。
「誰もいない家にこのままいると、また君を押し倒しそうだ。家にもどるよ。──もう二度と君に嫌われたくないからね」
笑香に見送られながら部屋を出る。
玄関口を出ようとした時、柿崎家のドアが開かれた。
「……おっと」
スーツ姿の背の高い人物と対峙する。
「ああ、史郎君。来てたのか」
良く響く笑香のおじさんの声。ここぞとばかりに、僕はにこやかにあいさつした。
「お邪魔しました」
「お父さん? 早かったね」
意外そうな笑香の声に、おじさんは靴を脱ぎながら言った。
「準備だけだと言っただろう。勇人は?」
「サッカーの練習。さっきまで史郎君が持って来てくれたケーキを一緒に食べてたの」
さりげなく、ずっと二人きりだったわけではないとおじさんに伝える。
「それじゃ、また」
僕が出て行こうとすると、不意におじさんの声が背を打った。
「──史郎君」
僕はふり向いた。
「うちのパソコンに、フィルタをかけたのは君かね?」
感情の見えないその声色に僕は表情をひきしめた。
「……はい、そうです」
「私が史郎君にたのんだの。勇人がパソコンを使い始めたんだけど、私とお母さんはどうすればいいのかわからなかったから」
笑香があわててフォローする。
「邪魔でしたらすぐに解除します」
僕が答えると、おじさんは首を横に振った。
「いや、いい。迷惑をかけてすまなかったね」
そのままリビングへと広い背中が消える。
一瞬の緊張がほぐれ、笑香は僕の顔を見上げた。
「勇人のこと、本当にありがとう。私も楽しみにしてるね」
そこでやっと僕は本物の笑顔を見せた。
この時僕は、まさか自分が約束を守れなくなるなんて、全く思いもしていなかった。
脈がないかと思ったが、笑香の方から乗って来るとは。
「もちろん。君の言うことをなんでも聞くよ。何がいい?」
僕が軽くうけおうと、間髪入れずに笑香は答えた。
「史郎君が、史郎君のお父さんと一緒にお母さんのお墓参り。……できる?」
今度は僕が無言になる番だった。笑香はたたみかけるように続けた。
「史郎君のお父さんには私から言うし、もちろん私も一緒に行くから。どう?」
僕は笑香から視線をそらした。
「──あいつが僕と墓参りに行くとは思えないな」
想像することもしたくない、自分の父親との墓参り。
僕は投げ出すように続けた。
「賭けは無しだ。君もその気がなさそうだし。やっぱりこんな形で無理強いするのは良くないな」
笑香はあいまいに微笑んだ。僕はゆっくりと立ち上がった。
「誰もいない家にこのままいると、また君を押し倒しそうだ。家にもどるよ。──もう二度と君に嫌われたくないからね」
笑香に見送られながら部屋を出る。
玄関口を出ようとした時、柿崎家のドアが開かれた。
「……おっと」
スーツ姿の背の高い人物と対峙する。
「ああ、史郎君。来てたのか」
良く響く笑香のおじさんの声。ここぞとばかりに、僕はにこやかにあいさつした。
「お邪魔しました」
「お父さん? 早かったね」
意外そうな笑香の声に、おじさんは靴を脱ぎながら言った。
「準備だけだと言っただろう。勇人は?」
「サッカーの練習。さっきまで史郎君が持って来てくれたケーキを一緒に食べてたの」
さりげなく、ずっと二人きりだったわけではないとおじさんに伝える。
「それじゃ、また」
僕が出て行こうとすると、不意におじさんの声が背を打った。
「──史郎君」
僕はふり向いた。
「うちのパソコンに、フィルタをかけたのは君かね?」
感情の見えないその声色に僕は表情をひきしめた。
「……はい、そうです」
「私が史郎君にたのんだの。勇人がパソコンを使い始めたんだけど、私とお母さんはどうすればいいのかわからなかったから」
笑香があわててフォローする。
「邪魔でしたらすぐに解除します」
僕が答えると、おじさんは首を横に振った。
「いや、いい。迷惑をかけてすまなかったね」
そのままリビングへと広い背中が消える。
一瞬の緊張がほぐれ、笑香は僕の顔を見上げた。
「勇人のこと、本当にありがとう。私も楽しみにしてるね」
そこでやっと僕は本物の笑顔を見せた。
この時僕は、まさか自分が約束を守れなくなるなんて、全く思いもしていなかった。
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