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第二章 おもちゃの密室

19.

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 僕は混み合う駅のホームで降りしきる雨を見上げていた。
 昨夜から降り始めた雨の様子は今のところ止む気配はない。朝の出鼻をくじく天気は、ただでさえうっとおしいこの人混みをさらに憂鬱にさせていた。思っていたより他校の生徒やサラリーマンの数が多く、同じ学校の生徒達から僕の姿をかくしている。
 目的の影はすぐに見つかった。

『チャリ通で六区から通ってる。雨の日は電車だけどな』

 中華料理屋でかわした言葉が耳の奥でこだました。

『お前、小学生の時まで長野にいただろ。五年生くらい……いつこっちに来たんだ?』

 僕は誰にも知られたくなかった。
 僕がかくしていた過去の自分。今の自分を作り上げる前の、不完全だった頃の僕。
 もしも笑香に知られたら。
 笑香の前で僕は今、圧倒的に強い立場に立っていなければならなかった。

 僕は笑香に「殺せ」と言った。十年かけても僕に復讐して見せろ、と。それは僕が自身の強さで縛りつけているから言える言葉だ。僕が少しでも弱みを見せればきっと笑香は逃げてしまう。同情で周囲の気を引いて、結局誰にも相手にされなくなってしまった、あわれな僕の母親のように。

 現に僕は揺らぎかけていた。今笑香はある程度、僕が母親に虐待されていた事実を知っている。だが、笑香と出会う以前に起こった事件のことは知らない。そしていったん笑香から離れ、今の完璧な自分の姿を必死で作り上げている時も。
 あの頃毎日覚悟を決めて生きていた僕の有様は、はたから見ればどんなにか滑稽だったことだろう。

 僕の今までの境遇を笑香にさげすまれるならともかく、あわれみだけは受けたくなかった。お人好しの笑香のことだ。すべてを知ったら僕を見る目がきっと変わるに違いない。
 それは、僕達の今の立場が逆転することを意味していた。

 僕は目的の人物へ少しずつ距離をつめて行った。
 とりあえず今、ここで事を起こすつもりはなかった。今後のためにあいつの様子をちょっと探りに来ただけだ。これ以上僕達に近づくのなら、僕もそれなりの覚悟を決めてあいつの排除を考えなければ……。

 その時僕の目の前で、天の采配が僕に味方したような気がした。
 階段から降りて来た集団に僕は背中を強く押された。ちょうどあいつの死角に当たる斜め後ろの位置に出る。奴は一番前に立ち、轟音を立ててやって来る電車の方に目を向けている。この電車は快速で、ホームを通過するだけだ。
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