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話題に困った挙句さっくりと掘り下げたので亡くなった家族についても、写真を見せてもらっている。七つ齢の離れた姉さんは顔立ちは似てないが、何より髪の色がおなじで、親御さんはさぞかし安堵しただろうと意地悪なことを思ってしまった。ついでに造作の良さも共通している。
傷の見せ合いじゃないがうちの事情も、途中道を踏み外していたところは省いて話してやるとすこしだけ態度がやわらかくなったように思う。幸せに生きてきた奴のきまぐれな同情と見做されていたんだろうか。別に広めたいわけじゃないので、ここだけの話なと止めておいたのも親しみを覚えたようでベースは無表情なのだが、くすぐったそうにしていた。のがわかった。
すこしずつでいい、閉塞した羽瀬川の世界がひらいていけばと思う。成長していく姿を、一番近くで見守る筈だった人達の代わりになれるとまでは自惚れてないが、理解者の一人になれたら。教師という立場関係なく幸せなことだと思う。
しかし物は言いようだがお節介ともとられそうで加減が難しい。俺は一応末っ子といういきものだが長いこと一人っ子でもあったため、可愛がられるより可愛がりたい性質だった。羽瀬川はたぶん要領がよく甘ったれの末っ子そのものだと思うので、それほど相性が悪くはないような……と、考えに耽っているとすぐそこの教室のドアが開いて女子生徒がひょこっと顔を出した。
「泊先生! ちょっとちょっと」
「祖父江か……どうした、何かあった?」
いいからいいからと手招きするばかりで、具体的な用事を説明しない。何だかなあと思いつつ寄っていくと突然グンと腕をひっぱられ、油断しきっていた俺は教室の中へ転がり込む羽目になった。
出席簿や指導要綱、チョークケースが御蔭で皆床に散らばった。物音が立ったが中は他に誰もいないのかややもせずまた元の静寂が支配する。強か打ち付けた肘と膝がじんと疼いて、明日か夜にはあおく痣が浮くだろう。何すんじゃと訴えるべき相手は、俺の脚の間に膝立ちで居座り、プチプチと己の襟元を緩めている。
ちょっと意味がわからない。
「はあ?!」
「あっ」
勢いよく身体を起こし、咄嗟に後退りする。ぷうとむすくれた祖父江は懲りずに俺ににじり寄る、退がる、寄る、繰り返せば当然の結果だが窓際に俺は追い詰められた。
「お前、何……っつか痛てェわ普通に!」
「どっちの意味?」
「……どっちも」
ニットのベストは着ておらず、丸襟のシャツだけの上半身はリボンタイとボタンを数個外せば深い谷間が見えた。いっちょまえに化粧の匂いもして、腰までのぼってきて締め付けてくる腿はむっちりして、興奮するより頭が痛くなってくる。知らずため息も吐いたかもしれなかった。
片や狙い通りの反応が得られず顔を顰めて、まずそこからしてガキだ。本物の女ならそんな不満はおくびにも出さずに次のカードを切るだろう。いや勿論そうされても困るが。
「重い降りろ」
「えー、先生さいてー!」
「お前こそ教師をなんだと思ってんだ」
こういうのは同級生の馬鹿どもでやれと軽率に言うのもあれなのでとりあえず脚の上から退かせた。発育はいいが中身もみっしり詰まっている。誇張でもなんでもなく重い。
でもまあ半分はわざとだが。真摯に対応して傷を深めても仕方ない、できることなら、やんわりと遠ざけたいのが本音だった。こちらの都合ばかりで申し訳ないが大人とはそうしたもので。
しかしまだ距離は近くて、祖父江の飾りつけられた双眸はじっと俺の様子を窺っている。去年受け持ちのクラスの生徒で、そのときも俺はこいつから猛アプローチを受けていた。めげないというか、何というか。
剰え俺はこの状況でも、こいつの惨憺たるリーダーの点ばかりが浮かんできて、俺を好きというならもうちょっと頑張ってくれればいいのにとこっそり嘆きさえしていた。それを餌に伸ばそうという浅はかな考えは実行しない。頑張られたらこっちが困るから。そんな恋は、叶えるわけにいかないのだ。
どこを出発点にそういう気になるのか知らないが、生徒は生徒で同僚は同僚だった。すくなくても俺は。卒業した生徒と結婚やら職場結婚やら世間にはないわけじゃなくても俺はなしだし、と思ったが現在進行形で生徒と秘密の交際中だった。すっかり忘れていた。
「やっぱ先生には通用しないかぁ」
「おー。つか自分のことは大事にしろよ。女ってのはその価値があんだからよ」
「……先生だけだもん」
ぽつんと言った、ついこぼれたような本音は聞かなかったことにする。お互いにそのほうがいいから。
こういうのや、それこそ結婚なんて羽瀬川とは選択肢がまず存在しない。俺からすれば、傍にいる手頃な理由が欲しかっただけだし、などと完全に余所事をしつつ祖父江の頭を撫でてやってたら前触れなくガラッとドアが開いて軽く死んだ。
事実はどうあれ、この状況、ものすごくまずい。
「なんだ羽瀬川じゃん……びびらせないでよもー」
先に反応した祖父江のそんな声すらも、ドクドク脈打つ鼓動の音でまるで聞こえなかった。俺、クビ、ダメ絶対。
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