セカンドクライ

ゆれ

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「……うーん……うん」

 ずるい男だ。仕方なくテレビ電話に切り換えるとやっぱり七緒はいつもの如くきちんとしていて、思いっきり部屋着の自分が情けない。首から下がせめてあまり映り込まないようにと悪あがきで角度を調整する。髪だって洗いっぱなしだ。
 居心地が悪いですという顔でいる杏里の内情など知る由もなく七緒は「いつももっとすごい格好みてるけど?」なんてからかってくる。年上のこういうところは嫌いだ。彼だって年上の相手と付き合った経験ぐらいあるだろうにと考えて、胸にちくりと痛みを覚える。

「どうしたんだよこんな時間に」
『うん』
「答えになってないけど」
『そうだな』
 見た感じ七緒はまだ外にいるようだ。暗いのでわかりにくいが車中だろうか。画面の端をヘッドライトが飛び去っていく。
「七緒?」
『……杏里』
「うん」
『今から会えないか』

 それは妄想していた彼の台詞とそっくりそのままおなじだったので、杏里は一瞬これは夢なのではと疑ってしまった。だってあんまり自分にばかり都合がよすぎるだろう。七緒はこんなこと言わない。何故ならセフレだから。記念日は別の人間と過ごすためにある。
 もしかして今とてもひどい顔をしているのだろうか。誘ってやらなければ死んでしまいそうに悲愴な顔をしているから、つい、ものの弾みでこんなことを。それとも身辺整理? 新しい年へ向けて年末恒例の大掃除を人間関係でもやるつもりで。やばいそうっぽい。

 取り敢えず確認はしたほうがいいかもしれない。杏里はありったけの勇気を総動員すると、神妙な面持ちで七緒に尋ねる。

「因みに、どういう用件で?」
『えっ……それ今さら言うのか??』

 たしかに。
 それはそうだ。たまたまクリスマスの夜だったから杏里が勘違いしただけで、これまでも七緒から呼び出しはあったしその際目的を問うたことなど一回もなかった。セフレに連絡を取る理由などセックス以外ありえないからだ。365日そうに決まっている。
 いっそ他意があればいいのにと思うくらい、あやしさの欠けらもない。何にもない。

「いいよ、わかった」

 近くのコンビニの駐車場で待ち合わせることを決めたらもういつも通りだった。事務的に、決して重くならないように、さっぱりとして何事にもドライな今時の若者を演じる。杏里に求められているのはそういう顔だ。きもちいいことが好きで、見栄えが良くて、遊ぶにはもってこいの物分かりのいい男。

「じゃあ、あとで」
『待って』
「何?」

 やけに鋭く呼び止められて、杏里はひょいと眉を跳ね上げる。

『もし捨てるんなら俺にくれないかな。その、――うしろのゴミ箱の』
「は???」

 首を返してしまったと悔いる。知らないうちに映ってしまっていたらしい。目敏くみつける七緒も七緒だ。プレゼントらしき様子は見ればわかるだろうに、スルーしてほしかった。
 断ったほうがいい。そうすれば彼のための贈り物だとは思われないだろう。カードも何もないので宛て先はわからないのだし、望まない貰い物のふりでもすれば引き下がってくれる。そういう予想は見事に裏切られた。杏里がどう説いても七緒は「持ってきてほしい」の一点張りだ。

 大体いちどくずかごに捨てた物を人に渡すなんて、失礼以外のなにものでもないと思うのだけれど。結局明瞭な返答はしないまま通話を切った。とにかく身支度をしなければ。七緒に会うのに汚い格好をしていくのは許せない。杏里は早く暖まるよう強めにエアコンをかけて服を着替える。
 日付はいつの間にか越えていた。特別な祝祭の夜でもないのなら、ただのプレゼントとして渡すくらいならまあいいか。何でもない日に物を贈ってはいけないという法も無い。さすがに外側の黒い袋はそのまま捨ててしまって、中の包みだけを適当な紙袋に移し替えると杏里はエアコンを消してそうっと部屋を出た。

 階段を降り、玄関でブーツを履くと靴箱の上にあるちいさな黒柴の置物をうしろまえにしておく。母とだけ通じるサインだ。朝になって捜されないよう、急な外出でしかも外泊する可能性のある時はこうして知らせる。杏里は高校を出てすぐ働いているので元からあまり口うるさく言われないがやはり何の連絡もしないというのも、まだ同居をさせてもらっている身では申し訳ないと考えてこの方法を採った。

「……いってきます」

 ちいさく呟いて冷えびえとした外へ一歩踏み出す。雲に覆われてでもいるのか昏い夜空には星のひとつぶも見えず、海のようだと思う。



 
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