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月翔と小雨
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しおりを挟む「ごめん、年下かと思ってました」
「いいよ別に。俺も普通に話してるし」
同僚でも同窓でもたぶんないんだから、と屈託なく言われてしまっては従うほかない。というかこの笑顔の引力だろうか。知らない人間にこうも自然に月翔が振る舞えるのは極めて珍しく、メンバーやマネージャーが見たら頭でも打ったのかといっそ心配されそうだ。
まずは名乗るべきだが念のため下の名前だけ教える。男は小雨というらしい。住まいは郊外の山奥で、今日は仕事で都心に出てきており就寝までの時間潰しにこの店に来たという。だったらここは行ったかとあちこち観光スポットの名を挙げてみたが、目的があってはそこまで自由にできないようで、しかしグルメの話題にはわりと食いついてくれる。小雨は控えめに言ってもかなり痩せているため、食に興味が薄いタイプかと思っていたけれど誤解だったようだ。
「ねえ、小雨は独身?」
ひと通り食べ物の話をしてからそう問うと、彼はちいさく首を振って「縁がないんだ」と付け加える。同士を得て月翔はパッと顔を輝かせた。無表情も無愛想もどこへやったというような様子にバーテンダーがこっそり驚く。
「親うるさくない?」
「あー……うちはそうでもないかな」
「マジ? いいなあ」
そりゃ月翔だってわかってはいるのだ。両親が結婚を勧めてくるのは先のことを思っての親切のつもりなのだと。だがやっと芸能界で地位を確立し、歌とダンス以外の仕事も増えてきたのに女性と交際して人気を失うのはすくなくとも今は避けたかった。でもどういう情報網が存在するのか謎だがフリーでいると、ちょこちょこ連絡先を忍ばされたり飲み会に誘われたりする。塩対応キャラが功を奏して接待の場へはあまり月翔は呼ばれないので、それだけはラッキーだと思うけれど。
演技についてご教授願いたいと純粋な心で寄っていっても、そのうち相手の目的がすり替わっていく。大体10も20も年の離れた人間に恋するわけないだろ。フィクションの世界に生きているからといって私生活にまで持ち込まないでほしかった。共通の趣味が縁で知り合った者もおなじように、しばらく経てば勘違いして彼氏扱いされそうになる。これでは塩にならざるを得ないというものだろう。一回食事へ行っただけで『結婚秒読みか』などと勘繰られるのだ。最早メンバーくらいしか安心して遊べなかった。
だから極めてレアケースだと思う。ずっと一緒に遊んでいたつれが結婚してしまった寂しさとやるせなさを、気づけばアルコールの力もあって小雨に洗い浚いぶちまけていた。
「わかるよ。俺も未だに野郎と飲むほうが楽しかったりするし、職場に恋愛は持ち込みたくない」
「だよな?」
嬉しくて、つい勝手に握手をする。存外にちいさな手はひやりと冷たく、酒を飲んでいるにしては血の巡りが悪そうですこし気に掛かった。まだ肌寒いときもある4月の夜だ。別におかしくはない。
「本当に、ガチで、気の合う人もいるかもしれないし見つけたらそれも否定しないけど、できれば先にそういうのは抜きで関係を築きたいんだ。遠目に見てた人間といきなり付き合っても絶対一方的に幻滅されるだけだし。仕事してる姿が好きって言ってもらえても、実際付き合うのは仕事じゃない俺だしさ……」
「なるほど。月翔は綺麗な顔してるから、それでバンバン釣れちゃうんだな」
「小雨だってそうじゃん。わかるだろ?」
「いや俺は平々凡々な顔面だから」
「はあ? 何言ってんの、せっかく整ってるんだからこうやって上げて――」
調子に乗って小雨の前髪を掻き上げると、あらわになった彼の双眸とまともに視線がかち合った。笑みを消した途端がらりと印象が変わって硬質になるのは造作が優れているからだ。もしかして同業じゃないだろうなと疑いたくなるくらいには美人だと思う。見慣れている月翔でもそう感じる。
しばらく見つめ合って不意に小雨がふわっと破顔した。思えばもうこの時点で胸の高鳴りには気が付いていたのだ。こぼれんばかりの笑顔に見惚れる月翔に「年上をからかうと痛い目みるぞ」と戯けて、髪にさわっていた手を取ると手首の内側に唇をおしあてる。触れられたところなのか頬なのか、耳か、わからないが熱くて仕方なかった。肌のしろい月翔は動揺がすぐに周囲にばれてしまう。
「……酔っちゃったかも。ごめんね」
明らか気をつかってそう言われ、ぽんと優しく肩をはたいて手が飛び去る。そのまま会計を言い出すので慌てて小雨の肘をつかまえた。
「マジで俺が払うから。奢らせて」
「でも知り合ったばかりの年下にそんなことさせられない」
「――……」
論破できる材料が死ぬほど欲しいのに何も思い浮かばない。実は国民的アイドルなのだと暴露してやろうかとも一瞬考えたが、リスクが大きすぎて引き下がるしかなかった。呻く月翔に小雨は甘い眼つきをくれると、口角をひとつだけ持ち上げていたずらっぽい口調でこう言う。
「じゃあ、月翔も男オメガと付き合ってみる?」
「え」
もしかしてずっと聞き耳を立てられていたのかもしれない。その怪しさと、これで終わりにしたくない気持ちを天秤にかけ、どちらが掲げられるかは火を見るより明らかだった。
こうして月翔にも人生で初めてのちゃんとした恋人が出来た。
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