初恋の実が落ちたら

ゆれ

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千鶴と獅勇

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 久し振りにこんな近くで見る。しかも生きて動いている。ただの金髪じゃなくすこし緑がかった不思議色の髪がざらりと端麗な目元にかかり、繊細な影を生んで、わりとずっと長めにしている襟足の威力なのかユニセックスな雰囲気まで新たに手に入れてしまっている。この睫毛の長さにどれほどの女の子達が夢を見ているだろう。アニメかゲームの中から抜け出てきたみたいだった。

 どきどきと鼓動が前のめりに打つ。なんだか熱に浮かされたような、ふわふわと心地よい高揚感に素直にほうと酔った息をつき、もう次はないだろうからと大好きなご尊顔を厚かましくじっと見つめる。もう25になるなんて信じられない。そういえば本当にあとすこしで誕生日じゃなかったか? これも何かの巡りあわせだ、プレゼントは無理でもおめでとうのひとことくらい告げても、ばちは当たらないのでは。

「……な、獅勇ぅ」

 それは自分の耳にも必要以上に甘えて聞こえた。

「ちょ、待て千鶴、俺もあんたに話が」
「なに?」

 頭がくらくらして首が据わらない。せっかく獅勇が訪ねてきてくれたのに具合でも悪くなったのだろうか。散らばる思考を懸命にかき集めても、今ひとつ精度が上がらず要領を得ないだけだった。眩暈にも似た不快な感覚に千鶴が項垂れる。すると獅勇がごくりと喉を鳴らした。

「ちょっと一旦離れる、」
だ」

 咄嗟に立ちあがろうと上体を揺らした獅勇に手を伸ばすと、千鶴は腕を曳いてそのまま背中からシーツに倒れる。ちいさくフレームの軋む音が夜の静寂を鳴らした。それで状況を先に理解したアルファがマットに手をつき起き上がろうとする。下にいるオメガを踏みつけないよう膝の位置をさがす間に首に手が掛かる。乾いているのに熱くて、焼け付くかと思った。
 最早何も考えてなどいなかった。千鶴は獅勇をうなじからたぐり寄せ、片手で後頭部を押さえつけて唇を合わせる。ずっと求めていた。呪われそうなほど欲していたやわさと味に嬉しいの涙が目縁に盛り上がる。指先がでこぼこと奇妙な感触を読んでいた。

「ん……ン、んう、ぁ……っは」
「千鶴っ、放せ」
「なんで?」

 やっと触れ合えたのに。本気で意味がわからず眉を下げる千鶴に、獅勇はぐっと反論を呑んでキスし返した。ちゅ、と聞こえる可愛らしい音とはまるでそぐわない深々とした接合にひたひたと溢れるものがある。あ、と息継ぎのタイミングで反射的にあえかな悲鳴を洩らした千鶴を、熱っぽい双眸が見おろしている。
 脚の付け根がひくひくと戦慄く。服の上からでは足りずにシャツの裾をかいくぐり、忍び込んできた掌の熱が嬉しかった。絶えずくちを繋いだまま荒っぽい愛撫が背面からゆるりとまえにまわり、ささやかな胸板で円を描く。ツンと上向いた先端を指でいじめられるとたまらなかった。

 おそるおそる目をあけても、まだそこにいる。虚しい残像じゃない。くりくりと乳首をこね、もうひとつの手ではもどかしげに千鶴のデニムを緩める。
 本物だ。匂いも、感触も、重みも反応もある財獅勇。

「……う」

 この期に及んで焦らしたりしないでほしかった。

「しゅう、きて、ぁやくッ」
「……クソ、煽んなバカ」

 いつぶりだと思ってんだ、というご尤もな台詞はしかし千鶴を脱がせてすぐに説得力を失った。下着の色が変わるほど濡れてヒクつくそこは獅勇を待ち侘びてとうに綻び、てらてらと粘液にまみれていやらしく誘いかけている。
 取り出された熱芯は既に凶暴なかたちをして獅勇の昂奮を千鶴にこの上なくわかりやすく伝えていた。下腹の疼きに耐えかねて足を掛け彼を引き寄せようとすると、素気無く振り払われた。ちょっとでもアルファに冷たくされると今のオメガはひどく傷つく。だがその痛みを自ら上書きするようにややもせず獅勇から強く腰を押し進められて、それだけで千鶴は呻きながら自分の腹をしろく汚した。

(あっちい)

 腹の底を押し上げるような圧倒的な質量が、殆ど隙間もない狭いみちをじゅうっと擦りあげて出入りを繰り返す。気が変になりそうなほどの快楽だった。喜んで剛直を舐めしゃぶる粘膜はうねうねと波打ち、時にぎゅーっと食い締めて、獅勇にも極上の快感を齎す。気づけばくちづけよりも呼吸と、互いを呼ぶのに必死になっていた。

 その昔は人見知りで泣きむしだったくせに、いつの間にやら俺様キャラの代名詞みたいな扱いを受けている獅勇が、舌たるく名前を呼んでくれるのが可愛くて嬉しくて、幸せで、千鶴はいつも胸がいっぱいになる。平生は寂しい洞になっている部分を埋めてもらえて、自分が何かまあるく完璧な、別のいきものになれたみたいな気がする。
 人口に占める割合はごくわずかで、フェロモンに振り回されて生きる性質もおなじ。孕む孕ませるの関係から両者にはあたかも上下があるように見做されがちだけれど。アルファとオメガはふたりでやっと人間になれるのかもな、と理性の最後のひとつぶで思う。




 
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