愛してしまうと思うんだ

ゆれ

文字の大きさ
上 下
58 / 69
無明長夜

05

しおりを挟む
 
「ええ……そりゃコウさんのファンとは言ってたけど、まさかそこまで? どうりで見かけなくなったわけだ」

 信号にかかり車が一旦停止する。運転席の八色が振り向いて、かすかな笑みを投げかけてくる。青みを帯びたグレーのニットキャスケットがよく似合っていた。左耳にだけピアスが光って、つくづくよく出来た造作だなあと感心する。男でそんなものを着けて許されるのは顔面に支障がない者だけだ。

 音にも申し訳なかった。俺じゃなければ、妙な気を起こすこともなかっただろうに。姉がおなじ行動を取りかけていると知り我に返ったと弁解しているそうだが、八色側はそれも疑っているようだが、そういうことでもういいと龍は思う。手を下されたわけじゃないし、音のくちから龍へ害意の暴露があったわけでもない。

 唯一それらしきものは彼の部屋に泊めてもらったあの夜。視線を感じて起きた、あの時音の眼には狂気の片鱗があった。ふたりしかいない室内で手に掛ければ疑われるのは必至だ。それで断念したのかもしれないが、今になってだいぶやばかったと震えがくる。

「てかこいつ音の部屋に泊まったんすよ!」
「はあ?!」
「バカ歩、余計なことを」
「龍くん……? どういうこった」
「言葉のとおり泊めてもらっただけだって。別々に寝たし、あたりまえだろ」

 こんなことを言わされる身にもなってほしいが、このふたりにはその方面で信用が無くても仕方ない気もする。というか歩は何でもないとわかっていてだろうし、今のは害される可能性があったのに一緒だったことについて言及した、のだと思う。疑っているのは八色か。前々から感じていたけれど、この人はけっこうよく妬く。

 歩がいつも傍にいるからというのもあるが女子に優しくしすぎるなとか、男とふたりきりになるなとか、どこのお嬢さんかという扱いに困惑しきりだった。一度見えるところにキスマークが付いてしまったことがあって、自分でしておいて扇情的すぎると消そうとし、体質的なものなのか無理とわかるとまだ暑かったのにぴっちり喉元を隠されて閉口した。誰も見ねえよという台詞が喉まで出掛かっていた。

 元彼には非モテ扱いしかされなかったので驚いたし、ちょっと嬉しいのも否定できなかった。すぐにその何倍も龍のほうが妬く羽目になって、あんたに言われたくねえと撥ね付けるようになってしまうのだけれど。今では八色以上に妬いている。
 そもそも泊まりに行ったのは一二三に誘われたからであって音は関係ない。仕組まれていたとも思えなかった。やはりあの夜は、特に何の計画もなかったと信じる。

「でも、じゃあ、龍じゃなかったらどっからばれたんすかね?」
「……それが、本人が言うには君らしい、塞くん」
「えっ」
「え……俺?!?!」

 龍がブチ切れて以来そういえばぱったりと止んでいたが、歩は以前から八色に粉を掛けるような発言をしていた。しかしちょっと調べればヤシキが八色の芸名とわかるため念を入れて彼氏呼ばわりで伏せていたのだ。音も初めはただ興味本位で聞いていたが、徐々に行動や活動時間帯が浮き上がってきて、八色のそれと微妙に掠ることに気が付いたらしい。

 まだ無害ないちリスナーとしてラジオを聴いていた頃から、コウの何げない受け答えからプライベートを抽出するのが癖になっていたようで、とどめに割り出したマンションにふたり一緒ではないが龍が帰っていくのを目撃して確定、というわけだった。すごい熱意に感心するし頭が切れる子でなければこうはならなかったのにと思わざるを得ない。

 改めて怖い仕事なのだなと思う。役や台本でもないかぎり、喋っていればどうしても自分の行動や経験、過去は言葉に滲み出てしまう。だって知らないことは喋れない。八色はこれまでもこれからも、こういう危険と隣り合わせに生きていくのだ。顔は出さないほうがよかったのではと手遅れだが考えてしまう。メディア露出を選ばない人にはそれなりの事情があるらしい。

 もっといろいろ言うかと思っていたが歩はおとなしかった。真後ろに頭のある龍からは姿がわからないのもあって、シュッと掻き消えてしまったのかと埒もない考えをするくらい静かだ。怪訝に眉を寄せ、かるくシートの背凭れをグーで押してみる。

「歩?」
「……あの、龍がばらしたって思われてたんすか」
「は? ああ……俺は違えけど俺の周りは疑ってたな」
「うあマジか~……龍ごめん!!」
「……おん」

 どうやら相当ショックを受けたようだ。滅多に落ち込んだりしない印象の歩が、すっかり消沈した声で謝ってくる。過ぎたことを言っても仕様が無いし実害は八色にあったのだから、俺はいいのにと内心思う。むしろ疑われたことによって八色にいろいろしてしまった龍も、よく謝らなければならない。彼自身はずっと信じていてくれたのだから尚更だ。

 駅に着いたのでもそりと起き上がる。すっかり暖かくなっていたので脱ぐのが惜しかったが、毛布を畳んでいると八色が「龍もうすこし時間あるか」と訊いてくる。ぎこちなく頷くと、ふわっと優美な笑みを返された。
 そういうわけでひとりで帰ることになった歩が、八色に礼を述べてからシートベルトを外して後ろを覗き込んでくる。

「龍、お前またなんかめり込んでんだろ」
「……別に」
「俺みたいにイケメンじゃねえから自分に自信持てねーのはわかるけどさぁ」

 事実でも面と向かって言われるとムカつくものだ。ぎゅっと眉根を寄せると、イケメンがへらっと笑う。

「そうやって怒ってる顔はかわいんだから、せめて怒ってれば?」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...