8 / 69
ラブアンドライフ
02
しおりを挟む「一緒に入ればよかったわ」
「えー、香さん絶対のぼせるって」
身長差は2センチほどだが薄っぺらい龍にひきかえ、八色は数年前までモデルをしていただけあり、まだまだ女性誌のグラビアも余裕でいける美しい肉体をお持ちでいらっしゃるため、意識を失われると大変困る。色男はいつどこで服を脱ぐ展開がきても大丈夫なように生まれつき身体すらも仕上がっているものなのかと真面目に思ったくらいだ。羨ましいしか感じない。
名前どおり水辺の生き物なんで、と戯ける。八色は入っても短いどころか冬などはめちゃくちゃ面倒くさがるし、出掛けてない日など汚れてないからいいなどと言いだすほど風呂が嫌いで猫みたいだった。否、猫でも風呂好きな子もいるのでそれ以下かもしれない。
かみ合わないところを発見すると嬉しくなった。普通は共通する部分を大事にするものかもしれないが、龍はそういう性格なので得と言えば得だ。すっかり湯冷めした八色の腕に触れ、故意に性的になぞる。薄い唇が挑戦的にニヤリと弧を描いたところで水のボトルを回収してさっさと離れてリビングのソファに座った。
ローテーブルに放置していたスマートフォンを覗き、アプリで明日の時間割に変更のないのを確認する。ガラスの天板には他に国産車のカタログが何故か数冊置いてあって、買い替えでもするのかなと思う。ドサッと無遠慮に勢いよく隣に座ってきたのでついでに訊いてみる。
「買うの?」
「いや龍がな。乗らねえかと思って」
「えっ」
どういうこと?と表情が返事をしたようだ。八色が適当に冊子を一部手に取り、ぺらりと表紙をめくる。自分が普通車に乗っているので見るのもそのラインだった。龍も免許自体はこの夏休みに歩と一二三と合宿で取りに行っている。めでたく三人ともぴかぴかの若葉マークを付けて帰ってきた。
だがここが重要なのだが、運転免許証があれば誰でも車を得られるなんてうまい話はどこにもない。先立つものが必要に決まっている。龍はどう贔屓目に見積もっても貯金に余裕などなかった。むしろ講習代でからっぽになったくらいだ。実技がちょっとあやしかったため出費が嵩みそうでひやひやした。ふたりよりはすこしばかり余計に払う羽目になりはしたけれど、一応ストレートに取得できてよかった。
「なに、急だな。なんで?」
「いや今お前電車通だろ」
「うん」
しかしこのあたりは誰の目にも片田舎などではない。地下鉄も地上鉄も走りまくっている。余程のことがないかぎり帰宅難民になる心配もなかった。それでもの提案とすると、これは八色が世間知らずなんじゃなく、考えがあってのことなのだろう。まずは最後まで耳を傾けてみる。
「帰り遅くなる時あるから?」
目的地が自宅の時は最寄駅まで歩と一緒なのだが、今日のように八色のマンションの場合はひとりで帰ってくる。それでかと思ったがこちらのルートのほうが街中なため道は明るいし多少深い時間でも人はいる。却って安全なくらいだ。
まだ社会に出て本格的に働いてない身で自分の車を持つのは相当の贅沢だし決心が要る。よく言って放任主義の親も、さすがに何か言ってくるんじゃなかろうか。香は知らないかもしれないけど、俺けっこう苦学生の部類に入るんだけどなあと遠い目をして、できるだけマイルドな返しをさがす。
そんな龍の努力を易々と踏み越えて八色がそれはもう真剣な、プロポーズ用の顔だろうかと思うようなド真剣な顔つきで言う。
「電車乗ると痴漢に遭うだろうが」
「……んん?」
この人の目には俺が女子高生か何かにでも見えているのか。二十年生きてきて、ついでに高校時代のバス通学も含めて龍が痴漢被害に遭ったことは一回もない。一回たりともだ。歩のほうが「さわんなコラ!」と電車に乗っていて急に声をあげたりするくらいだ。幸い奴が餌になってくれているのでこちらが助かっているという体感すら微塵もない。
さすがにそれは欲目ってやつだ。半笑いで「俺みたいなもやしにそんな気起こすのあんたぐらいだから」と結局オブラートも忘れて剥き出しの本音を吐いた龍に、なおも八色は手を握って熱弁してくる。めげない。
「いいか龍、俺らが思ってるより世の中に変態野郎ってのは多いんだ。どこにでもいやがる。一匹見たら百匹はいると思え」
「はあ」
「ションベンしてたらケツから手つっこんでくる馬鹿もいるからな。個室使えよ」
「……」
「試着室も覗かれると思ったほうがいい」
「……そんなのあんただけだわ」
女性だけじゃなく男から見ても魅力的なのは音が生き証人になっている。不特定多数の懸想に加え、変態の群れにまで注意しなければならないなんて、俺には無理だと龍は閉口した。
一二三の言うようにラジオだから顔は関係なかった筈なのだが、もとより秘匿していたわけじゃない。ラジオ局のホームページなどには普通に顔写真も載っていて、くだんの職歴もありこの極上のルックスに注目が集まっている。最近ではメディア露出が増えてきたらしいし半同棲状態の彼氏がばれていいわけがないと龍でもわかる。これでも気を遣っているのだ。グラビアも冗談抜きにいつ実現してもおかしくない。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる