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本編
02 春の酔い ②
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それでおしまいだと思っていたのに。
一週間後、時任は私の部屋にやってきた。手土産にビールとつまみを持って。
「なんで住所」
「合コンの幹事に訊ねたら教えてくれた」
簡単に個人情報を教えないでほしい。
大体そんなものだ。本人がいくら気をつけていても、近くにいる人間の意識が低いと、だいなしになる。
ただ。時任の持参したビールが私の好きな銘柄だった。コンビニ限定の、いいことがあった時の祝杯か、嫌なことがあった時やり過ごすために、ちょっと奮発して買うもの。
部屋に入れたのは、それだけが理由。
「豚の角煮」
「そう! めちゃくちゃ旨くできたから、誰かに自慢してやりたくて!」
「時任が作ったの?」
「俺が作った」
時任としては、ビールよりつまみがメインだったらしい。
バラ肉と煮卵の上に白髪ねぎ。細やか。白米と合いそうなので、冷凍したごはんをレンジで温める。
「彼女か友達に食べてもらえばいいのに」
「彼女も友達もいないし」
まあ、彼女がいたら、とっかえひっかえ食い散らかさないか。
「友達いないの? 合コンに一緒に来てたのは?」
「いない。昔の友達はみんな離れていったし、合コンで一緒のやつらはただの知り合い」
「シビア」
「向こうがそう思ってんだよ。合コンでしか会わないし」
「あ、ごはんの解凍終わった」
話が面倒になりそうだったので、食に逃げることにした。時任も食べてほしくて持ってきたんだし。いただきますと手を合わせ、箸を取る。
「……おいしい」
「だろ?」
肉が口の中でほろほろと溶ける。そのまま食べても甘辛さの塩梅が絶妙。煮卵も味がしみていておいしい。ごはんと一緒に口に含むと、優しい甘みがたまらなくて、いくらでも食べられそう。思わず無言で味わい続けてしまう。
「あー!」
「何?」
「ビール! 私の分!」
時任はビールを四本買っていて、二本飲めると楽しみにしていたのに。私が食べている間に時任は三本開けていたのだ。
「手持ちぶさただったから、つい」
そういうとこだぞ。お前に彼女がいないのは。
「こないだ、なんで私を誘ったの?」
遠慮するのが馬鹿らしくなり、気になっていたことを訊ねてみた。
黒髪ストレートロングの女子は、合コンの場にもう一人いたのだ。しかも私よりがぜん美人。私が男だったら絶対に彼女を選ぶ。
「俺に興味なさそうだったから」
「意味がわからない」
「最初は、恋愛感情ない方が後腐れなくていいと思ってたんだけど、だんだんその気なさそうな子をオトすのが目的になってきちゃって」
うわあ、ヤなやつだな。私はビールの期待が外れたこともあり、ちょっと意地の悪い気分になっていた。
「ふうん。目的達成したのに、なんで泣いてたの?」
私が訊ねると、時任はあからさまに不機嫌な顔をした。
「そういうのは、普通、見なかった振りするものだろ」
「見たもんは見たし、普通じゃなくていい」
「人間泣きたい時くらいあるだろ。忖度しろよ」
「忖度? そんなに人は都合よく動かないよ」
「忖度は場に応じて適切に再構成する手段って、どっかの大学の先生が式辞で言ってた。相手に対する思いやりだよ、思いやり」
スマホを出し「忖度 式辞」で検索をかけた。
曰く。忖度は人と言語にとって本質的なものだ。聞き手の認識を話し手が推し量ることで、言語表現は変化する。では、相手の心が判断できない場合は? そこから、確認できないものに立ち向かう、研究への真摯な姿勢が描かれていた。
時任にしてはいいものを知ってるじゃないか。時任自身は全然忖度できてないけど。
私が忖度の式辞を読んでいる間に、時任は完全に酔っぱらってしまったらしい。訊ねていないこともぽつりぽつりと話し始めた。
五つ年上の幼馴染ミユキさんをずっと好きだった。何度告白しても全然本気にされなかった。彼氏ができてあっというまに話が進み結婚した。もうどうでもよくなって女子を食い散らかしてる。ドラマみたいにベタな話だ。
「素敵な人なんだね、ミユキさん」
私が棒読みでそう言うと、時任はスマホに保存している写真を見せてくれた。
いわゆる美人ではない。でも、人のよさそうな優しい笑顔と、長い黒髪が、なんだか印象に残る。
ミユキさんの隣には、笑顔の時任が写っていた。
写真の時任と今の時任。同一人物だから顔立ちはもちろん同じ。でも、印象がまるで違う。
純粋で、穢れなくて、何も疑わず素直に全てを信じてる、あどけない顔。
でもなあ。
この頃の時任に誘われても、私は乗らなかったと思う。なんだか綺麗すぎて、全然興味が湧かない。
一週間後、時任は私の部屋にやってきた。手土産にビールとつまみを持って。
「なんで住所」
「合コンの幹事に訊ねたら教えてくれた」
簡単に個人情報を教えないでほしい。
大体そんなものだ。本人がいくら気をつけていても、近くにいる人間の意識が低いと、だいなしになる。
ただ。時任の持参したビールが私の好きな銘柄だった。コンビニ限定の、いいことがあった時の祝杯か、嫌なことがあった時やり過ごすために、ちょっと奮発して買うもの。
部屋に入れたのは、それだけが理由。
「豚の角煮」
「そう! めちゃくちゃ旨くできたから、誰かに自慢してやりたくて!」
「時任が作ったの?」
「俺が作った」
時任としては、ビールよりつまみがメインだったらしい。
バラ肉と煮卵の上に白髪ねぎ。細やか。白米と合いそうなので、冷凍したごはんをレンジで温める。
「彼女か友達に食べてもらえばいいのに」
「彼女も友達もいないし」
まあ、彼女がいたら、とっかえひっかえ食い散らかさないか。
「友達いないの? 合コンに一緒に来てたのは?」
「いない。昔の友達はみんな離れていったし、合コンで一緒のやつらはただの知り合い」
「シビア」
「向こうがそう思ってんだよ。合コンでしか会わないし」
「あ、ごはんの解凍終わった」
話が面倒になりそうだったので、食に逃げることにした。時任も食べてほしくて持ってきたんだし。いただきますと手を合わせ、箸を取る。
「……おいしい」
「だろ?」
肉が口の中でほろほろと溶ける。そのまま食べても甘辛さの塩梅が絶妙。煮卵も味がしみていておいしい。ごはんと一緒に口に含むと、優しい甘みがたまらなくて、いくらでも食べられそう。思わず無言で味わい続けてしまう。
「あー!」
「何?」
「ビール! 私の分!」
時任はビールを四本買っていて、二本飲めると楽しみにしていたのに。私が食べている間に時任は三本開けていたのだ。
「手持ちぶさただったから、つい」
そういうとこだぞ。お前に彼女がいないのは。
「こないだ、なんで私を誘ったの?」
遠慮するのが馬鹿らしくなり、気になっていたことを訊ねてみた。
黒髪ストレートロングの女子は、合コンの場にもう一人いたのだ。しかも私よりがぜん美人。私が男だったら絶対に彼女を選ぶ。
「俺に興味なさそうだったから」
「意味がわからない」
「最初は、恋愛感情ない方が後腐れなくていいと思ってたんだけど、だんだんその気なさそうな子をオトすのが目的になってきちゃって」
うわあ、ヤなやつだな。私はビールの期待が外れたこともあり、ちょっと意地の悪い気分になっていた。
「ふうん。目的達成したのに、なんで泣いてたの?」
私が訊ねると、時任はあからさまに不機嫌な顔をした。
「そういうのは、普通、見なかった振りするものだろ」
「見たもんは見たし、普通じゃなくていい」
「人間泣きたい時くらいあるだろ。忖度しろよ」
「忖度? そんなに人は都合よく動かないよ」
「忖度は場に応じて適切に再構成する手段って、どっかの大学の先生が式辞で言ってた。相手に対する思いやりだよ、思いやり」
スマホを出し「忖度 式辞」で検索をかけた。
曰く。忖度は人と言語にとって本質的なものだ。聞き手の認識を話し手が推し量ることで、言語表現は変化する。では、相手の心が判断できない場合は? そこから、確認できないものに立ち向かう、研究への真摯な姿勢が描かれていた。
時任にしてはいいものを知ってるじゃないか。時任自身は全然忖度できてないけど。
私が忖度の式辞を読んでいる間に、時任は完全に酔っぱらってしまったらしい。訊ねていないこともぽつりぽつりと話し始めた。
五つ年上の幼馴染ミユキさんをずっと好きだった。何度告白しても全然本気にされなかった。彼氏ができてあっというまに話が進み結婚した。もうどうでもよくなって女子を食い散らかしてる。ドラマみたいにベタな話だ。
「素敵な人なんだね、ミユキさん」
私が棒読みでそう言うと、時任はスマホに保存している写真を見せてくれた。
いわゆる美人ではない。でも、人のよさそうな優しい笑顔と、長い黒髪が、なんだか印象に残る。
ミユキさんの隣には、笑顔の時任が写っていた。
写真の時任と今の時任。同一人物だから顔立ちはもちろん同じ。でも、印象がまるで違う。
純粋で、穢れなくて、何も疑わず素直に全てを信じてる、あどけない顔。
でもなあ。
この頃の時任に誘われても、私は乗らなかったと思う。なんだか綺麗すぎて、全然興味が湧かない。
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